温室な人間関係のままではどんどん幼稚でわがままな痛い人間になってしまうのでは?と思ってしまいます。


そうなったときに考えたらいいんじゃないでしょうか?
起きていないことを、起きるかどうかわからないことを今から想像して不安になってもね。
それにそもそも温室にいるのか?とか、幼稚でわがままなのか?なんてのも、分からないですよね?

こんにちは。
いつも本当に充実したblogに日々の糧を頂いております。
セミナーはまだハードルが高いので心理学講座に何度かお邪魔して著作を読ませて頂いてる遠巻きなファンです。

私はよく言えば人当たりの良い悪く言えば気が弱く子供の頃から人間関係で疲れていました。
20歳頃にはほとほと疲れて人間関係を切るようになり基本開き直りぼっちでほんとに近い人、職場の人、習い事の友人、付き合ってる人と片手で足りる人間関係で何年も過ごして来ました。
疲れるなと感じたら即距離をとるため周りは優しい(わたしに甘い)人ばかりになっています。
だからたまに新しい人やグループと関わる機会があると、ハッとすることがあります。サクッと普段の温室生活でふやけた身体を軽くひと差しされることがあるんですよね笑
それでその愚痴を根本さんに聞いて頂きたいわけではなく(いや、ほんとはそうなのかもしれません笑)
この温室人間関係のままではどんどん幼稚でわがままな痛い人間になってしまうんじゃないかという懸念があるのです。
そういうハッとさせられた相手やグループに魅力を感じず面倒だなと思うだけなら問題ないのです。
そうではなく、魅力的な人達だけど、どうも私の幼稚さでは座りが悪いというか、関わることが申し訳ないな(というか恥ずかしいな!これが本音かもしれません笑)となる場合、葛藤が起こるのです。
怖いし恥ずかしいけど頑張って関わり続けるのか、それともいつもの通りぬるま湯ぼっちを選択するのかという笑

しょーもないリクエストだと思いますがネタのバリエーションとしてたまにはこんなものもありかと送らせて頂きました。
(Tさん)

ふつう人は無自覚にTさんのようなことをやってるんだと思います。
誰でも知らないうちに自分にとって楽な人、優しい人、自分に甘い人たちの中で生きるようになるもんじゃないでしょうか。

それに気付いてるTさんは偉い!というお話ですな。
20歳までに人間関係でほとほと疲れ果ててしまったから気付けることかもしれません。
やはりそれまでは虎の穴に自らツッコんで修行の日々を送っていらしたのでしょうか。

で、そういうことが悪いことなのか?いけないことなのか?というと難しいところで、まあ、いいじゃん、それで・・・と私などは思ってしまう部類です。

温室っておっしゃいますが、客観的に見て温室なのかどうなのかは分かりませんよね。
自分で温室って感じるのは、それは今までの経験上の比較であって、絶対的な基準が存在するもんじゃないと思います。

私のクライアント様には自立系武闘派女子たちが多数いるのですが、彼女たちが居心地がいいっておっしゃる友人たちは私から見れば虎の穴にしか見えないこともよくあるのですな。
「そ、それにしてもスパルタな友達ばかりですね・・・」
「え?そうですか?みんないい子ですよ!気を抜くと寝首かかれますけどね!」
という風に。

>この温室人間関係のままではどんどん幼稚でわがままな痛い人間になってしまうんじゃないかという懸念があるのです。

そうなったときに対処すればいいんじゃないでしょうか?
そうなると決まったわけではないですし。
ブログにもちょくちょく書いてることと重複しますけれど、まだ起きてないことを想像の世界で創り上げて不安になったり、心配になったりするのって、一種のマスターベーションみたいなもんですよね。

一般的にはそういう懸念はあまり実現化されることはなく、そういう懸念を持ち続けながらおばあちゃんになっていくケースがほとんどです。

それに自分が幼稚なのか、わがままなのか、痛いのか、なんてのも基準があるわけじゃないですよね?
周りから「あんた痛いよ~」って言われて初めて気づくレベルでいいと思うのです。

温室に入っているつもりでも、ついつい人目気にしちゃうのかな?

>だからたまに新しい人やグループと関わる機会があると、ハッとすることがあります。サクッと普段の温室生活でふやけた身体を軽くひと差しされることがあるんですよね笑

違う文化の空間に行けば、そういう風になるのは自然なことですわね。
価値観の違う人と出会えばチクッ、グサッってなることがふつうです。
海外旅行に行って、文化や価値観の違いに驚いたことのある方も多いと思います。
それと同じですね。

でも、Tさんのように「今の私じゃダメ」とか「私は甘いんだ、まだまだなんだ」みたいな自己否定があると、単なる「違い」なのに、それが「間違い」のように感じてしまうわけです。

Tさんは右手でカレーを食べる人たちを見て、「げっ!あたしはスプーンで食べてた!そんな私じゃダメなんだ!間違ってたんだ!」ってショック受けます??

7時集合の飲み会に堂々と遅刻してきて詫びの一言も入れない沖縄の人たちに対して「あ、時間通りに来た私がバカだった!」って落ち込んで一口もゴーヤチャンプルーが食えなくなったりします?

ああ、違うんだ・・・こういう人たちはそういう世界に生きてるんだ・・・と感じるだけだと思うんですよね。

ちなみに自己否定が強い人ほど他人にダメ出しをします。自分に対してするように。

>怖いし恥ずかしいけど頑張って関わり続けるのか、それともいつもの通りぬるま湯ぼっちを選択するのかという笑

その時の気分で決めりゃあ、いいと思いますけれど・・・。
ひとつに決めなくてもね。

私なんかはマゾ気質なこともあって、時々“敢えて”違う世界に行くことを望みます。
ビジネスセミナーなどに顔を出したりするのはそれが目的で、そこで志ややり方や情熱や生き方が自分とは違う人たちと接して、うわっ!いたっ!ぐさっ!うぉーっ!という思いをして、「ああ、気持ちがいい(ハート)」などと思うことが好きなのです。

「やはり日本を変えたいと思います。」
「このビジネスを通じて日本や世界の人たちに幸せを提供したいです」
「こういう魅力的な農業をされてる方がいるので、その方々を支援できる仕組みを作ります」
という素晴らしい夢を語る方々に交じって、「根本さんの夢は何ですか?」と話を振られたりするときなんか、ほんとつくづく自分がMだなあ、と思います。

「えーっと、な、夏は北海道と軽井沢、冬は沖縄、春と秋は大阪や京都で暮らすことですね・・・」
などと夢を語って、皆さんの「おぉ、いいですね~」という社交辞令を頂くわけです。

Tさんの言う、

>魅力的な人達だけど、どうも私の幼稚さでは座りが悪いというか、関わることが申し訳ないな(というか恥ずかしいな!これが本音かもしれません笑)となる

なんて気分に私もなるんですよねー!!

でも、それって自分に余裕がないときはやっぱり辛いだけで苦行になるだけなんです。
そういう刺激を受けて、自分を振り返りたい、井の中の蛙であることを実感したい、という前向きな気持ちの時にだけ行動しています。
(なので、チキンハートな根本先生は、気分が乗らないときはビジネスセミナーもドタキャンしたりするのです。)

自分が望めばやればいいと思います。
でも、自分が望まないのに「やらなきゃ」と思ってやるのは自分いじめにしかならないと思います。

そんな「自分本位」な生き方をまずは選んでみてもいいと思うのです。
そうして、自分が自由に、ニコニコと生きられるようになって、心に余裕が生まれてきたら、「よっしゃ刺されに行こう!!」って風に思えるかもしれません。
もちろん、Tさんもぶっとい槍を3本も持っていることをお忘れなく!

そんな自分いじめが染みついちゃった皆さんに送る素敵な本はこちらです。

「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法」(あさ出版)

武闘派女子はじめ、刺激的な人たちが全国から集まるセミナーはこちら!

「12/9,10 京都リトリートセミナー」
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