美醜問題について(2/2)~それが問題であり続ける理由~


幸せになっていけない、とか、完璧な私は人から愛されない、とか、私の気持ちは分かってもらえない、とか、傷ついたインナーチャイルドとか、様々な観点から美醜問題を分析してみたいと思います。

昨日の「美醜問題について(1/2)~「見える」から「見てる」へ~」の続きです。

さて、そういう風に「見てる」と意識できたとして、じゃあ、それを本当に変えちゃっていいの?って私は聞くんです。
何日か前のブログにも書いたと思いますが。

美醜意識というのは実際Yさんがきれいだとかそうじゃないとかは実はあまり関係ありません。
100人が可愛いって言ってくれても、Yさんが「違う」と思えば、「違う」が自分にとっての真実になります。

美醜意識をこれほどまで強く持つには何か特別な理由があるんじゃないかと思うんです。
自分が美しくないと思っていることで得られていること。
そう思うことでしなくてもいいこと。

ある人がこんな話をしてくれました。
「なかなか彼ができないんです。でも、それは太ってるからだと思います。痩せたら私はかわいいのできっと彼ができると思います。」
だから、彼女は年中ダイエットに励んでいるんです。
つまり、痩せないんですね。
その心理にはこんな怖れが隠れていました。
「もし痩せたのに彼ができなかったらどうしよう・・・」
この怖れが隠れているので、彼女は痩せないことで彼氏ができない理由を残しておきたいんです。
もちろん、これは潜在意識の思いです。

Yさんにとって、美醜意識を強く持ち続ける目的、理由って何でしょうね?
そこをまずは考えてみたいところです。

私たちは何らかの問題を必要とします。
それは「幸せになるのが怖い」からであり、「幸せになってはいけない」という思い込みを潜在意識に持っているからです。

そうすると、もし、Yさんの潜在意識に「私は幸せになっていけない」という思いが入っているとすると、「美醜問題」が解決したら、また別の問題がやってきます。
経済状況なのか、仕事なのか、人間関係なのか、恋愛なのかは分かりませんが。

そうして問題を作り続けることで「幸せになってはいけない」という思いを現実化し続けるんですね。

だから、Yさんにはぜひ唱えて頂きたいアファメーションがあるんです。
「今のままの私で幸せになっていい」って。

それに慣れてきたら、次の言葉に変えてみてください。
「今の私も十分幸せだ」

さて、親子関係についても書いてくださったので触れないわけには行きませんね!

>両親との関係は確かに悪く、大人になるまで可愛がられた記憶はありません。

これってけっこう「私は愛されるわけがない」として潜在意識に刷り込まれてるんじゃないかと思うんですよね。

愛されるわけがない、には理由が必要です。
そこで「可愛くないからだ」という理由が出てきたのかもしれません。
妹さんとの比較によって。

大人になったYさんは親との関係を良好にしてきたとしても、心の中にいる子どもの私は未だに愛されなくて寂しがっているのかもしれませんね。

だから、そこにちょっと意識を向けてあげて、子ども時代の自分を大人になったYさんが愛してあげるって方法はいかがでしょうか?

子ども時代の写真、ありませんか?
見たくもないかもしれませんが、もしあったらその写真を目の前に置いて、ちょっと意識をその時代に飛ばしてみましょう。
タイムマシーンに乗ってその頃の自分に会いに行くようなイメージをしてみます。

さて、どんな風に目の前にいる幼い自分を愛してあげますか?
どんな言葉をかけてあげますか?
何を伝えてあげますか?
どんな風に抱きしめてあげますか?

辛かったね、寂しかったよね、よく我慢したね、偉いねっていっぱい労ってあげてください。
そうしてその子が笑顔になりますように。

さて、まだまだ分析は続きます!(笑)

Yさん周りの人にこの問題を相談したことって何度かあると思うんです。
その時、きっと周りの人は「そんなことないよ。Yちゃんだって可愛いよ」みたいな反応があったと思うんです。
でも、その時Yさんはこう思いませんでした?
「違う、そんなのは嘘だ。」そして「誰も私の気持ちなんて分かってくれない」

この「私の気持ちは分かってもらえない」という思いは美醜問題よりもずっと昔からあったものではないでしょうか?
子ども時代から親に愛されずに育って来たとすると「私の気持ちは分かってもらえない」って思いが生まれます。

その時、美醜問題を使うと、その思いをずっと持ち続けることが可能になると思いませんか?

つまり「周りの人に分かってもらえない(理解されない)という痛みを持ち続けるために、美醜問題を必要としている」って解釈も可能なんです。

私たちの心には「完璧さへの怖れ」というものがあるんです。
これはなかなか受け入れがたいんですけど、どこかに「欠点」を敢えて作っておくことで人と分離しないようにする心理です。

例えば、友人としてお付き合いするにしても、非の打ちどころのまったくない完璧な人とはちょっと緊張しちゃうの分かります?
なんか自分の欠点が強調されてしまうようで、コンプレックスを感じるようで。

非の打ちどころが全くなさそうに見えて実は方向音痴だった、みたいな欠点は人を安心させます。

それで「本当に美醜意識を手放しちゃってもいいの?」って話になるんですけど、Yさんここまで相当一生懸命自分を変えて来られましたよね。

>自分の性格や仕事も今までは全く自信がなく自己嫌悪しか無かったのですが、今は自分にできることを見るようになったせいか自信がついて、自分ができない部分はできないって正直に言って、他の人にお任せしよう♪と楽天的になりました。

これってすごいことだと思うんです。

そんなすごいことを成し遂げた人が美醜意識を解決できないとしたら、これは明らかに「それを問題として敢えて置いてる」んじゃないかな?と思っちゃうわけです。

逆に、美醜意識という問題があったから、相対的に他の問題が扱いやすくなったのかも、という言い方もできます。
つまり、意外と美醜意識くんって役に立ってるんです(笑)

そこで、改めてこの「自信」の方に目を向けてみませんか。
「あたし、ほんとうによくやって来たよなあ」って自分をいっぱい褒めて、承認してあげてもらえませんか?

「そんな私ならきっと美醜意識も変えられる!」と思えるようになるまで、その「自信」を育ててあげましょう。

「自分すごい!」って思えることを毎日見付けてください。
昔の自分と今の自分を比べて、「ほんまによう頑張ってる!」って自分を褒めてあげてください。
「前はこれができなかった、けど、今はこれができる」というものを見付けて、いっぱい自分を認めてあげてください。

こうして、意識をどんどん高めていきましょう。

さて、だいぶ長くなりましたが最後にちょっとこんな意識で自分を見てあげてください。

Yさん自身を今、Yさんが見てると思って下さい。
Yさんの顔や体に意識を向けてあげてください。

どれくらいこの顔に、この体に、ナイフを突き立てて来たと思いますか?
どれくらい自分で自分を傷つけて来たと思いますか?

目の前のYさん。全身傷だらけです。でも、必死に立っています。

「お前は醜い」
「お前はやぼったい」
「お前はきれいじゃない」
「お前は可愛くない」
そんな言葉のナイフでいっぱい自分を傷つけてボロボロになってるんです。

そして、目の前のYさんはこう言ってると思って下さい。
「醜くてごめんなさい。可愛くなくてごめんなさい。野暮でごめんなさい。」

さて、Yさん、彼女にどんな言葉をかけてあげたいでしょうか?

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