「怖れ」という感情について~なぜ人は怖れによってコントロールされてしまうのか?どうしたらそこから抜け出せるのか?~



人をコントロールするには「言うこと聞かなかったら怒るよ!」という風に、怖れをあおればいいのですが、なぜ、怖れがあると人は思い通りに動いてしまうのでしょうか?
それは「怖れ」の先には必ず「死への怖れ」があるからなんです。
でも、その怖れとじっくり向き合っていくと「愛」にたどり着くことができます。
それが自分に自信を感じ、怖れに振り回されない生き方ができる秘訣でもあると思うのです。

先生こんにちは。

教えて欲しいことがあります。
なぜ、ヒトは怖れによってたやすくコントロールされてしまうのでしょうか?
なんで怖れという感情に強く囚われてしまうのですか?

だってヒトが感じる感情って、いろいろあるじゃないですか。

たとえば、今の世間のコロナに対すること全て。
ほんとにたやすく、ヒトは見えない怖れに取り込まれてしまってます。

個人的なことについても、あらゆる問題が怖れにつながってるってことなんじゃないの?って思ったのですが。

心理学の世界では、怖れってそもそもどういうものなのですか?ヒトは太刀打ちできないものですか?
なんでこんなにも怖れに翻弄されるのですか?
怖れを感じないで生きていく術はないのですか?

なんか、ちょっと毛色の違う質問でごめんなさい。
万が一採用されたらうれしいです。
(Aさん)

まことにおっしゃる通りでして、あらゆる問題の奥には「怖れ」がありまして、私たちは意識せずともその「怖れ」に縛られて生きているところがあります。

嫌われる怖れ。
孤独になる怖れ。
バカにされる怖れ。
幻滅される怖れ。

など人間関係における怖れもあれば、

幸せになる怖れ。
豊かになることへの怖れ。
成功することへの怖れ。

など一見、ポジティブだと思えるものにも怖れを感じるものです。

そもそも「怖れ」という感情は、自分にとって分からないものへの怖れでして、自分がどうなるのか分からない、という先が見えない状況が怖れを引き起こすものです。

分かりやすいのがホラー映画とかお化け屋敷とかで、この先に何があるのか分からない、すごく嫌なものがあるに違いない、という思い込みを喚起させることで恐怖心をあおりますよね。

ここでお化けが出てくる、ここで上から頭蓋骨が降ってくる、ここに落とし穴がある、と分かっていたら人は怖がらないもので、そういう意味では怖れを払しょくする一つの方法は「情報を得ること」なのかもしれません。

だから、自分が体験したことのないことに対しては誰もが怖れを抱くものですね。

そして、その怖れをよくよく観察していくと、最大の怖れというのが「死」というものに行きつきます。

人から嫌われて孤独になって誰にも相手にされなくなって、仕事も失い、住む場所も失ったら、自分は生きていけない・・・なんてことを暗に想起すると、嫌われることがものすごく怖くなります。

成功して豊かになって幸せになってしまったら、その先の人生に退屈して生きる意味を見出せなくなってしまうんじゃないか?と思ったら、それらが恐怖心になります。

だから、ある意味「成功して孤立して死を感じるくらいだったら、成功しないでいる今のままの方がちょうどいい」なんて思うようになるわけです。

もちろん、そんなことを常日頃から考えているわけではないと思います。

ただ、これは私たちの親、さらに、その親、と言った世代間にわたって伝えられてきた「観念」で、潜在的に誰もが持っている怖れなんですよね。

生存欲求がある分、その反対にある死に怖れを抱くのです。
死にたくないから、死を避けられる方法に人は飛びついてしまうのです。

それが「怖れによって人をコントロールすることができる心理」になります。

「死」ってのは生きている人は誰も体験したことがないし、また、死んでしまった人からはその体験を聞くことができないので、永遠に分からないものです。

だから、宗教や精神世界では死後の世界を細かく描き、「死んでも極楽浄土に行けますよ」という名目で人々を安心させ、信仰に結び付けようとします。(もちろん、それは人の怖れを払うための善意でやっているところがほとんどで、信者を集めるための悪意でやっている団体ばかりではないことは言うまでもありませんけど)

そういうわけで、商売をするにしても「怖れ」を煽ることで人を自分の思い通りにさせようとします。怖れを使うと人の心を簡単にコントロールできるわけですね。

「この薬を飲まなかったら治りませんよ」
「こんな生活していたら死んでしまいますよ」
「私の言うことを聞けば生き延びれますよ」

という風に言われたら、人はお金を払ってしまうわけです。

テレビ番組でも、ネットニュースでも同じことをやっていますね。

「○○をしたら幸せになりますよー!」というタイトルだと、人は逆に怪しんで視聴率が取れないわけです。
逆に「○○しなかったら不幸になりますよー!」というタイトルだと、人はその番組に注目してしまい、ついテレビをつけてしまうわけですね。

だから、必然的に視聴率をとりたい番組や、アクセス数を稼ぎたいネットニュースや動画サイトでは、よりネガティブで怖れをあおるような構成にしています。

コロナ禍におけるワイドショーやニュース特番なんてまさにそれを地で行っていますね。
安心させるような情報よりも、怖れをあおる情報の方が「売れる」からです。

だから、一番簡単なビジネスの方法は「怖れをあおる」ということになります。

同様に私のブログでも「こんなことをしてたら男に逃げられますよ!」とか「セミナーに参加しないと彼に振られますよ!」みたいな告知をすれば今よりも集客力は上がるかもしれません。

だから、「怖れ」というのは人の関心を集めるには格好の感情なんですが、問題があるんです。

怖れを使うと「瞬発力」は出ます。ただ、「継続性」には乏しいのです。

ちょっと想像してみてください。武闘派な怖いお姉さんに「おい、立てや、こら!」と脅されたら、皆さん、慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢を取ると思うんです。

しかし、その緊張感あふれる直立不動の姿勢ではすぐに疲れてしまうのが想像できると思います。

だから、怖れで人をコントロールしようと思ったら、次々と怖れを感じさせるような情報を流さないとダメなんです。
しかも、怖れとはいえ感情ですから、同じ刺激では麻痺してしまいます。常に、より強い怖れを送り続けるように情報を選択しなければいけないのです。

そういう目でコロナ関連のニュースを見てみるとすごく面白いことに気付きます。
新規感染者数がたくさん出た日は「何百人も感染者が出ました!」と騒ぎます。
しかし、そこで「でも、重症者数はそんなに多くありません」なんて言ったら人は安心してしまいますから、そういう情報は出しません。

また、新規感染者数がそれほど多くなかった日は「累計感染者数が何万人になりました」とか「○○でクラスターが発生してえらいことになりました」とか「海外では何万人が新規に出ました」と言った怖れを感じるであろう情報を流します。
「先週より感染者数は全然少なくなりました」では数字(視聴率やアクセス数)が稼げないからですね。

だから、その辺のからくりが分かっている聡い人たちはハナからそうしたニュースに騙されずに一次情報にアクセスするなどして、感染者数が増えてるって言っても発症数や重症化率は低いなあ、という「情報」を得て、怖れを回避することに成功しています。

でも、そうした怖れを使ってコントロールするってことは日常的にされていて、

「お前、こんな資料作ってたら首にすんぞ」
「そんな感情的な態度を取るんだったら、一緒にいられないかもしれない」
「お母さんの言うこと聞かなかったら怖いお姉さんが来るよ」
「勉強しなかったらお父さんみたいになっちゃうよ」

などの言葉を駆使する(駆使される)ことになるわけですが、一度、怖れを使って相手をコントロールすると、日々、様々な手で「首にするぞ」と脅さなければいけなくなるんです。

「死への怖れ」が先にあるとしたら、人はその怖れに踊らされます。
逆に言えば、死を感じるような体験をされた人は精神的にものすごく強くなります。
病気で死にそうになった、戦争で殺されそうになった、経済的に追い詰められて首をくくる直前までいった、そんな経験をすると「死」への恐怖が和らぐからです。

でも、そんな体験をしなければその怖れは克服できないのか?というとそうではありません。

一言で言えば「自信を持つ」(自分を信じること=自己肯定感をあげること)ことで、怖れに振り回されなくなります。

自分がお金を稼げる自信のある人は、お金を失うことへの怖れがありません。
だから、事業にも思い切ってチャレンジできるし、会社を首になることを怖れません。

つまり、お金がなくなる=生活ができなくなる=食べるものがなくなる=餓死する、という怖れがないってことです。

人間関係に自信がある人は、孤立する怖れがありませんから、やはり思い切った行動に出ることができます。

・・・ということで、毎度おなじみの自己肯定感の話になっちまうわけですけど、そろそろ皆さん、この展開に飽きてたりするんでしょうか?(怖れ(笑))

で、こうした怖れと向きあうには、自分に自信を持つことが一番ですが、本質的に自信を持つ(自己肯定感が高い)というのはどういうことか?というと、自分の感情に振り回されないだけの強さを持っているということです。

要するに、怖れという感情はなくなることはないのですが、仮に怖れを感じたとしても、それを自分で受け入れ、処理することができれば、怖れに振り回されることはないのです。

だから、怖れを感じなくするよりも(それは現実的には無理ですよね。だって、死への恐怖は薄らぐことはあっても、体験することができない以上、完全になくすことは難しいですから)、怖れに振り回されない自分になる方が手っ取り早いと思うんです。

じゃあ、どうしたらそうなれるのか?というと、自分の気持ち、心と向き合う時間を作り、自分の感情を受け入れられる器を作っていくことです。

何かに対して怖れを感じたら、その怖れをしっかりと見つめていきます。
外側に安心を求めようとすると、逆により怖れをあおる情報を得ることになります。
だから、外側に答えを求めずに、内側をじっくりと見ていくのです。

何が怖いのだろう?
何を怖れているのだろう?

と怖れから目を逸らさずにじっくりと見ていくのです。
圧迫面接ではないですが、「どうしてだろう?どうしてそう思うんだろう?」と何度も何度も自分に問いかけていくんですね。

そうするとある瞬間に「怖れ」を抜けて「愛」につながれるようになります。

心理学ではこういう教えがあります。

「行きつくところ感情は『愛』か『怖れ』のどちらかしかない。しかし、最終的には『怖れ』も消えて『愛』しかなくなる」

だから、心理学的な死生観というのは「死の瞬間、人は愛しか感じなくなる」という形になります。

怖れと向き合い続けていくと、やがて「愛」を感じることができるようになります。
その瞬間はほんとうに安心感に満たされ、喜びや時に至福の思いを感じられます。
その体験を一度でもしてしまうと「怖れを怖れること」がなくなるので、振り回されることもなくなります。

以前、そんな体験談をご紹介しました。

「コロナちゃん騒動は「本来の私」と「愛」に気付かせてくれる。」

つまり、「怖れ」は「死ぬことへの恐怖心」からやってくるものだけれど、それは同時に「愛」とつながるチャンスであり、怖れを突き詰めていくと、必ず、自分、もしくは、誰かへの愛にたどり着く、ということを知っておけば、各段に心穏やかな日々が過ごせるようになるんじゃないでしょうか。

★そんな自分の心とつながる習慣を。

オンライン:21:00-22:00 自分とつながる夜の瞑想会
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/34492


今日の話を無料アプリのvoicyで音声でラジオみたいに聴けます!
 
怖れと言う感情について。その奥にあるものとは?
 


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