オアシスの女(オアシス女)という才能について~なぜ、自分には居場所がなかったのか?なぜ異性に翻弄されてきたのか?~



女性性の才能のひとつに「オアシスの女」という象徴的な物語があります。
女性性なので、女性だけでなく、男性にもその要素があります。
つまり「オアシスの男」という表現も可能なんですけれど、なんか違和感ありますね。(苦笑)
人生という旅に疲れた人たちが集まり、ひと時の安らぎ、癒しを得て、また旅に出て行く、そんな人生の休憩所のような才能を指すのです。

女性性の才能のひとつに「オアシスの女」があります。

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砂漠を放浪している旅人がひとときの休息を得るために立ち寄るオアシス。
そこは水が豊かに湧き出る泉があり、旅人たちやそのお共たちの体も心も潤す場所です。
旅人たちは疲れと乾きをオアシスで癒し、そしてまた砂漠の旅に出かけるのです。

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この象徴的な物語には様々な意味を見出すことができるものです。

この旅人が「男性」もしくは「男性性」を意味し、砂漠は彼らが生きる過酷な日常を象徴し、迷いの中で生きる彼らのマインドは放浪しているかのようです。

競争の中で疲れ、渇きを覚えた男性性が、安らぎや潤い(どちらも女性性)によって癒される、というというわけです。

そんな男性性を受け入れ、癒してあげる女性のことを「オアシスの女」と呼び、私はそれを女性性の才能のひとつ、と位置付けています。

さらにその象徴を見れば、滾々と水が湧き出る泉というのはセクシャリティを象徴しますし、オアシスが持つ安心してリラックスできる場所というのは女性性そのものを表します。

となると真っ先に夜職の人たちを思い浮かべるかもしれません。
そして、あながちそれも間違ったことではなく、実際、疲れた男性たちが一時の安らぎと癒しを求めて通う夜のお店はまさに「オアシス」ですし、そこで癒しを提供する女性たちは「オアシスの女」と表現されるものでしょう。

だから、セクシャリティも関わってくるのです。

また、その「癒し」も様々な形がありますね。

セックスで男性を癒そうとする女性はとっても多いはずです。

また居心地のよい、安心できる「家」を提供している奥様もとっても多いでしょう。

カウンセラーやヒーラーという立場で「癒し」を提供している方もいれば、友人として、あるいは、面倒見のいい先輩、聞き上手な後輩として、話を聞いてあげたり、安心させたり、励ましたりされてる方もすごく多いと思います。

ただ、このお話は旅人が男性、オアシスが女性をあらわしているように見えるのですが、それは分かりやすさのためで、実際の性別はあまり関係ありません。

女性の中の男性性、男性の中の女性性をあらわすこともありますから「根本先生こそ、あたしのオアシスだ!」と思ってくださってる自立系武闘派女子もうじゃうじゃいらっしゃると思っているのですが、、、、え?いるよね?いっぱいいるよね?え?それほどでもない?えー、やだー。笑

要するに、自立系な女子からすれば疲れて傷ついた男性性を癒す場を求めるわけで、その相手として女風を選ぶ方は昨今とても多いですよね。

ま、「女風に行くか、根本さんとこ行くか迷って根本さんのとこに来たよ」という方は最近増えておりまして、まさか女風がライバルになるとは想定外でございました。

もちろん、パートナーがあたしのオアシス!!という方は断トツに多いと思いますが、うちのパートナーは全然オアシスちゃう!むしろ灼熱の砂漠だわ!と嘆く方もいらっしゃるでしょう。

この文章をお読みの方はどうでしょう。

オアシスを必要としているのでしょうか?
また、オアシスは見つけていらっしゃるでしょうか?

さて、この「オアシスの女」の才能もまた、意識しなくても勝手に表現されてしまっています。

だから、なぜか疲れた、傷ついた、陰のある、闇を抱えた、問題だらけの人があなたに近づいてくるし、あなたもそういう人をスルーできなくなってしまいます。

まったくもってお互い意識してないわけですけれど、あなたがオアシスであることをそうした自立系な人は気づくんですね。

それで「ああ、僕(わたし)を癒して欲しい」というニーズを持って近づいてくるのですが、多くの自立系な人たちは自分でもそれに気づいていないので、はっきりとそういう雰囲気は出しません。

むしろ、僕が君を助けたいくらいのことを言ってくることもあります。

この才能がネガティブに出てしまうことも多いのです。

一時の安らぎや癒しを、自分の都合のいいときだけ利用されることがあります。
「あたしは無料でヤレる風俗嬢か!」と不満が溜まるんですよ?
「困ったときだけ連絡してきて!」という怒りを持つこともあります。

また、相手を助けたい、救いたい、という思いから体を差し出して、まるで「出張オアシス」のようなことをしちゃう方もいます。

さらに「男はみんなあたしの上を通り過ぎるだけ。誰一人としてここに留まろうとする人はいない」と寂しくなってる方も少なくないでしょう。

「オアシスの女」はそんな自立しまくっている男性性を癒してあげたいので、癒してあげたい男性ばかりに気持ちを持って行かれるのです。

それが時にはパートナーとして彼を癒してあげたい!と思ってしまったり、既婚者だと分かっていても癒してあげたい気持ちが強すぎて一緒にいてあげたいと思ったりするんですね。

そんな彼らは「癖」や「陰」や「傷」や「闇」や「問題」などを山積みしている男たちばかりですからなかなかうまくいかないものです。

一生懸命癒そうとするのだけど、空回りし続けて、自分もどんどん辛くなっていくのです。

「セックスのときは癒されてるように見えるけれど、それ以外のときは心を開いてくれない。」なんて思ってしまったり。

それでかえって彼を癒す唯一の手段だと思ってセックスに執着してしまう方もいるものです。

「オアシスの女」は癒してあげたい気持ちも強くありますが、無価値感や無力感ともご縁が深いものです。

「ほんのひと時の休息を与えることに何の意味があるのか?」
「自分はほんとうにあの人にとって癒しなのか?」

癒しの才能が強い人ほどそういう思いに駆られます。

また、オアシスって動かないですよね。当たり前ですけれど。
だから、「待つ女」が持つ才能としてもよく現れます。

それで「待ち続けるいら立ち」「選ばれることへの不安」「待つことしかできない自分のふがいなさ」「他のオアシスとの競争」などに巻き込まれます。

この「オアシスの女」はよく「居場所がない」という問題を持つものです。

子どもの頃からずっとその思いを抱えてきた方も珍しくありません。

だから、いつも孤独で、友達がたくさんいても、大切なパートナーがいても、どこかで寂しさを抱えています。

その「居場所がない」からこその問題を数多く作ってしまうこともあります。

常に予定を入れまくって忙しくしてみたり、寂しさをごまかすためにセックスやアルコールや仕事などの刺激を求めたり、不安や孤独を埋めるために何かに依存したり、自分を傷つけることばかりしてみたり、ヴィジョンやライフワークが見えなかったり、誰ともつながりを感じられなかったり。

なぜならば「自分自身が居場所だから」です。
「自分が作り出す場所が多くの人にとっての居場所になるから」です。

つまり、「オアシスの女」とは「居場所を作る人」なのです。

元々オアシスの女のもとには自然と人が集まってきます。

一緒にいると癒される、安心する、とよく言われます。

だからこそ、やたら相談事を持ち込まれる人もいて、それに疲れて「もうやだ!誰も近づかないで!」と思うこともあるくらいです。

でも、ほんとうに拒否することはできません。
それが才能だから結局は受け入れちゃったりするんですね。

でも、人に居場所を与えてる、なんてなかなか自分では思えないじゃないですか。
目に見えないし、なんかおこがましい気がするし、こわいし。

だから、「オアシスの女」は周りからはアクティブな人に見られることもあります。
居場所を外に探しに行くこともあれば、じっとしていることが不安で寂しくてたまらないからです。

心の中を深掘りすれば、身近に癒してあげたい人がいたんです。
父なのか、母なのか、両方なのか。

小さい自分の目には苦しんでいる人たちがたくさん見えていたはずです。

中には「自分の命に代えてでもこの人を助けたい」と誓った人もいるでしょう。

きっとその宣言で才能が開いたはずです。

そして、その才能があるからこそ、「わたしのオアシスで癒してあげたい」という相手が次々と現れたはずです。

そして、恋をするようになってからはそんな人たちばかりを恋人にしてきたはずです。

つまり「助けたい症候群」を持つ方の中にも「オアシスの女」は多いのです。

でも、やっぱりその思いは満たされないことが多いものです。

中には全身全霊で癒そうとして失敗し、ボロボロになってしまうこともあります。

「じゃあ、オアシスの女」はただ苦しいだけじゃねえか?と思われたかもしれません。

「オアシスの女」は居場所を作る人です。
だから、それに気づかなければいけません。

そして、それを現実化する必要があります。

ちゃんと「オアシスの女」という看板を立てろ、ということです。

もちろんそれはライフワークに従うものでなければいけません。

ある人は分かりやすく「スナック」とか「カフェ」などの「スペース」をオープンします。
この才能を持った方がたまたま美容師だったので、独立して開業するようなケースもありました。

この形で才能を活かす人はかつてから開業に興味がある方が多いかもしれません。

また、それが「家」という場合もあります。

自分の家に人を呼びお茶をしながらくつろいだり、ホームパーティをしたり。

家を建てる機会があれば、そもそも人がたくさん訪れることを前提にして設計をするでしょう。

「家に人を呼んでもてなすのが好き」という方はもしかしたら、もうすでにその才能を使っているのかもしれません。

また、「肩書」「仕事」という形でその才能を現実化する人も多いです。

カウンセラーなんてその典型的な肩書かもしれません。

「この人と会うとなんかホッとするし、安心するし、何とかなりそうって希望をもらえる」というカウンセラーに出会ったことありませんか?(ほら、ここにいるじゃん!ここに!ほら!)(うざい)

うちのお弟子にもたくさんいると思います。

もちろん、他にも癒しに関わるお仕事はなんでもそうです。

セラピストやネイリスト、治療家はもちろん、夜職の人もそれが自分にフィットしていると感じているならば「オアシスの女」を生きてると言えます。

また、音楽や絵、創作などで「オアシスの女」を表現することも可能です。

「あの人の音色には人を安心させる力がある」
「この絵を見ると心の深いところが癒される気がする」
「あの人の作品は持ってるだけで守られてるような感じがする」

ちなみにこういうお話をするとよくこんな質問をされます。

「パートナー専用のオアシスの女になりたいんです!それは可能ですか?」

私の答えは残念ながらNoです。
それは才能ですから、相手を特定することはできません。

とはいえ、パートナーが一番その恩恵を受けることは確かですし、ここに書いたような仕事や生き方を選べば、結果的にそれに近いことはできると思います。

でも、たぶんそれでは退屈しちゃうと思うんですけどね。
そしたら動き出せばいいでしょう。

今日のこのお話を読んで「あれ?これ、自分のことかも」と思われたら、「オアシスの女」であることを認めていただければ、と思います。

もし、「オアシスの女」にふさわしい生き方をされているのであれば、迷わずその道を進みましょう。

もし、「オアシスの女」から離れてることをしてるならば、方向転換のために「自分の心地よさ」をもっと大切にしていきましょう。

「オアシスの女」は自分が作り出すオアシスに喜びを感じてなきゃいけません。

滾々と湧き出る泉に、青々とした緑、人がくつろいでいる空間、その恩恵を受け取る必要があるわけです。

だから、自分をもっと楽しむ、という発想も役立つかもしれません。

どちらにせよ、「自分らしく」というのは大原則ですから、自分の心とつながるのは大切なんですよね。

自分にとって心地よい日々を過ごそうとすることが、その才能を開き、活かすことにつながると思っています。

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