(2/25)自己嫌悪と向き合う



お客さまから頂いたありがたいメール・・・。

『きゃははは・・・。確かに坊ネズミに似てますよねー。大笑いしてしまいましたー!』
『根本さんってそういうキャラなんですよねー。確かにかわいいかもー。』
『マスコットに似てるなんて素敵です。奥さんが「かわいい」っておっしゃるのも分かります!』

そんな皆様の反応を見て妻はニヤニヤしながら、
『ほら、やっぱり。そういうキャラなんだってば。いいかげん、認めたらどう?』と。

うーん・・・。
うーん・・・。
うーん・・・。

喜ぶべきなのかな・・・。

そういえば、岡田からも以前、『三宮の店に入ったら、ねむねむ見つけてん!早速理加ちゃんのためにも買わねば!』と↓のぬいぐるみをプレゼントされました・・・。

nuigurumi.jpg

似てますか?
僕ってこういうキャラなんですか?
もうしばらく考えさせてください・・・(ささやかな抵抗)・・・。

*---*---*---*---*

ここからは、ちゃんとしたマジメなお話です・・・。
この写真なんぞが貼ってあると、説得力がない・・・という気もしますが・・・。

24日(もう2月も終わりなんですね・・・)は、『自分が嫌い』でした。
罪悪感や孤独感などが作り出す自己嫌悪のお話が続きました。

今月、このテーマがとても多いです。

そうなるきっかけも家族の問題、いじめ、恋愛、離婚・・・多種多様です。
うちの妻が書いた『自己愛』に今現在も反響を頂くことがあるように、自己嫌悪というのは僕達の大きなテーマの一つなのかもしれません。

以前、心理学講座で「自分のこと『好き!』て言える方、手を挙げて下さい」てお聞きしたことがあったんです。
確か、2,30名ほど参加してくださった講座だったと思うんですが、その中で手を挙げてくれたのはわずかに数名でした。
逆に『嫌い』の方に手を挙げてくれたのは10名以上いらしたんじゃないかな・・・。

自分の何が嫌いなのか?
何にコンプレックスを持っていて、何に劣等感を感じているのか?
という部分は人それぞれです。

でも、皆さんに共通することがいくつかあるんですね。
自分自身のことを、緊張しながらも一生懸命話してくださるんですが、どんなテーマでも、やがては「そんな自分はイヤなんですけど・・・」とか「それは結局甘えなんですが・・・」とか、自己否定の言葉で締めくくられたりします。

「すべての道はローマに通ずる」ではなく「すべての話は自己否定に通ずる」のようです・・・。

それはまるでプログラムされているかのように、色んなバリエーションを持ちつつも、その方向に流れていってしまうんです。

そして、多くの方が自分のことを好きになろうとチャレンジされた経験があったりします。
でも、うまくいかなかった・・・やっぱりダメなんだ・・・と更に自分を責めてしまうんですね。
そして、悪循環に突入していきます。

お話を伺っていると、そんな皆さんがあまり目を向けていないところ、
見つめることに抵抗がある領域を発見することができます。

それは意外にも「自分自身」。

自分を否定するとき、基準は「社会の常識」や「普通の人たち」、「周りの友達」、「パートナー」、「家族」など、必ず自分以外に置いているんですよね。
基準を外に求めると、どうしても自分よりいいものを見つけ出そうとします。
それはまるで、自分を責めるために、その基準を見つけるようなものです。

そして、もう一つ。
嫌悪されて、一番傷ついているのは自分自身、ということを案外忘れがちではないでしょうか。
もし、あなたが自己嫌悪が強いタイプだったとしたら、自分を責めている言葉をあなたの大切な人に向けて発せられるでしょうか?
多くの人が「とんでもない!」と答えられるんじゃないかと思います。
もし、自分自身を責めるがごとく人を責めたとしたら、裁判所は大忙しになってしまうんじゃないでしょうか?

自分のことを一番嫌っているのは自分自身なんですよね。
そして、そのことで一番傷ついてしまっているのも自分自身。

自己嫌悪を乗り越える一つの方法は、自分自身の痛みに気づくことです。
それでも自分のことはあんまり大切にしないものですから「それがどうした」と思われるかもしれませんね。

そしたら、そう突っ張ってる自分を感じてみて下さい。
そして、どれくらいそうして自分が自分を粗末にしているかをただ感じてみましょう。

「できない・・・」と悲しくなったら、悲しんでいる自分を感じてみましょう。
そう、その時あなたは悲しいんです。

「当たり前だよね?」
そのことに気づいてみて下さい。

僕の奥さんも自己嫌悪がとても強かったんですね。
それを本当に乗り越えられたか?というと、まだまだかもしれません。
でも、以前と比べたら、本当に見違えるくらい変わりました。

変われるんです。
誰でも。
その気さえ、あれば・・・。

僕はそれを確信しながら、お話を伺っているんです。

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