「本当は○○した方がいいのに、私は△△だ」は自己否定に他なりません。


芸術家の方はもちろんですけど、そうじゃない人も心との付き合い方がものすごく大事なのはご存知の通り。
力で押さえつけるのではなく、心と対話したり、上手に付き合う方法を試行錯誤していきたいところですよね。

根本さんこんにちは!
東京在住根本さんファン歴10年弱の者です。
blog日々拝読してて以外にも?私と同じ芸術系の方が多くいらっしゃるようで嬉しい驚きです。
それでそれに纏わるリクエストをお願いしたいです。
「淋しさを人に向けるのではなく創作に注ぐには?」
私は寂しがり屋でおしゃべりでついついエネルギーを創作より人に向けてしまいます。
かまってちゃんですね笑
最近自分と似た友人が出来、ようやく自分を客観視できたといいますか…バイタリティーが半端ない友人は仕事もバリバリしながらセックスに恋にとあっちもこっちもお盛んです笑
あっけらかんとしてるのですが、でもどこか寂しそうで、余計なお世話なのですが「そのエネルギー、創作の方に(作家仲間です)に数パーセント注ぐだけで、結果的に人間関係のリターンも大きいのでは…?」と思ってハタと気がつきました。
それは私にこそ言えること!(ま、私は彼女ほどのバイタリティーはないので、尚更なんです)おしゃべりばかりの才能のないかまってちゃんより、才能あって実績もあるのに満たされてて人の話を聞く余裕のある人の方が魅力的ですよね笑
わかってるんです頭では笑 でも…言うは易し行うは難しです。

根本先生にぴしゃっと一喝していただけたらこれ幸いとリクエストさせて頂きました!
(Mさん)

その友達が寂しそうに見えるってのは、Mさんの投影かもしれませんね(Mさんが寂しいから彼女がそういう風に見える)。
ほんとのところは分からないのですが、少なくてもMさんがそういう状況を良しとしてないのは伝わって参ります。

さて、私たちが「本当は○○した方がいいのに、私は○○をしている」という思いが出てくるときは、そこには毎度おなじみの自己否定というのがあるわけです。

かまってちゃんっていけないんですかね?
寂しがりやでおしゃべりなのはダメなんでしょうか?
エネルギーを創作よりも人に向けちゃうのはイケてないんでしょうか?

そういう「そもそも論」を見ていくと、いろんな自分の思考パターンが見えてくるものです。

Mさんが書いてらっしゃるように「頭では分かってるけど・・・」という思いには必ず自己否定が入っています。
それはすなわち「頭では分かってるけど、感情(心)のことは分かってないの」と言える状態です

>おしゃべりばかりの才能のないかまってちゃんより、才能あって実績もあるのに満たされてて人の話を聞く余裕のある人の方が魅力的ですよね

どうでしょうねえ???おしゃべりが楽しい人だってそれなりの魅力があるんじゃないかと思いません?

少なくても、これもまたMさんの「思考」が作り出すものなんです。

創作ってそもそもエネルギーを必要とするものなのですが、そこに「ほんとはおしゃべりしたいのに!今は創作しなきゃいけないんじゃ!」という思いで取り組んだら、いい作品ってできるんでしょうか?

集中力が続かなくなったり、寂しさに押しつぶされそうになったり、行き詰ったときについつい友達に電話しちゃったり、、、なんてこと起きませんかね?

そもそも「思考」が作り出すものが、心(感情)とちゃんとつながってるかどうかというのが大事だと思うんです。

ふつう「本当は○○した方がいいのに、私は○○だ」という思いには、思考と感情の分離があるケースがほとんどです。

思考 → ○○した方がいい。○○すべきだ。○○しちゃいけない。
感情 → ○○したい。○○したくない。

この2つがケンカするわけです。

そして、創作はもちろんのことですが、私たちは「感情」によって動かされていますから、思考と感情がぶつかった場合、感情を選ぶことを私などはお勧めしてるのです。

なぜならば、幸せ、充実感、達成感、喜び、楽しみ、嬉しさ、好きって全部「感情」ですよね。

「感情」を否定して「思考」に沿って動いたら、、、ね?そういう幸せを感じられなくなるの、分かりますよね?

しかも、創作活動なんて感情というエネルギーのサポートがないとなかなか進まないですよね。

もちろん、仕事や日常生活では「感情がしたくない」と言っても、「やらなきゃあかんやん」ということも出てきます。

そこで感情と思考の折り合いをつけることが必要になってきます。

(思考)「なあ、今日中に原稿を出さないとヤバいんだよ」
(感情)「ええー、でも、やりたくねーし、まだゴロゴロしてたいし」
(思考)「そうは言うけどなあ、お前。今から頑張ってやってもギリギリ間に合うかどうかなんだぜ?そろそろ動こうよ」
(感情)「ええー、やだー。そんなこと言われたって動きたくねーし」
(思考)「まあ、そう言わずにな。編集者の○○さんの笑顔、お前も見たいだろ?読者を喜ばせてあげたいだろ?」
(感情)「まあ、そうだけどねー。なんか疲れてて今日はやる気が出ないの」
(思考)「それは分かるけどなあ。ずっと頑張ってるし、忙しかったもんなー。でも、この原稿仕上げたら○○さん、めっちゃ喜んでくれるでー。それにこれ終わったら、また、美味しいもん、食いに行こうと思ってるんだけど」
(感情)「え?マジ?何?お寿司が食いたいんだ。○○さん喜ばせるってことより、寿司にテンション上がるわ!」
(思考)「だろ?今から頑張れば7時までに終わるだろ?そしたら、さ、あのお寿司、食いに行こうぜ!」
(感情)「わーい!それなら頑張るー!!やるーー!やはくデスク行こ行こ!」

ちなみにこの辺のテクニックを学ぶには「女」と「子ども」がとても素晴らしいです。
特に「情熱系女子」ならびに「気まぐれ娘」ならびに「わがまま息子」などの設備が整うと、そりゃもう完璧なトレーニングが遂行されます。
(※筆者の日常の苦労をお察しいただけましたら幸いです)

「どうしたら自分がその気になるか?」
今回はニンジンをぶら下げる方法をご紹介しましたが、他にも「いっぱい褒める」「感謝を伝える」「労う」「しばらく愚痴に付き合う」などの方法があります。

昔ながらのやり方であり、自立系の方が得意とする「思考の力でもって感情を抑え込む」というのはストレスを溜めるには相応しい方法ですが、長期的にはあまりお勧めできません。

皆さんは心との対話、お付き合いは上手にできていますか?

私のブログの読者の皆様は、特にじゃじゃ馬系の感情をお持ちの方も多いと思います。
その感情を否定するのではなく、上手に付き合う方法を試行錯誤していきたいですね。

すなわち、「自分のご機嫌の取り方を学ぶ」ってことなんです。
Mさんの心、だいぶ拗ねちゃうとき、ありませんか???

そういうわけでMさん。本当はおしゃべりがしたい寂しがり屋が無理やり創作にエネルギーを向けようとする、というのは、ウンコがしたいのにそれを無視してランニングに出かけるくらい危険なことのように思うわけです。

それに、私が思うに「おしゃべり」の中から創作のアイデアやネタが出てくることってありません?
創作とおしゃべりってどこか繋がってると思うのですが、いかがでしょう?
もちろん、おしゃべりの内容が創作とは全然違っていても、です。

そして、これは私の考え方なんですけど、Mさんは作家ですからモノを書くことが仕事ですけど、果たしてそれだけが創作なのかな?と思っちゃうんですよね。

創作って作家さん自身そのものだと思うのです。
もちろん、物書きだけでなく、音楽や美術などの芸術系ならなおさら。
そして、本当のことを言えば、専業主婦でも、ビジネスマンでも、学生でも、日常生活は「創作そのもの」だと思うのです。

つまり、おしゃべりに興じるのも作家であるMさんの正しい姿だし、寂しがりやだからこそ描ける世界があると思うんです。
成果物だけが作品なんじゃなくて、人生そのものが作品だと思うのです。

だから、まったくもって意外かもしれませんが、これからは心置きなくおしゃべりに夢中になってください。
おしゃべりに夢中になることを許可してあげると、意外とあっさり満たされる時期がやってきます。
そしたら、今度はそのエネルギーを創作活動に向けることができるので、おそらく効率は今よりも2,3倍は上がると思います。

すなわち、今の状態ならば10時間かかってやる創作が、2,3時間でできてしまう、ということです。
これってすごいでしょ?

ありのままの自分を認める、ということは、自分の心をありのままに受け入れる、ということで、すなわち、自分の感情に素直になる、ということです。

創作かは特に感情を表現するお仕事ですから、それこそ心との付き合いを大事にしたいところですよね。

で、いつものセリフです。

「やりたいことをやりたいようにやればよろしいがな」

ということです。

ということで、自己否定を卒業して自己肯定を学びたい方はこちらもどうぞ。

「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法」(あさ出版)

 

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