理想を演じる人たち。


「○○しなければ」という義務感に捉われているというよりも、「○○した方がいいよね」という積極的なノリをしている。
客観的にいい会社、もしくは、いい仕事をしていて、もちろん、それなりの賃金水準である。
そのため、なかなかいい生活をしている。
例えば、都心に住んでいたり、夫婦でベイエリアのタワーマンションに住んでいたりする。
健康にきちんと気を使い、ヨガやジムに通い、スーパーフードやスムージーなどを積極的に取っている。
朝型の生活ができていて、しかも、朝からマインドフルネス瞑想をして一日を快適にスタートさせている。
流行に敏感でファッションからレストランから健康法まで最新の情報を採り入れて、より充実した生活を演出している。
友達や仕事仲間を大切にしていてパーティなどもよく企画しているし、そうした楽しそうな写真をインスタにアップして「いいね」をたくさんもらっていたりする。
旅行にもよく出かけていて、海外旅行にも積極的である。
常に向上心があって勉強熱心で、知識や経験を積み重ねることを喜びとしている。
パートナーとは円満であり、周りからは理想の夫婦、理想のパパママと呼ばれている。
家事・育児はきちんと分担されている。もちろん、家はきちんと片付いている。
夫婦のイザコザは話し合いで解決する。ケンカは滅多にしない。

どこかのカウンセラーのように旅ばかりしているのに、せっかくの旅だからと行く先々で暴飲暴食をして奥さんばかりかお医者さんに怒られたりはしない。
ましてやウンコを漏らしたりはしないし、自分の稼ぎや財布にいくら入っているかを知らない、なんてこともない。

なんだか、そういう人たちが羨ましいのでこの記事を書いているのでは?という気がしてきた(笑)

私は気分屋なので気が向かないと何もできない体質ゆえ、そうしたセルフコントロールができる人たちが羨ましいのである。

さて、そういう彼らのうち、それが本当に自分にフィットしている人たちは幸せそうだ。そして、楽しそうに生きてる。
だから、その生活スタイルや自分の価値観を人に押し付けたりはしない。人は人、と分かっているからだ。

そういう人の話を聴くのは自分との違いが顕著過ぎて面白くて、へえ、そんなすごいことができるんだ、と素直に平伏してしまう。ほんと尊敬しかない。

ところが、職業柄私が出会う人たちはそういう理想の生活を「演じている人」が多い。

まさに上記の条件に当てはまるある奥さんがいる。
彼女はカウンセリングで「実はもう1年半もセックスレスで・・・」という話をされる。実は、理想の生活を“演じている”間は、「夫婦にセックスは大事だ」という思いで、頑張って取り組んできたそうだ。
でも、なかなかセックスが楽しめない。もちろん、嫌いではないのだが、夫との相性が合わないのか、無理に頑張ってしている感が出てきてしまい、セックスが嫌になってしまったという。
しかも、お互い仕事が忙しく、何となく避けているうちに1年半が過ぎてしまったそうだ。
でも、彼女は最近、自分がとても性欲の強い女性であることに気付いたそうだ。夫とはしたくない、けれど、体はセックスを求めている、けれど、他の男性としたいとは思わない、そういう葛藤でカウンセリングを受けようと思ったらしい。

また、ある女性は独身だが、まさに周りからはキラキラした女性として見られている。
見た目も性格もとても素敵な女性であることは話し始めてすぐに理解できるのだけど、彼女はそういうポジションにちょっと前から疲れてしまったという。
30代も後半になり、結婚も焦るようになった。
だけど、なかなか実家を離れられず、お付き合いする相手というと一夜限りか不倫かのどちらかだという。
家族とも仲がいいので私のブログでよく出て来る家庭の問題もあまり当てはまらない。けれど、結婚に踏み込めないし、特定の彼氏を作ることがなかなかできないという。

また別の奥さんも子育てをしながらもそんな理想的な生活を頑張っている。
でも、どう見ても彼女はそんなセルフコントロールが得意な方ではなく、とても感受性の強い、情緒豊かな女性である。
だから、自分では気付いていなかったがそうした理想を演じることにいつしか虚しさを覚え始め、年下の彼と不倫関係にある。
私のブログの熱心な読者であることからも分かるように、その年下の彼は典型的なダメンズである。
都合のよい、体だけの関係と分かっていても、彼といると落ち着くそうだ。
「これって根本さんの言うアンダーグラウンドですよね?」と彼女は言った。
もちろん、離婚して今の生活を手放す気はさらさらない。だから、頑張って夫の求めに応じて「理想の夫婦らしく週に1回はセックスをしている」そうだ。

また、ある女性は周りの勧めもあって起業して、それなりの成功を収めている。
心理学も一通り学び、自分を癒していて、以前は疎遠だった家族とも関係を改善しているし、2回目の結婚はとても順調にいい関係を築けている。
最近は女性起業家向けのセミナーなども頼まれて開催することが増えて来て、周りの人からはまさに「理想の女性像」として崇められている。
しかし、彼女は「これから先が見えない」という。「ほんとうに今の仕事がしたくてしているのか分からない。師匠に『君ならできる!』と強く推されて起業した経緯もあって、迷いがぬぐえない」と訴える。
でも、自分が今、後輩を教え、育てている立場で、そんなことを言えば彼女たちが失望するだろうし、自分も心理学で自分を癒してきたので、今さらまだ問題があるというのも言いにくい。
それで、全然畑違いの心理学をやっている私のところに来てくれたそうだ。

もちろん、彼女たちに「理想を演じている」という自覚はない。
しかし、子ども時代から親の期待に応え続け、優等生だったり、いい子だったりしたまま大人になった。もちろん、ある程度の反抗期はあったけれど、理想を演じるだけあって、大人になってからは親と和解し、親孝行もしている。

ここでいう「理想を演じている」というのは、「周りが醸し出す期待に応え続ける」というほどの意味である。
頑張って、無理して、期待に応えるわけではない。
親が過干渉で、その価値観を押し付けられて、奴隷のようになってきたわけではない。

「ああ、そういう思いを叶えてあげたい」とか「そういう期待になら応えられるかな」という軽い感じの期待に応え続けてきたのである。
そこには親や周りの人への愛情がある。いわば、育ちがいい人たちも多い。
そして、それに応え続けられるだけの頭脳と体力と適応能力があったわけである。

しかし、そこに無理があった。
大きな無理ではない。自覚できるほどに苦しい無理ではない。
ちょっと頑張ればできてしまう程度の無理なのである。

だから、一つ一つは些細なことで気付きにくい。
まさか、仕事をしながら家事をこなすことが苦しいなんて能力の高いそんな奥さんは思わないのである。
「家がきれいな方が気持ちがいいから掃除が好き」
「ちゃんと家族の健康を考えたいから、体にいい食事を摂る」
もちろん、毎日そんな生活ではない。
彼女(彼ら)はその辺も賢いので、適度に手を抜いてサボることもできるのである。

だから、その生活の中に発生する微妙な無理に気付きにくい。
それで数年経ってから「あれ?なんでだろ?」という理解不能な心身の反応が出て来て愕然とするのである。

「家が散らかってるな。子どもなんだからしょうがない。そこで怒っちゃいけないよね。じゃあ、一緒に片づけよう」とちょっと頑張ってしまうのである。
本当は「ああ、疲れてるのに何よ、もう!!しょうがないわねえ!」と1人でちゃっちゃと片づけてしまった方が早いのであるが、理想の母親像を漠然と思い描く彼女は子どもに「さあ、お片付けしようか。ね?」と声をかけてしまうのである。

もちろん、それがいけない、というわけではないし、むしろ、理想である。
しかし、そればかりはやはり苦しい。

でも、それは理想を演じている彼女からすれば、ちょっとした無理である。
だから、実は辛い、ということに気付きにくい。

メンドクサイと感じている自分が嫌だし、それはよくないと思っている。
感情的に怒ることは子どもの成長に関わる、と思っているので、グッとこらえることがいいことだと思っている。
でも、彼女たちは多くの武闘派女子たちとは違い、そうした感情をコントロールすることに長けているので意外とストレスにはならない。
別の場所で健康的に発散していたりもする。

だから、ほんとに些細なズレなのである。
それがチリも積もって山となったときに「あれ?」と気付く。

プライドも高い人が多いので、おいそれと誰かに相談することはできない。
それであれこれ検索した結果、「ベテランだし、何とか答えが分かるかもしれない」と私のところに来てくれるのだろう。
有難いことだけど、正直パッと話を伺った時点では「え?何が問題なの?」という方も少なくない。
また、とても勉強されてるので「別に私のところに来なくても自分でちゃんと理解してるじゃん」という方もとても多い。

そして、何よりもその些細なストレスの積み重ねを具体的に見つけていく作業はなかなか難しい。本人たちは自分で解決してきたと思っている(思いたい)ところもあるのかもしれない。

それでも何となく息苦しそうだな、と思うのである。

「素直になんなよ。辛いなら辛いって言っていいんですよ」なんて話を振っても、「自分ではすごく素直に生きてきたつもり」との回答が返ってくる。そして、確かにそれも嘘ではない。決して嘘つきではないし、素直さも十分持っている。

ただ、今起きていることはすべて正しい。
虚しいのも、苦しいのも、嫌なのも、ぜんぶ、今起きているのであれば、それが正しい。

そんな時、私はあまり敬語は使わない。
「だってしんどそうだもん。何か無理がたたってんだよね。気付かないちょっとした無理が溜まってるのよ。ちょっといい子し過ぎたんだわな。悪気はないんだけどな」

そんな話をしながら、心の奥に溜まっている澱を少しずつ掻き出していくのである。

「好きなもんは好きなんだからしゃあないよな」
「ダメなもんはダメ、嫌なもんは嫌でいいじゃない」
「白旗揚げて無理です~!って弱音吐くのも悪いことじゃないよね」

それで実際、そんな言葉を声に出して言ってもらうのも効果抜群である。

「旦那ムカつく、嫌。浮気したい!」とか「もう、こんな仕事したくねえ!」とか。

そんな理想を演じる人たちの深層心理には何があるか?
ひとつは「期待に応えることでみんなを喜ばせたい」という思いで、今までそれで成功してきた、という背景がある。
そして、自分が人に与えられるものとして、期待に応えること、と認識しているのである。

逆に言えば、周りからそれとなく寄せられる期待を裏切ることはできないし、したくない、という思いがあるし、「自分はできる」「何とかできる」「器用だし」などの理由を付けて頑張っちゃうところがしんどいのである。

そして、さらに奥にはやはり怖れがある。

「素直になったらどうなると思う?」
「もし、自分を全部出しちゃったらどうなる?」

なんて質問を投げかけてみると、怖ればかりが出て来ることに気付くだろう。

暴走したり、裏切ったり、わがままになったり、逃げ出したりするかもしれないし、嫌われる怖れ、必要とされない怖れがいっぱい出て来るだろうと思う。

でも、そういう気持ちが心の中にあり、それが澱のように溜まっているのであれば、やはり出してしまった方が楽になるし、もっと質のいい生活ができるようになる。

そういう意味ではカウンセラーという職業はある種のごみ処理場みたいなところがあって、日々、そんな自分では処理しきれない廃棄物が持ち込まれる場所なのである。

ということは、私は小学校などで言えば、焼却炉を管理する用務員のおっちゃんということになろうか。

ちなみに何で今日はこんな口調かというと、先ほどまで今度出る雑誌の校正をしていたためであり、眠れぬ夜をエッセイなどを読みふけって過ごしていたからである。

さらに言えば、こんな方々のためにも楽しんで頂ける本が今度でる「敏感すぎる人たちが7日間で自己肯定感をあげる方法」であったりするので、良かったら読んでくださるとうれしい。

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