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例えば、親子関係で自分の意思よりも相手の意思を優先する機会が何度も何度も繰り返されると、やがて自分の意思決定を相手の意思に委ねるようになります。
それが「他人軸」と言う状態なのです。
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講演会でもこんな話をしています。他人軸になり、自己肯定感が低くなる育ち方の例。思い当たる方も少なくないんじゃないでしょうか。
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ある日、お母さんがあなたにこう言います。
「プリンとリンゴとどっちがいい?」って。
素直なあなたは「プリン!」って元気に答えました。
するとお母さんの表情は一変。
「なんでプリンなの?リンゴいっぱいあるってさっきママ言ったでしょ?リンゴにしなさい!リンゴに」
そこで、あなたは「ごめんなさい」と言ってリンゴを手にします。でも、あまりおいしくは感じません。リンゴは嫌いじゃないけれど、そのお母さんの言葉が怖かったのです。
別のある日、お母さんがあなたにこう言うんです。
「コーヒーゼリーとミカンとどっちがいい?」って。
あなたはちょっと怯えながらも素直に「ミカン!」って言います。
すると再びお母さんはこういうんです。
「コーヒーゼリーにしなさい!賞味期限近いんだから!いい!こっちよ!」
でも、そこであなたの頭は「???」となりますが言い出せず、少々苦みのあるコーヒーゼリーを口に運びます。
そして、あなたの中ではどうしたら怒られないか?という思考が生まれていきます。
同時に「自分が欲しいものを望んでも、結局はお母さんがいい方になるんだ」という学習もします。
そして、またある日、お母さんはあなたにこう言うんです。
「リンゴとコーヒーゼリーどっちがいい?」
あなたは悩みます。
トーナメント制ならば、さしづめ決勝戦です。
リンゴの在庫状況をちらっと確認しますが、よく見えません。
賞味期限なんてもっと見えません。
どっちがお母さんの「望み」であり、「答え」なのかを考えるようになります。
でも、結局分かりません。
だから、あなたはこう答えるでしょう。
「どっちでもいいよ」
そうすると、「じゃあ、こっちね」とリンゴを渡されました。
「リンゴの優勝!」ってやってみるけど、やっぱり楽しくありません。
でも、振り返って、じゃあ、自分がどっちが食べたかったのか?と思うと、自分でもどっちか分からなくなっているのです。
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過干渉なお母さんの一例です。
こういうお母さんは教育熱心な方が多く、このケースでも「子どもに選ばせている」と思い込んでいます。
自分の希望する「答え」を押し付けているとは気付いていないことが多いのです。
さて、これでもう「他人軸」が作られます。
もちろん、こういう出来事が何度も何度も繰り返された上ですけどね。
「自分が欲しいものではなく、相手が望むもの」を選ぶ癖が付きます。
賢い子や相手の気持ちを考える優しい子は、「相手が望むものが自分が望むもの」なんて法則を作る場合もあります。
「ねえ、イタリアンと和食とどっちが食べたい?」
「うーん、どっちもいいなあ。私、どっちも食べたいからあなたの望む方でいいよ」
「ええ?そう?うーん、迷うなあ。じゃあ、今日は和食でいい?」
「うん、もちろんいいよ!」
その時、潜在意識の中では「私も和食が食べたかったんだ~」と思い込む作業が着々と進んでいきます。本音では「魚介系のトマトパスタ」に強く惹かれていたのですが、その思いは「お刺身でも煮付けでも魚介が食べれたらいいし~」という思考に置き換えられていきます。
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そして、賢く聡い子ほど、陥りやすいパターンがあります。
お母さんが過干渉で自分の思いを押し付けて来る場合、だんだんお母さんが望むものを自分が察知してそれを希望してお母さんを喜ばせようとするのです。
本当はミニスカートを履きたいのだけど、お母さんが「あんなのはしたない」と吐き捨てるように言っていたので、ひざ丈の少し長めのスカートを選びます。
その時、お母さんは何も「そうだよねえ、やっぱり」とあなたに同意します。
でも、もうそれが癖になってしまったあなたは「お母さんの意志に合わせた」という自覚は薄れていっています。
長年の習慣により、あたかも私もまたひざ丈のスカートが欲しかったように思い込んでしまうのです。
そんな彼女が大人になった日、
「ほんとうにやりたい仕事が分かりません。今の仕事、とても充実していると思いますし、周りから見ても羨むような立場にいると思います。けれど、楽しくない、というか、正直に言えば、苦しいんです。」
なんて思いをカウンセラーに吐露するのです。
そのカウンセラーは優しく問いかけます。
「子どもの頃はどんな子だったの?」と。
そうして、お母さんとの関係や学校でのできごとを聞いていきます。
すると、そのとても優しいカウンセラーはこんな質問をするんです。
「お母さん、過干渉だったのかな?お母さんって色々押し付けたりしなかった?」
すると、彼女は意外な答えを口にします。
「よくそういう記事を根本さんのブログで見ますけど、私は高校も、大学も、就職先も自分が希望するところを選んで来たんですよね。
お母さんとしては大学はもう少し家から近いところが良かったみたいですが、そのお母さんの気持ちよりも私の行きたいところを選びましたし。」
そこで、ものすごく優しいカウンセラーさんはこう思うんです。
「だったら、そんな問題は抱えねーだろ?それだったら、本当にやりたい仕事が見つからねえ、とか思うわけねーだろ、とっくに自分がやりたいことやってるがな。」
もちろん、口では
「ああ、そうなんですねえ。自分で選んでこられたんですね」
と言ってるんです。
あ、これ、もちろん、私の話じゃないですよ。
ある、優しいカウンセラーさんの話ですよ。
私、表裏ありませんから、そんなひどいこと思ったりしませんよ。ふふふ。
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彼女の選択というのは、はお母さんが許してくれるであろう範囲の中から自分の希望を選ぶことを指すのかもしれません。
A~Fまで大学があり、お母さんは、B~Dまでの大学に行ってほしそうだ、と察するわけです。
そしたら、本当はAに行きたかった、本音としてはAだ、と思っていても、その思いは意識レベルには上がってきません。
あの子ども時代に「リンゴ!」て無邪気に言ってものすごく怖く、辛い思いをしたから、自分の本音に気付くことすらタブーになっているのです。
だから、彼女はあたかも自分がB~Dの大学にそもそも行きたかったかのように思い込み、その中でBという大学を選ぶんです。
その時、お母さんは「Bにするのね。うん。分かったわ。もう少し近い方がありがたいけど、しょうがないわね。Bはいい大学だしね」なんて言うわけですが。
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彼女にとっての「お母さん」は、学校に行けば「先生」、会社に入れば「上司」、恋をすれば「彼氏」に投影されるようになります。
お母さんの意志を察して行動して来た彼女は、優等生となり、模範的な社員となり、自慢の部下となり、可愛い彼女になるでしょう。
そして、彼女は嫌われたり、怒られたりすることなく、むしろ、好かれたり、必要とされたりすることで「自分の存在意義」を見出してきました。
それはまるで、周りの人が彼女に期待する姿を演じ、周りの人が求める「彼女像」という着ぐるみを着て生きているようなものなのです。
だから、何かの折に自分を見つめ始めたとき、その着ぐるみの中には何もないような“錯覚”に陥ります。
「私って何者なんだろう?何がしたいんだろう?」
という疑問に答えが出せなくなるのです。
上手に立ち回ることができるし、ソツなく対応できる術は身に着けたけれど、肝心の「自分がいない」のです。
それが「他人軸」での生き方なのです。
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「私」に戻る必要があります。
ものすごく優しいカウンセラーは彼女に一つずつ問いかけをしました。
「子どもの頃好きだった遊びは何?」
「子どもの頃好きだったアニメは何?」
「好き映画とか、いつも見ちゃうドラマってありましたか?」
「彼とデートしていてどんな時が楽しい?」
等々。
それを一つ一つ思い出しながら、「感じる」ということを思い出したり、「本音」というのを思い出したりしていきます。
ほんとはラスボスである「お母さん」に怒りを持っているはずなのですが、それが出てくるためにはもう少し時間が必要でしょう。
そして、彼女に出した宿題は「自分が好きだと思うものを300個探してくる」というもの。
これは「好きなものを探す」ということを「習慣化する」ことが目的です。
300個探すには1,2か月かかりそうだとおっしゃってたので、1,2か月続けて考え続けられるテーマにしたんです。
「私はこれが好き!」は「自分軸」です。
そこをまずは狙ったのです。
そして、一か月後、優秀な彼女は早くもお母さんへの怒りに気付き始めており、その怒りはお母さんからの自立を表すものですから、そのものすごく優しいカウンセラーは「おお!おめでとう(^^)」と彼女に握手を求めるのでした。
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自分軸を見出したり、自己肯定感をあげる方法ってたくさんあります。
でも、本でも紹介していますが、うまく行った人って実にシンプルなことを、ただ、継続しただけであることが多いのです。
「好きなことを1,2か月『なんだろうなあ~』って考え続ける」だけで、自分軸に戻れたりするのです。
その他にも「私は私、母は母」という言葉をひたすら唱え続けるとかね。
そうして自分軸を取り戻し、自己肯定感をあげることができるのです。
さて、お待たせしました!宣伝の時間です!
そんなことを書いた本が間もなく9/14に出版されます!
幸著)」
>「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法(根本裕
そして、そんなことを実際にやってみるワークショップも10月に開催されるわけです。
「自分軸で生き、自己肯定感をあげるワークショップ」(10/7名古屋、10/8大阪、10/21東京、10/28札幌)
>http://nemotohiroyuki.jp/event-cat/20816
<読者から頂いた本の感想>
(Sさん)
でも、ワークをすることで、なぜ敏感過ぎる自分になったのかが理解でき、その原因となった出来事やその時の自分の過敏な感情を愛すべきものとして受け容れることができました。
人の期待に応えられないことや、嫌われることはあっても仕方がない、そういうことはある、自分も相手もダメなんじゃなくて、ただ今のタイミングでは気持ちが違うだけ、と思えるようになりました。
新しい自分になったというよりも、重たい鎧を脱いで本来の自分を取り戻したような感覚です!
心が身軽になったので、これからは、身体も身軽になるとともに(笑)、本当に自分がしたいことに向かっていきます!
(Mさん)
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