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そうするしか仕方がなかったから、良い子をしたり、期待に応えたり、自分を抑えて周りに合わせたりしてきたんですけれど、ほんとうはしんどいんですよね。
でも、背伸びして生きてきてそれなりに成功しちゃった部分もあるから、そうは簡単に手放せないのも正直なところでしょう。
だから「背伸びをやめたときの感覚を感じてみる」ところから始めることが多いです。
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例えば、周りの人たちの期待に応えられるよう、ちょっと頑張って生きてきた。
自分は他のきょうだいより優秀だから、ちゃんといい成績を取って両親を喜ばせなければならない。
親がやんちゃなお兄ちゃんのことで苦労していたから、心配をかけないように「いい子」でいなければならない。
そうして、少し大人びた子どもになった。
「ちゃんとしなければ」が口癖になって、学校では優等生だったし、先生も同級生たちも自分を頼りにしている風だった。
そうしていつも自分を良く見せなければいけなくなった。
弱音とか吐くのは許されないと思ったし、喧嘩はする側じゃなくて止める側だったし、いつも頑張ってたと思う。
それでプライドも高くなってしまって、どんどん自分にプレッシャーをかけるようになっていた。
でも、それを苦しいとはあまり思わなかった。
成績が良かったし、周りからは「すごい」と言われていたし、ちゃんとした学校に進学して、親も先生も喜ばせることができた。
その生き方が苦しいって気づいたのは20代も半ばくらいだった。
仕事も必死に頑張っていたせいもあるけれど、「疲れ」を感じるようになった。
でも、大したことないと思って走り続けてきたら20代の後半には「気力」がどんどん減っていき、惰性で生きてるような感覚になってしまった。
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例えば、物心ついたころには家はだいぶ荒れていた、と思う。
と、思うと書いたのは、それが当たり前だったし、どこの家も同じだろうと思っていたからだ。
お父さんは仕事さえしていれば文句ねえだろ、という昭和のオヤジで家のことは無関心だったし、お母さんは仕事しながら家事も全部やっていたからストレスでヒステリックになっていた。
いつも不満や愚痴を言い、何かと怒っていたし、両親は喧嘩ばかりしていて、家の中にいるときはとても肩身が狭い思いをした。
早く大人になりたいと当時は思っていた。
お母さんに怒られるのがイヤで「いい子」をしてきたけれど、ほんとうは自分だって甘えたかったし、お手伝いとか何もしたくなかった。
妹たちは何もしなくてもあまり文句を言われず、許されていた。
それが理不尽なことだと気付いたのは小4か小5の頃だっただろうか。
その頃から「自分のことをもっと見て!」という思いがすごく強くなっていた。
注目されたい、ちやほやされたい、みんなから好かれたいと思うようになっていた。
だから「自分を良く見せたい!」という気持ちでずいぶんと頑張ってきたんだと思う。
成績もそれなりに良かったし、ファッションやメイクも周りの女子より研究してきたと思う。
お陰で男子にはモテたし、女子からも憧れる存在になったんだけど、でも、心はいつも寂しかった。
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例えば、両親が先生だったから、いつも周りの目を気にする人生になったんだと思う。
歯医者に行っても、習い事に行っても、どこに行っても「S先生の娘さんね」と言われたし、親も「世間様に恥ずかしくないように」というプレッシャーをかけてきた。
「ちゃんとしなければ」が口癖だったし、「よく思われなければ」という気持ちをいつも持っていた。
でも、ほんとうは抜けてるところがいっぱいあるし、だらしない性格だと思う。
小さい頃から仲良くしていた近所のKちゃんには「Mちゃんってしっかりしてるけどけっこう天然なところあるよね?」と言われていた。
それじゃあダメだと思っていたから、よりしっかりしなきゃ、ちゃんとしなきゃってプレッシャーをかけてきた。
そうして、周りの目を気にしながら、恥ずかしいことはしちゃいけないと頑張ってきたから早く家を出て自由になりたい気持ちでいっぱいだった。
だから、大学は何としてでも家を出て一人暮らしができるところに行きたかった。
その望みは叶えたけれど、人目を気にしてよく見せようという性格までは変わらなかった。
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例えば、お母さんはわたしよりも弟の方がかわいいんだろうな、ってずっと思ってきた。
やっぱり男の子の方がかわいいのかな?
わたしはかわいくないから愛してくれないのかな?
そんなことを子ども心に思っていた記憶がある。
確かに弟はかわいい。だから、わたしも弟の面倒をよく見てきたと思う。
今でも仲が良いし、親みたいに弟のことを心配している。
でも、結局、弟はさっさとかわいいお嫁さんを見つけて結婚しちゃって、やっぱりかわいい甥っ子と姪っ子を作った。
わたしは相変わらず「いいお姉ちゃん」のままで、今は後輩たちの面倒をよく見る先輩だし、彼氏がいたときもなんだかんだ彼に合わせていた。
わたしだけを見てくれる人っていないのかな?と思うととても寂しいし、自分をそっちのけで人の面倒ばかり見てる自分を虚しいとすら思う。
人の面倒を見ていると、褒められるし、その人からも好かれる。
でも、それはほんとうのわたしじゃない!と主張したい。
これだけ頑張ってちゃんとしてきたのに、愛されないってどういうこと?
神様に文句を言いたい。
いいお姉ちゃんでいるのも疲れた。
けど、そのほかの生き方を知らない。
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例えば、早く一人前になりたくて生き急いできた人生かもしれない。
子どもの頃から早く大人になりたかったし、お姉ちゃんや大人たちに早く近づきたい、なんなら追い越したい、という気持ちが強かった。
それが競争心だと知ったのは根本先生のブログを読み始めてからだけど、学校の教科書も塾に通って一足先に終わらせていたし、中学生の頃にはもう高校の勉強を始めていた。
大学でのバイトも早く覚えて一人前になりたかったし、先輩たちを追い抜いて店長から認められたかった。
お陰でどこでも一目置かれたし、期待の若手になったし、今の仕事でも同期より先んじて出世しているし、いい結果を残してきた。
3年目のときにはもう5年目、6年目くらいに見られたかったし、そのために猛烈に頑張ってきた。
けれど、結婚だけは目下、同期たちにバンバン先を越されている状況ではある。
そして、このところ、そんな生き方に疲れ始めてると思う。
なんか全然頑張れなくなってきたので。
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「ちょっと、背伸びをして生きてきた」という話からいくつかの人生を想像してみました。
まあ、元ネタは私のクライアントさんたちで、「これ、あたしのことじゃね?」と思った方も少なからずいらっしゃると思います。
でも、そんな方々が実は何人もいらっしゃるので、そう思った方はとりあえず「ああ、あたしだけじゃないんだ」と思ってください。
それぞれの事情の下で「よく思われなければ」「ちゃんとしなければ」と気を張り、頑張り、背伸びして生きてきたんです。
自立系武闘派女子の方々にこのパターンを持つ方はとっても多いのはお察しの通りでございます。
「背伸びして生きてきた」というのも「習慣」になってしまえば自分では気づけません。
それが普通になるからですね。
でも、やはり無理をしていることには違いないのでどこかでほころびが出てしまうんです。
それが出てくるのが20代後半から40代前半というところでしょうか。
そして、厄介なのはその背伸びして生きてきたおかげでそれなりの実績を作ってしまったという現実です。
今の地位、職業、人間関係、経済力などを手に入れてしまってるんです。
だから、背伸びして無理して頑張ってきたことに気づいたとしても、簡単にそれが手放せないのですよね。
ここに葛藤や、時には絶望がでてきます。
男性性が強い人は手にしたものを手放したくなくて、さらに無理して突っ走る方もいます。
そうするとだんだんメンタルがやられるか、体が悲鳴を上げるかってことになるものです。
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とはいえ、背伸びすることがあっても、上手にそれを休めることができる人もいます。
仕事では思い切り背伸びしてるけどパートナーの前ではネコになってる、とか、趣味の世界に没頭することでオンオフをきっちり分けられてる、とか。
けど、とはいえ、やっぱり無理が利かなくなることもあるので、「前ほど頑張れなくなった」「モチベがだだ下がり」という状態になりやすいものです。
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背伸びして生きてきたのも期待に応えたり、平和を守るためだったり、そうするしかなかったからで、それをやめるというのは人生を否定することのように感じられる場合もあります。
いやいや、それができたのも自分自身の成果だからね、と言います。
他人になったわけではなく、自分の一部を許可してきたんだから、その成功してきた自分もまた自分なんです。
だけど、その裏に、表には出せなかった自分がいて、プライドでそれを隠してきたわけです。
その陰に隠れてしまった自分と出会うってプロセスが役立ちます。
よく私のセッションではロールプレイやそれに準じたイメージワークをやっています。
両親の前で今まで言えなかったことを言ってみる。
周りの人に対して弱音を吐いてみる。
感覚的に「力を抜いた素の自分」を見せてみる。
やだやだ、と駄々を捏ねてみる。
今まで表に出せなかった自分をそっと出してみるんです。
そんなセッションをしています。
また、背伸びを辞めて、ふつうに立ってる感覚を感じてみる。
力を抜いて、楽にしている感覚を味わってみる。
周りの人たちからの愛情をただ全身で感じてみる。
そんなシンプルなやり方も有効なようです。
そして、自分自身を認めてあげるんです。
よく頑張った!えらい!すごいぞ!
プライドが高い人はそれが認められないんですけれど、何度も何度も自分を承認してあげることで、「ああ、ほんとに頑張ってきたんだな。苦しかったけど、よくやったよな」と思えてきて涙が出て来ます。
そうして、カウンセラーの前で今までできなかったことを“練習”していくようなイメージですね。
「ほんとのあたしは弱虫で、すぐに心が折れるんです」
「強がってきたけど、実は全然自分に自信がありません。」
「人目ばかりを気にして無理して頑張ってきました。」
「ほんとはすごく寂しいのにそれをずっと隠してきました」
懺悔みたいなんですけれど、そうして背伸びしてない自分を少しずつ自分に許していくんです。
それが腑に落ちたら身近な信頼できる友達やパートナーに打ち明けてもらうこともあります。宿題として。
でも、意外なことに身近な人ってそんな姿を知ってるんですよね。
「え?知ってたよ?前からそうじゃん。隠してるつもりだった?」みたいなこと言われて脱力しちゃうんです。
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今日の話に当てはまるな、という方、今ちょっと実際にやってみましょう。
思い切り背伸びして立ってみてください。
脚が攣らない程度にね。
そうして、この状態でずっと生きてきたんだな、こうして人からよく思われるように頑張ってきたんだな、そんな意識をしてみてください。
そして、もう限界だな、と思ったら足を下ろしてふつうに立ってみてください。
ごろん、と床に寝っ転がってもいいです。
そして、その“楽”な感覚を味わってみてください。
ああ、こんな風に力抜いて楽に生きていいんだ、と思ってみてください。
その感覚を味わうだけで今日から少しは力を抜いて生きられるようになりますし、その背伸びしてるイメージが分かると、つい突っ張っちゃったり、かっこつけたり、人目を気にしたり、プライドが顔をのぞかせたり、よく思われようとしたりしたときに「あっ!
って気づくようになります。
それに気づければ大きな変化が始まる証だと思っていいでしょう。
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本質的な部分を見ていこうと思えば、やはりひとりでは難しいのがこのテーマです。
つい背伸びしちゃって「もう大丈夫だ」とか「自分はそんなひどくない」と思いがちですから。
だから、親子関係を見つめなおしたり、子どもの頃の自分を振り返ったりするならば、カウンセリングなども利用してみてください。
もちろん、一番のお勧めはこちらですけどね!笑
↓
◎東京:9/13,14,15 ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
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●「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
●3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
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