大切な人の死をどう受け止めたらいいのか?


カウンセリングやセミナーで大切な人の死について伺う機会も多くあります。
何が事実か?ではなく、何が真実か?を見ていくので、様々な見方ができます。
その中で私が辿りついたのは「すべての死は寿命である」という見方です。
皆さんはいかがでしょうか。

今日はちょっと重たい話題をお届けしようかと思ってます。
重たいテーマなので前置きが長くなります(笑)

カウンセラーとしてセミナーやカウンセリングで大切な人の死についてお話を伺うことは珍しいことではありません。
病死、事故死、災害、そして、自死(自殺)等々。
ほんとうにいろんなお話を伺って来たと思います。
だから、クライアントさんの中には「こんな重たい話ですいません」って仰る方も多いのですが、私にとっては全然重たくありません。
それはそういう話に慣れてるから、ではなく、死については自分なりに熟考を重ねて来たからです。
私自身、20代はほんとに辛かったし、親友を自殺で亡くしたり、父を亡くしたりしてるので、死についてはどうしても考えざるを得ないテーマでした。

そんなテーマなので、ちょっと寄り道(言い訳?)をしてから本題に入りたいと思います。
それはカウンセリングの前提ということについて。

そもそもカウンセリングというのは、少なくても私にとってはクライアントさんの心を軽くするような考え方やモノの見方を提供する場だと思っています。
だから、一つの事象に関して一つの見方をすることはまずありません。
つまり、同じ事象においても、その人の状態とか価値観によって全然違うことを伝える場合だってあるんです。

例えば、「失恋」というできごとについても、まだまだ傷が大きいな、と思ったら「まだ好きでいましょうよ」って伝えるし、その人がけっこう自立系武闘派女子だったら「男らしくもう一回チャレンジしなきゃ」って背中を押しますし、執着が長引いて苦しそうな場合には「たぶん、よりを戻してもうまく行かないですよ」て絶望的な話をするし、こんがらがって自分を見失ってる場合には「とりあえず遊んだら?それで、さっさと次に行きましょうよ。」なんて言います。

それがセミナーやカウンセリングの現場ならいいですけど、過去記事も検索できてしまう私のブログでは「あの記事では○○って言ってるのに、こっちの記事では××って言ってるし、本の中では△△って言ってるよね。矛盾してない?統一性がないんじゃない?」なんて感じてらっしゃる方もいると思います。

心理学=ああ言えばこう言う学、の面目躍如と言うところでしょう!

だから、「死」についても同じで、その方の状態によって当然伝える言葉が変わります。
それゆえ、今日のお話もすべての人に該当するわけではなく、その方の状況によっては「読まないで欲しいな」って思っています。

けど、最近、ワークショップでも、カウンセリングでも大切な人の死についてお伺いする機会が増えて来たので、そろそろ書けってことかな、なんて思いました。
それに今気付いたんですけど、この原稿を書いている鳥取県で私の親友は命を絶ちました。それなら今がベストなタイミングなんでしょう。

さて、私の死についての基本的解釈は「どんな死であったとしても、それは寿命である」ということ。さらに言えば、自死以外の死もすべて本人の選択である、ということ。

心理学やスピ系、宗教、哲学など、本を読んだり、セミナーに出たり、話をしたりしながら今の私が一番腑に落ちてる見方です。
繰り返しますが、私はカウンセラーですので、これが唯一の真実です!なんていうつもりはありません。一つの見方、私の個人的な見方に過ぎないことは覚え起きください。

さらに私の死に関するカウンセリングの基本姿勢は、亡くなった方にフォーカスするのではなく、その方の死が目の前のクライアントさんにどんな影響を与えたのか?にフォーカスしていきます。これは死に限らず、どんな問題でも同じですけどね。

死というのはどんな形を取ろうとも現実ですから、残された私たちはそれを受け入れることしかできません。
大切な人の死であればあるほど、それを受け入れることに抵抗を感じます。
ショックで何も考えられない状態、そんなはずはないと否定する状態、何で死んだんだと怒りが出てくる状態、どうしていいのか分からず抑うつ的な状態、ただただ悲しくて寂しくて辛い状態、何も感じられないボーっとした状態など様々です。
だから、私としてはそその方の状況に応じて、その方の心の負担をできるだけ軽くするために、その死を速やかに受け入れられるような考え方を提供したいと思っています。

そもそも20代の半ばに数時間前に電話でしゃべってた親友が自ら死を選んだ時、どうそれを受け止めていいのか分からずに懊悩しました。
なぜ?どうして?どうしたら?ってずーっと考えて来ました。ちょうど心理学を学び始めた時期でもあったので本を読んだり、お師匠さんの1人(これがまたマニアと言えるくらい未遂を繰り返した人でもありました)に話を聞いたりして、なんとか受け入れようとしてきました。

その際に、私の中にあったのは、大好きな彼が選んだことだから、それを尊重したい、という思いでした。
自死がいいとか悪いとかではなく、彼が選んだことだから、それが正しいことなんだ、と思いたかったわけです。
つまり、奴を否定したくなかったんですね。

自死を選んだ人の周りにいる人は全員自分を責めますよね。
あの時自分が電話を切らなければ・・・、今すぐ行くよって言えば・・・(それが遠く離れたところにいたとしても)止められたんじゃないか?なんで自分は彼のサインを受け取れなかったんだろう?って。

愛情があるからその罪悪感が生まれます。
亡くなった人を愛していればいるほど、自分を責めたくなります。いや、自分を責めるほかなくなります。
だから、大切な人を亡くして自分を責めてる方は、その人を心から愛してきた人です。
そのこともぜひ伝えたいことの一つです。

心理学は潜在意識について扱います。
「頭で分かっているけど、実際はできないこと」っていっぱいありますよね。
潜在意識の力は強大で、私たちが全身全霊で「右に行け!」と意識したとしても、潜在意識が「左に行くべ」と思ったら、体は左に動いていきます。

だから、死もまた潜在意識の選択と考えられます。
潜在意識が同意しなければ自ら死に至ることはできません。実行しても未遂に終わります。

ある人が「死のうと思ってロープを買いにホームセンターを何軒もハシゴしたのに、なぜかどの店にもあるはずのロープが一本も売ってなかった」っておっしゃってました。
潜在意識は「生きる」を選択したので、市内すべてのホームセンターからロープを“消した”と私は解釈しました。
また、ある人は「死のうと思ってある場所に行ったら、絶対ふだんはそんなところにいない人がいて、実行できなかった」って言ってました。潜在意識がその人を呼んだのでしょう。

逆にこんな話もありました。
「あの人はなぜあんなところで亡くなったんだろう?行くはずのない場所で、どうして?わざわざ事故に遭いにいったの?」
そうかもしれません。潜在意識がその場に足を向かわせたのでしょう。

そして、ある見方で私たちは生まれて来る前に「寿命」を決めてくる、と言います。
これもまた私の腑に落ちている見方の一つです。
生まれて来る前に、どこでどんな風に亡くなるのかを決めてきます。
病気になる、事故に遭う、老衰で亡くなる、自ら命を絶つ・・・すべて「計画通り」というわけです。
それは今生きている私たちも同じです。
「運命論じゃねーか」と思われるかもしれません。
ある意味、運命論です。でも、その選択を私たちは覚えていない(忘れている、覚えていたらこの生が面白くないから意図的に消している)ので、決まってるけど決まっていない、とも言えます。

ややこしいでしょ?

さらにややこしい話をすれば、私たちは生まれてもいないんだから死ぬこともない、なんて見方もあります。
肉体は消耗品だからなくなるとしても魂は永遠、という見方もあります。

は?何を根拠に?

残念ながら論理的な根拠はありません。
ただ、カウンセリング(心理学)のいいところは、そうした考え方が腑に落ちてスーッと楽になるんだったら、それが自分にとっての「真実になる」ということです。

私はこれらの見方で楽になったし、腑に落ちたし、そういう風に見たら色々と説明できることが増えるし、そもそもこういう見方が好きだし、面白いし、納得もできたので、この見方を支持しています。

だから、この見方を押し付けることはカウンセリングでもしません。
「こういう見方があって、私はこれを信じてるんですよね」って紹介します。

そして、必ずこう伝えるんです。
「ぜひ、一度、その方の死について自分なりにあれこれ調べて考えて腑に落ちる答えを見つけてください。ほんとうに様々な見方が世の中に存在していますから、自分なりの考えを時間をかけて見付けていきましょう。大切な方の死なんですから、すぐに理解できなくて当然です。でも、いつか必ず自分が納得できる答えが見つかりますから、諦めずに考えていきましょう。」

死を作るのは残された私たち、という見方もあります。
その人を死んだことにして切り離して思い出さないようにするのは残された側の選択である、と。
肉体的には繋がれないけれど、その人の息吹、存在、声、笑顔はちゃんと自分の心の中にありますね。
会えなくて生の声を聞けなくて辛くて寂しいけれど、その存在を心の中で生かしてあげることはできますよね。

その親友もまだ私の中で生きています。プレイボーイだった奴のせいで私はずいぶんと女好きになってしまったし、自由人だった奴のせいで安定したサラリーマンの職を捨ててフリーで仕事をするようになってしまったわけですから。だから、何かトラブルが起きたらあいつのせいにすることで自分の中で生かしているんです(笑)

さて、あなたの腑に落ちる死の見方はどんな見方でしょうか。

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