娘を素直に愛せない母親に育てられたらどう心を癒せばいいのでしょう?(1/2)


まずは怒りや不満を認め、許し、表現し、自分がお母さんのためにしてきたことを承認し、理解して、自分の心の中にある愛に気付く。
それだけで一気に癒しは進むのです。

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ブログを読んでいます。
先日、娘を素直に愛せないママ、のテーマでブログを書いておられました。

私は、娘を素直に愛せない母親に育てられました。
母はどうも、自分が手に出来なかった良いもの・良いことを私には手に入れてもらいたくなかったらしく、私が願いを叶えそうになる・叶えると、必ず足を引っ張ったり嫌味を言いました。天邪鬼な感じです。

私は、母の素直じゃない・嫉妬深いところが嫌でした。
娘を素直に愛せないママを持った娘はどうしたら心を癒していけるのか知りたいです。

母とは逆サイドにいる者へのブログを待っています。
(Rさん)
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実はカウンセリングをしているとRさんのような事例に数多く出会います。
すごく嫉妬されてるのが分かるでしょう?
あるクライアントさん。ちょっとオシャレをするだけで「ま、色気づいちゃって。そんな服でごまかしたって、あんたは器量が悪いんだからどうしようもないのにね」と言われ続けたそうです。
また、「早く結婚しなさいよ」って言う癖に、彼氏ができると猛反対して「私を捨てるんでしょ?酷い娘」と言われる方もいますね。

子どもを愛せない母親に育てられる、というのは精神的にとても大きなダメージを残します。
自己肯定感が低く、自分を愛せない、自分の価値が分からない、Rさんもそんな気持ちを抱えていらっしゃるのでしょうか。

「母の母役をやってきた」なんて表現することもありますね。
お母さんの精神的なお母さん役として、お母さんをずっと助けて来られた方とかね。

そうなるとお母さんの愛が分からず、ずっと心のどこかでそれを求め続けることになりやすいんですね。それをパートナーに求める方もいらっしゃいます。
あるいは、もう誰かに愛されることは諦めてずっと1人で生きることを選択する方もいます。
また、大人になってもお母さんの束縛から離れられずに(癒着しますので離れることはなかなか難解になってしまいます)ずっと捉われている方もいるでしょう。
さて、そういうお母さんを持った娘はどうしたら心を癒していけるのか・・・。
それをブログで語るのは難しいところがあります。
お母さんに対して怒りや不満、攻撃的な思い、否定的な思いを持っている分だけ、何を書いても反発心を覚えてしまうからです。

まずはその怒りを認めてあげることが大事なんですね。
「くそばばぁ!!てめぇのせいで、あたしの人生、台無しじゃねーか!!」と叫ぶことが大事なんですね。(←これは本当のことです。だから思春期(反抗期)はすごく重要なんです)

Rさんはその怒りちゃんと表現できていますか?
怒りをちゃんと表現し、認めてあげるとそれほど怒りや不満に囚われなくなりますよね。

「ま、そうは言ってもお母さんにも色々あったんだろうし。けど、むかつくけどな」みたいな感じで受け入れることができます。

実際、そういうお母さんには大きく二種類あって、子ども時代相当に苦労した人(10人きょうだいの長女で、自分のことは犠牲にして、すべて弟、妹のために尽くしてきた、とか、親から虐待されて育ち、自己肯定感がほとんどないタイプとか。)と、逆に子ども時代からずっと甘やかされて育って来た人(お金持ちの家に育ち、何も知らない、できないお姫様として育ったので、社会生活に大きな不安を持っている)。
怒りや不満、痛みをきちんと解放していくと、そんな風にお母さんの気持ちが少し理解し、受け入れられるようになります。

それが許しへの第一歩です。(癒し=許しですから)

それと同時に、自分が望んでお母さんを助けてきたことに気付くでしょう。
Rさん、それだけひどいことを言われてたり、されたりしながらも、お母さんのことを見捨てずに側にいて、助けてきたんじゃないでしょうか。

そういうお母さんを持った場合、思春期頃にはさっさと自立して、親元を離れる勢いで、関係を断絶していく人もいます。
それはそれで心に罪悪感を持つのですが、現実的にはお母さんから干渉を受けなくなります。

お母さんをそうして拒絶してこなかった理由は、そんなお母さんをずっと「愛する側」にいたからだと思うのですね。

だから、Rさんの本当の不満の一つは愛してくれなかったことではなくて、「私がこんなに愛したのに何であんたは分かってくれないんだ」という思いなのかもしれません。
助けたいと思って一生懸命話を聞き、励まし、同意し、相談に乗り、褒め、感謝してきたのに、何であなたは幸せにならないんだ、という無力感、罪悪感。
そうした側面もあるような気がします。

だから、そういう方にはこんな話をします。
「あなたは十分役に立ったんですよ。やるべきことをきちんとやってきて、そして、ちゃんとそれは伝わっているんですよ」と。

そして、「お役御免」と意識することによって、このお母さんとの癒着を切って行きます。
やるべきことはやったんだから、もう手放してもいいですよ、と。
そうして、自分がしてきたことを承認してあげられると、ますます許しのプロセスは加速します。

「確かにあの人はほんとうに不器用な人だよな。全然素直じゃないし、あんな生き方していても苦しいだけだと思うんだけどな。」

なんて、達観できるようになるんですね。

怒りがあるうち、不満があるうち、まだまだ子どもの心境で愛を求めている段階では、この境地には至れません。

この辺になってくると、あるお話ができるようになります。

「なぜ、このお母さんを選んだのか?」

そう、私たちは皆、お母さんを選んで生まれて来るんですね。
(詳しくは「かみさまとのやくそく」というドキュメンタリー映画や産婦人科医の池川明先生の著作などをお勧めします)

Rさんも、そんなお母さんだと分かっていながら、選んで生まれてきたのです。

なかなか感情的には認められない話だと思います。
けれど、癒しを求めるのならば、一度、考えてみてください。

もし、あの母を自らの意志で選んだとしたのなら、なぜだろう?
もし天国があって、そこからあのお母さんを見ていたとしたら、私はどんな気持ちだったのだろう
癒しとは愛に気付くこと、です。

お母さんの愛ではありません。実はそれはどうでもいいことです。
Rさんの中にある愛に気付くことができれば癒しが起こるのです。

もし、Rさんが自分の意志であのお母さんを選んだとするならば・・・
あまり愛されることもなく、むしろ嫌味や酷いことを言われることを分かっていながらあの母を選んだとするならば・・・なぜでしょう?

それくらい助けたかったのでしょうか?
それくらい愛を贈りたかったのでしょうか?
それくらい自らの愛に自信があったのでしょうか?

おそらくどれも正解だと思います。

長くなりました。
続きは明日に。


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