完璧主義を手放す~不完全なまま生きて行く~



それが好きで完璧さを求める人を職人と言います。私はそういう人にすごく憧れます。
でも、好きでもない分野で職人を目指すのは苦しいのです。
不完全にしか生きられないことを受け入れられると人生はグッと楽に、楽しくなると思います。

東京でよく行く店のマスターが仕事帰りケガをしてしばらく休んでいたんです。
当初2か月くらいかかるかも、、、と言ってたのに1か月ちょっとで復帰して、「さすが若者は回復力が違うなあ。気合もすげぇ。」なんて話をしていたら、「いや、根本さん、違うんです。考え方ですよ」と言われたんです。

彼の話によれば、当初は自宅の近くの病院に通っていたとのこと。
そうすると「仕事復帰は早くても2か月」と言われたんだそうです。
でも、「こっちは店預かってる身だし、腕も鈍るし、お客さん待たせたくねーし、2か月も休めねえよ」と別の病院にもお伺いを立てて見たら、やはり「最低2か月」とか言われるんだそうです。
「じゃあ、仕方ねえかなあ」と思いながらもあちこち探していたら、ある人から紹介された病院がスポーツ選手がよく通うところなんだそうです。

「根本さん、普通の病院ってのは“完治”を目指すんです。だから、私の腕が痛みなく、ちゃんと動くようになるのを目標とするわけです。だから、それまでは動いちゃダメ、仕事休みなさいって言うんです。それはそれでOKだと思うんです。」

「でも、スポーツ選手なんて完治を待ってたらレギュラー奪われるし、契約だってどうなるか分からないでしょ?だから、とりあえず動ける状態にしてくれるんです、その病院は。『痛みあるけど腕動くでしょ?あとは仕事しながら治していきましょ』って言う考え方なんです。」

それで1か月ちょっとで復帰できたそう。
「じゃあ、まだ痛むの?」って聞いたら、「ええ、痛みはありますね。でも、動けるんで。それがでかいですよ。」

とりあえず私は行きつけの店を失わずに済んで幸いなのですが、ああ、それって人生と同じじゃねーか、と思ったのです。

皆さん、きっと胸が痛いはず。
「ちゃんとしなきゃ」「きちんとしてなきゃ」という言葉が好きじゃないですか?
「今の自分ではダメ、こんな欠点がある!」と粗さがしを趣味としてませんか?
「もっと○○にならなきゃ彼氏なんてできない!」と焦っていませんか?
「これくらい出来なきゃダメだよ!」ってとりあえず自分にダメ出ししてませんか?

私たちは「自信がない」「失敗が怖い」「人目が気になる」「嫌われたくない」「悪口言われたくない」「否定されたくない」などの思いが入ると、即、完璧主義を発動します。
ごごごごごごーっと蓋が開いて「完璧主義者くん108号」がどーんと出て来るわけです。ちなみになんて108号かというと煩悩の数です。深い意味はありません。

完璧主義者くんというのは完璧を求めるので、あなたのできてないところを探しまくって見つけ出して指摘しまくるわけです。
この指摘ってのも優しいもんじゃないんですよね。否定なんです。ダメ出しなんです。

ビジネスでもそうです。
「自分が成功するにはこれが足りない、あれができてない」というチェックばかりをしてしまうわけです。

そして、ちゃんとできるようになったら、もっとできるようになったら、と先延ばししてしまいますし、それが時に「言い訳」になることもありますよね。
だから、今、成功してなくても仕方ない、だって○○ができてないんだもの、と。

今、あなたは幸せになれるし、
今、あなたはパートナーを見つけることができるし、
今、あなたは仕事で成功することができます。

その「今」を拒否するのが、完璧主義者くん108号なのです。ちなみに108とは煩悩の数です。深い意味はありません。

でも、もっとより良くなってからの方が成功しやすい、うまく行きやすいと思いますよね。確かにそうかもしれません。

とはいえ、私がそこでよく伝えるのは「今の自分で勝負するしかないでしょ」ってこと。

実はこれは私のカウンセラーとしての実体験に基づくんですけど、私は師匠が天才的な人だったので(あ、まだ死んでないけど)、師匠みたいにカウンセリングができるようにならなきゃ、と思っていたら来世か来々世にかけるほかなかったんです。
でも、そんなこと言っても始まんねーし、と、「今あるもの」「今できること」に意識を向けていくようにしたんですね。

それで後から気付いたんですね。
「師匠のようにできなければ」というのは完璧主義だってことに。
そして、それは「競争」でもある、ということに。

それに、完璧さを求めると、そりゃあ、きりがないわけです。
それが楽しいのであればいいと思います。
自分のサガだと。
技術を磨いていくのが自分の趣味で生き方で、どうしたって完璧主義になってしまうんだ!でも、それが俺だ!それが俺の人生だ!それが好きなんだ!ってのはOKです。
まさに職人ですね。私はそういう職人が大好きです。

でも、好きじゃなかったら、その道を極めたいと思わないのであれば、完璧さなんて求めなくてもいいと思うんですよね。今のままで十分うまく行くんだし。

それで、結婚することが目的でしょ?それを目指して婚活してるんでしょ?婚活のプロになりたいわけじゃないでしょ?ってよく言うわけです。

で、その話を総じて「不完全なまま生きて行く」ということをよく提唱しています。

ダメな自分でいいじゃないか。
できの悪い自分がいたっていいじゃないか。

そもそも私は欠点は直してはいけない。愛してオープンにするだけでいい。という考え方の持ち主です。
最近は「お酒ってほんとに良くないらしいね」と奥さんに諭されたり、「どうしてそんなに飲むの?気を付けてよ」と怒られたりするのも、「奥さんなりの愛情表現なんだなあ」と受け取ることに成功し始めています。

そもそも人間なんて不自由な肉体を持っているわけだし、時間などの制約条件もたくさんあるわけで、完璧になんてできないんですよね。

「制約条件があるからゲームは面白くなる」っての知ってますよね?
手も武器も使っていいし、選手だって11人以上いてもいい、なんてことになったら、それは最早サッカーとは言えないわけです。

とまあ、理屈ではよく分かってる話だと思いますが、「不完全な私で大丈夫」という意識を常に持っていると、いいことがいっぱい起こると思います。

人生はバランスの法則で成り立っています。
あなたが不完全さを受け入れると、その要素を補う相手が出て来る不思議。

ええ、でもー、だってー、と言いたい皆さま。

「不完全なまま生きて行く」って10回言ってみてください。

けっこう勇気湧いてきません?

スポーツ選手って一流になればなるほど、どこか痛いところ、不具合がある場所があるそうです。
でも、うまくその箇所と付き合いながらパフォーマンスを高めていくことが求められています。
例えば、膝を痛めているある選手は試合前には時間をかけてストレッチし、試合中はテーピングでしっかり固め、試合後は入念にマッサージを受けてそれ以上痛みが広がらないようにします。

それってスポーツ選手だけの話じゃないですよね。

私たちだって不完全なところいっぱいあるんです。
でも、それを受け入れて、許して初めて、ケアしていくことができます。
そして、上手にその不完全さと付き合うこともできるようになっていきます。

「自分は寂しがりや。だから、一人でいられない。それでついつい飲みに出てしまう」ということを受け入れて行くと、「飲み過ぎてない?」とチェックしてくれる友人が出て来るし、店のマスターがそれを見てくれるようになります。

「一人だとなぜか眠れないんだよね」ということを受け入れると、奥さんがあれこれと工夫をしてくれたり、アイデアをもたらしてくれます。

不完全さを受け入れることは、誰かに自分を助けさせることであり、誰かに役に立たせてあげることであり、それってすなわち、愛させてあげることですよね。

愛されたい皆さん、不完全さ、がそのカギかもしれませんよ。

完全無敵な武士を目指す自立系武闘派女子の皆さんは悶絶すると思いますけれど。

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