父の虐待やモラハラが原因でいい人になってしまう私。

子ども時代に繰り返し怖い思いをすると、どうしても他人軸になっていい人になり、他人の顔色をうかがって生きるようになってしまいます。
たとえそうであっても幸せになることは可能なので、そのためのアプローチをいくつか紹介しています。

もう30代になるのに付き合った事がありません。子供の頃から父の虐待、モラハラが酷く、母も怯えておりました。
母から父の前ではニコニコしなさい、言う事聞きなさいと言われていて、今でもどこに行っても『いい人』を演じてしまいます。男性と付き合ったら毎日気を使わないといけないと思うと気疲れして正直一人の方が楽なんじゃ…と思う自分もいます。
あと、人に「これをやめてほしい」とかお願いするのも、できません。過去、断られて、注意されて傷ついた事があり、相手も同じ気持ちになるんじゃ…悲しい顔をされたりしたらもう、本当に無理なんです。だから結婚して一緒に暮らすなんて無理かも…と思ってしまいます。何か『いい人』のクセを恐れず卒業できる方法はないでしょうか?
(Kさん)

無理ないですよねー。そういう風になってしまうのも。
どうしたって「人の顔色をうかがう」ことになってしまうでしょう?

そこを卒業したい~!!!という思いも出て来るけれど、絡みついた糸がなかなか解れなくて苦しいと思います。

そういう事情の元で何がまずは大切かというと「本気」です。

人が変わるときって思い切り頭をぶつけたときが多くて、「うぉーーーもういやだああああああ!!!」って叫び出すほどになったときが多いのです。
言い方を変えれば「もう、私、変わります。煮るなり、焼くなり、好きにして下せえ」とまな板の上の鯉になった時です。

それくらいのモチベーションが必要になることが多いんです。
もちろん、本気になったときはガラッと変わるのが人の素晴らしいところですね。

その一方で
「変わりたいけど変わるのが怖い」
「変わりたいけどほんとに変われるのか保証がないとできない」
「変わりたいと言ってるけど、本心は変わりたくないのかも」
という場合も多いです。

「酒、やめなきゃあかんって分かっちゃいるんだけどなあ~」って頭をかきかき「おやじ、もう一杯くれ」とお銚子を差し出してるおっさんみたいなもんですね(笑)

だから、人が変わるときって離婚やリストラや病気や事故や親しい人の死などの大きなきっかけがきっかけになることが多いんです。

さて、Kさん、そんな話をされてどんな気分でしょうか?

いやらしい話に聞こえるかもしれませんが(でも、下ネタじゃないっすよ)、

「Kさん、その卒業のために、なんぼ払えまっか?」

って質問もできちゃいます。

今の自分を変えるために、そんな自分を卒業して新しい自分になるために、お金をどれくらいかけられますか?という質問です。

お金って分かりやすい指標でして、自分の本気度を表す分かりやすいものです。

例えば、家族が病気になって何とか救いたいと思えば、貯金をはたいた上に借金を重ねてでも何とかしたいと思うでしょう。
私も妻が病気になったときは借金までには至りませんでしたが、かなりのお金を使いました。もちろん、それは痛くもかゆくもないもので、もし、手元にあるお金で足りなければナンボでも投資するつもりでした。

似たような体験をされたことがある人も多いと思います。

もちろん、金額の多寡が問題ではありません。
「1万円」の価値って人それぞれ違うでしょう?

だから、ナンボ出したら変われるよ、なんてことはとても言えないわけですが、でも、自分の本気度をはかるために「お金」は分かりやすいものです。

宣伝も兼ねて(!)私の体験をお話しすると、リトリートセミナーを定期的に開催するようになって気付いたことは、参加者の皆さんの“仕上がり具合”です。
それまでも同じようなセミナーは開催してきたのですが、リトリートセミナーは何かみんな違う!本気度が違う!ってことに気付いたのです。

考えてみれば、参加される皆さんは受講料に加えて交通費や宿泊費もかけています。
また、それだけの「時間」を工面されるだけの覚悟も必要です。
リトリートセミナーは「遠方」で行われることが多いですから、そこに行くための心の準備も必要です。

それだけのお金と時間を投資するわけですから、そりゃあ、本気度もあがりますよね?

そして、そういう人たちが集まる場ですから、セミナーの質も勝手にあがるってもんです。

昔、似た話を聞いたことがあります。
河口湖の近くで年に1回10日間開催されるセミナーがあったそうです。
そのセミナーの参加費はなんと300万円。
ほとんどが経営者の方なのですが、それだけのお金と時間をかけるわけですから、参加者の鼻息は相当荒く、講師が何もしなくても勝手にコラボレーションが始まり、勝手に参加者同士が盛り上がり、毎回素晴らしいセミナーになるそうです。

その話をしてくれた方は「セミナー講師ってのはな、場を提供することが仕事のほとんどやねん。場さえ作ってしまえば、あとは参加者たちが勝手にセミナーを作ってくれるんや」と教えてくれました。

さて、本題から大きくそれてしまいました。いつものことですが(笑)

卒業したい、というKさんの気持ちを、より「本気」に高めていく大切さを感じて頂けたら幸いです。

逆に言えば、幼少期からの父親との関係はそれくらい根深いという示唆でもあります。

お父さんからの虐待やモラハラが繰り返されることで、Kさんはお父さんの顔色をうかがうようになってしまったでしょう?
お父さんが笑ってたらホッとして、お父さんが無表情になったら緊張感が走ったと思います。
そして、いつもお父さんの気配を探りながら生活していたと思いますし、その状況はものすごく辛かったと思います。

しかし、それが日常なので、お父さんがいなくなっても(ひとり暮らしを始めても)、常にその癖が付きまとうと思うんです。

仕事をしても、恋をしても、上司や彼にお父さんを投影してしまうでしょう。
また、周りの人たちに対しても、お父さんを投影してびくびくしてしまうでしょう。

実はそのお陰でKさんが得たメリット(感受性の高さ、人の気持ちを察する能力、人に与える力、人を癒す力など)もあるんですけど、まだそこにはフォーカスは当たってないと思います。
むしろ、それが逆効果と感じられてる方が多いかもしれません。

だから、結婚なんて無理かも・・・と思ってしまうものですし、いい人を常に演じてしまうでしょう
そこまでは自然なことです。

そして、まずお伝えしたいのは「それは自然現象であってKさんは何ら悪くない」ということです。

「日本に育ったから日本語を話すようになっちゃったのー!」というのと同じことです。
(同じことって言われると違和感あるかもしれませんけど)

そういう環境に育ったのだから、そういう風になるのは自然なこと、ということです。
だから、いい人になっちゃう自分を責めなくてもいいんです。

もちろん、これはKさんだけでなく、お母さんから暴言を受けて育った子、過干渉や親の元でアイデンティティを確立できなかった子、感情的な両親に振り回されて自己喪失した子など、多くの方にあてはまると思います。

それで、ひとつのやり方としては「だからこそKさんが得られたもの」という、先ほどのメリットに注目していくことです。

私のセッションでもそこに注目することが最近は増えてきました。

「どうせ幸せになったらその恩恵を受け取って感謝できるようになるんだから、先に受け取って感謝して幸せになろうぜ」

という理屈をこねてるわけです。

でも、それにはある程度、その癖を見つめ直し、脱却する必要があることも事実で、100人全員にそのことをお伝えしてるわけではありません。

「傷が深い場合は、それを癒す方が先だよね」ということもありますし。

ふたつめのやり方としては「ライフワーク」を見つけていくことです。
自分と徹底的に向き合い、周りを遮断して自分の内面を見ていきます。
先ほどの「メリットを享受する」ということも含め、自分の可能性を知り、そこにエネルギーを注いでいきます。

「もし、そういう両親を自らが選んで生まれてきたとするならば、あなたは何を与えたくて、どんな才能を持って、生まれて来たんだろう?」

という大上段に構えた見方から出て来た考え方です。

子どもが親を選ぶ、という点については過去にも触れていますのであまり詳しくは述べませんが、自分軸で人生を見つめ直す上ではとても大切な概念になります。

自分が夢中になれることって何だろう?
自分が好きなものは何なのだろう?
自分がほんとうにワクワクすることって何だろう?

そういう視点で自分を見つめていきます。
時には周りの人からの影響を避けるために、定期的に「一人合宿」をすることをお勧めすることもあります。

子ども時代に虐待されて育ったある男性は、毎週末伊豆の宿に通ってひたすら内面を見つめていくことを繰り返していました。
その結果、自分がほんとうにしたいことは人の役に立つことだし、自分と同じ境遇の人を励ますことだ、と気付き、児童養護施設や児童相談所で働き始めたり、子どもたちのための活動を始めました。

どうしても周りの人の目が気になっちゃう人はまずは他人軸の癖を改めて、自分軸で物事を見つめられるように意識することを本でもブログでも紹介していますね。

みっつ目のアプローチとしては一番セラピストらしいやり方です。

それは内なる自分を救う、というプロジェクトです。
インナーチャイルドワークが一番有名ですね。

私のセミナーでもちょくちょく使っている手法です。

お父さんの暴力を怖れてびくびくしている幼い子がいるとします。
その子はお母さんにも守ってもらうことができずに、一人で必死にその境遇に耐えています。
誰も味方がおらず、いつも一人ぼっちでその怖れと向き合っています。

もし、Kさんの目の前にそんな子がいたとしたら、どんな思いがするでしょうか?
その子にどんな言葉をかけてあげたいでしょうか?
その子をどんな風に抱きしめてあげたいと思うでしょうか?

そんな子をイメージしてちょっと次の言葉を声に出して言ってみてください。
「怖いよね。」
「辛いよね。」
「ほんと苦しいよね。」
「でも、あなたはほんとうによく頑張ってるね」

そこでギュッと抱き締めてあげます。
「大丈夫。もう大丈夫だから。」
「私はあなたの味方。もう一人じゃないよ」
「泣いても大丈夫だよ」
「私が側にいてあげるから」

始めは何も感じないかもしれませんが、このイメージと言葉を繰り返し使ってみてください。

しばらくするといろんな感情が動き出すと思います。
それは悲しみかもしれないし、怒りかも知れません。

よっつ目のアプローチは少し上級編です。
「許し」と言います。

自分と向き合えるようになってきた頃に始めます。

「あなたはそんなお父さんをどうして助けたいと思ったの?」
「なぜ、そんなひどいお父さんを見捨てなかったの?」
「お父さんはどんな痛み、辛さを抱えていたの?あなたはお父さんの心の中に何を見たの?」
「お父さんを笑顔にしてあげるためにあなたは何を頑張ったの?」

そんな問いを自分自身に投げかけてあげるんです。
とはいえ、これはまだ先でも大丈夫です。
それなりの準備がないとこの答えに否定しか感じませんから。

しかし、敢えてこの問いを紹介するのはKさんの中に愛があるからです。
いずれこの問いに笑顔で答えられるKさんがいます。
それがいつになるかは私にはわかりませんが、その時のKさんはきっとかなりすっきりした表情をされていることでしょう。

そして、自らの人生を自らが望むように好きなようにいきられるようになっていますし、また、それこそライフワークを生きていらっしゃると思います。

必ずそういう風になれるのでそこは心配ご無用です。

それまではちょっと痛いこともありますが、自らの内面と向き合い続けていきましょう。

まずは「自分軸」を意識するところからかな。
「私は私、人は人。」と線引きしていくことから始めましょうか。


関連記事