美醜問題について(1/2)~「見える」から「見てる」へ~



私たちは見たいように見て、聞きたいように聞きます。
だから「美しくない」という風に見れば、どんなにきれいな花もきれいには見えません。
まずはそのことに気付き、一つ、意識を変えます。

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こんにちは。いつも根本さんの文章や講座を楽しみにしています。ありがとうございます。
以前から思っていることがあるので、できましたら助けていただければ幸いです。

何をやっても外見が素敵に見えません。
いつも鏡を見てがっかりです。
友達と集合写真を撮っても、みんなそれなりに素敵に写っているのに、私はオシャレにもなれず、顔も受け入れられません。
若いうちの写真が一枚も無くて残念だなと思いますが、自分が写っている写真を見ると落ち込みます。
SNSのアイコンなども、みんなどうして自分の顔にできるのでしょう?
そしてみんな美人です。

一度プロの方にメイクをしてもらって、自分に似合うメイクを習うという講座等にも行ってみましたが、出来上がった顔を見て「プロにメイクをしてもらっても変わらないのか」と落胆してしまいました。
若い時から洋服にも興味があってオシャレに見えるように工夫してみましたが、何を着てもオシャレに見えず、野暮ったい。
小さい頃からいつも、当時やっていたアニメの魔法少女のように、いつか魔法で全く違った外見になれるんじゃないかと心のどこかで思っていました。

別にアイドルみたいな顔になりたいわけではないのです。
顔の造形がいわゆる美人や可愛くなくても、体型が太っていたりしていても、自分のスタイルがあったり、個性的で洋服も似合っていて素敵に見える人っているじゃないですか?
どうして自分はああなれないのかわかりません。

両親との関係は確かに悪く、大人になるまで可愛がられた記憶はありません。
また、妹は私と全く外見は似ておらず小さい時から親からも周りからも「可愛い可愛い」(※見た目が)と育てられてきました。
ただ現在は両親や妹と少し離れたこともあるし、私も大人になったし、根本さんをはじめいろいろな本や意見を読んで両親のことも受け入れられるようになり、妹とも仲が良く、関係は悪くありません。

自分の性格や仕事も今までは全く自信がなく自己嫌悪しか無かったのですが、今は自分にできることを見るようになったせいか自信がついて、自分ができない部分はできないって正直に言って、他の人にお任せしよう♪と楽天的になりました。
いろいろあるけれど、好きな事をやっているので仕事もまぁ順調です。

ただ、自分の外見についてはどうしても受け入れられません。
美容院に行ってはがっかりし、洋服屋さんに行っては途方に暮れ、他のオシャレな女の子達ともあまり一緒にいたくありません。
美に関するブログ等を読んでも、「外見は内面が出るので内面を磨く…」などと書かれているのを見ると、結局内面が悪いから?まだ内面を磨くの?と余計落ち込みます。
自分に自信があっても、自分の外見の美醜とは別の話です。
本当に、外見のことさえなければ、そんなに悩みは無いのに…。

美醜意識?については今までのネタで無かったように思うので、ぜひアドバイスをいただければと思います。
(Yさん)
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貴重なテーマをシェアして下さってありがとうございます。
たしかに美醜の問題ってあまり扱ったことなかったですね。
そして、「美醜意識」とありますから、これはがっつり心の領域です。

昔、実はとても美人な方がカウンセリングに来られたんです。
彼女の相談は「私、きれいじゃないんです。きれいじゃないからいい恋愛ができないんです」だったんですが、私はその言葉の意味が全然分かりませんでした。
「鏡見たことあります?」って聞いてしまいましたから。

彼女はお姉さんがいて、「○○ちゃんのお姉ちゃんってすごく美人だよね」って周りから言われて育ったんですね。
私もお会いしたことあるんですが、ほんとうにめちゃくちゃ美人さんでした。
「○○ちゃんのお姉ちゃんはきれい」と言われてたから、彼女は「私はそんなにきれいじゃないんだ」って思い込むようになったんです。
Yさんも似た経験されてますよね。

「きれいって言われません?」って彼女に聞いたら、即座にこう答えてくれました。
「言われますけど、それって気を使って言ってくれてるんだと思います」
つまりは否定しちゃうんですね。

彼女は「自分はきれいじゃない」という思い込みをずっと持っていたので、人生はそんな風に展開していくんです。
自分を大切にしてくれなかったり、裏切ってばかりの彼氏と恋を繰り返してました。
「醜い私にはそのくらいのオトコしか興味を持ってくれない」って。

彼女の話を聞きながら「人生ってほんま思い込みで出来てるんやな」と思ったことを今でも覚えています。

実際にきれいかきれいじゃないかは問題ないんですね。
「きれいじゃない」と思い込んでると、そのように人生が移り変わって行くんです。

美醜の感覚ってまさに個人個人違いますので、Yさんが「美しくない」と思えば、まさにそれが真実になってしまうんですよね。
そして、そういう目線で見ればまさに「美しくない、やぼったい自分」が鏡に映っているんです。

まず、意識を一つ変えてしまいましょう。
「見える」のではなく「見てる」と。

海外旅行したとき、こんな経験をした人の話聞いてことありません?
「あの国はスリや置き引きが多いから貴重品は身に着けておいて、手荷物は決して体から離さないこと!」って強く意識したら、現地の人がみんな泥棒に見えてきた、という話。

例えば、職場でこんなことありませんか。
「あの人、実は会社のお金、横領してるんだって。」という噂が広がった時、その人を見るとそれまでは誠実な人だと思っていたのに、何か陰で悪いことをしていそうな人に見えてくる、という話。

「そういう風に見るとどうしてもそう言う風に見えてくる」わけです。

美しくない、やぼったい、という目で見れば、どんなプロにメイクをしてもらっても、ファッションを選んでもらっても、そういう風にしか見えないんです。

だから、まずは自分自身がそういう風に「見てる」と意識することが最初の変革なんです。

「見てる」というのは「主体的な態度」ですから、それを変えていくことはしやすくなります。
でも、「見える」というある種の受け身的な態度でいると、それを変えることは難しいのです。

まずは主体的にこの問題と向き合っていきましょう。
続きは明日、想定される様々なケースを紹介していきたいと思います。

「美醜問題について(2/2)~それが問題であり続ける理由~」へ。

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