時間と距離、そして「ぬるい湯」の違和感について~温泉津温泉・元湯~


海辺の宿から出雲大社まではすぐ近くだと勘違いしているのだが、実は15km以上、車で20分はかかるのである。とはいえ、大阪に住む身からすれば15kmの距離を20分で行く感覚は持ち得ておらず、それは不思議で少し気持ちが悪い感じがするのである。
その出雲大社の近くから出発してとある温泉を目指してるとき、信頼していいのか微妙な立場にあるレンタカーのナビはあと39kmほどを示していた。車は海岸線を走っており、初夏の日差しを受ける午後の海はきらきらと輝いて美しい。車中は皆、都会から来た人たちばかりでその海岸線の美しさに始まり、緑の多さ、さらには信号機の少なさにひたすら感銘の声を挙げている。
40km弱の距離を、だいたい1時間程度だろうか?40分で着くのだろうか?不思議な感覚で到着時間を計算するのだが、イマイチ読めない。もちろん、ナビには到着予定時間が表示されているのだが、これまでの実績より彼の示す時間はまったく当てにならないことは証明済みである。
その若干、気持ちの悪い時間感覚のまま車は大田市内に入る。すると、形がとても変わっているトンネルに次々と出くわし、いくつ越えたか分からないくらいの○○隧道を通り抜けた先に突如その温泉街は現れた。(隧道は「ずいどう」と読み、トンネルなどを意味する言葉らしい)

よくある温泉街のように「ようこそ!温泉津温泉へ」的なウェルカムボードが掲げられており、その先に道の両脇を2階建ての建物がずらっと並んでいる。ところが明らかに信用を落としているナビはその街道の手前で「右折せよ」と命じてくる。そこで素直に右折してみればどう見ても山に向かう道が目の前に現れた。私は郵便局の前で車を停めて隆盛に「ほんとに合ってる??」って確認する。そのナビよりもかなり信頼度が高いGoogle Mapが起動され、「合ってるらしいよ」と彼は答えた。
車はこのまま山に入っていくのでは?と訝しむ我々を乗せたまま、すれ違うことすら不可能な狭い道に入っていく。道端の草や木が道にはみ出しており、この先に曲がりなりにも名湯に数えられる温泉があるようには思えない。

しかし、ナビは時間の計算はできないが我々を目的地に案内する能力はきちんと持っているらしい。その細い道を進んだ先に突如、温泉宿街が現れた。時間が止まってしまっているとしか思えない古い街並みである。
これを「鄙びた」と形容するのは容易なことであるが、その言葉ですら浮いてしまいそうな風情を醸し出している。なんせ、ここで最も有名な薬師湯の目の前にある旅館ですら倒産したらしいのである。

昨年、奈良の山奥にある洞川温泉を家族で尋ねた時のことを思い出した。洞川も狭い街道にずらっと2階建ての宿が並んでいた。しかし、その街は現役感がありありで、それぞれの宿には煌々とあかりが灯り、活気が伝わってきた。
ところがこの温泉街は洞川と似て非なり、まるでタイムトリップしたかのような「時代」を感じるのである。そもそも大通りから1kmほど山道のような道を進んで突如、新たな街が現れるのだからどこかの時空に紛れ込んだように感じるのも無理はない。

女性陣はその街では異彩を放つレトロで華やかな薬師湯に吸い込まれていった。残された我々は2湯目として薬師湯を確保して置き、隆盛の調査によって最も我々好みと思われる元湯の方に足を向けた。

いかにも街中の古い銭湯と言った風情である。湯賃はわずか370円。番台に座るおばあちゃんに「一緒に写真撮っていい?」って聞いたら、愛想のよい笑顔で「いいわ。恥ずかしいもん。そんなん」と断られた。
脱衣所に入れば、明らかに昭和である。もちろん木製のロッカーであり、その脇には常連客がシャンプーや風呂おけをキープしておく棚があり、なんとぶら下がり健康器まで丁寧に置いてあった。

さて、期待に胸を膨らませて扉を開けて浴室に入る。
明らかに常連と見られるおじさまが2名、湯船に入らずに床に座ってぼーっとしている。
この光景には既視感があった。

東北の鳴子温泉に連れて行ってもらったとき、やはりこのような狭い浴室に滾々と湯が注がれる景色を確かに見ていた。そこでは常連のおじいさまが湯船から上がってダラーッと体を投げ出していた。ふつうの温泉では常連様は長湯をされるのでひたすら湯船に身を沈められていることが多い。
湯船に体を入れっぱなしにせずに、床に座ってだらーっとされているのは、それくらい湯が熱いからである。

恐る恐る風呂桶を手にして真ん中の一番大きい湯舟から湯を掬い、足に掛ける。
「うぉっ」
思わず声が出た。
ものすごく熱い。いや、熱いなんてレベルではない。

改めて壁に書いてある文字を確認した。
元湯の湯舟は3つのエリアに区分されている。
左から「半身浴」「ぬるい湯」「熱い湯」である。

温冷交互入浴を趣味とする私にとって「ぬるい湯」と「熱い湯」が隣り合っている風呂は絶景である。

さて、私がかかり湯をした湯船の壁には確かに「ぬるい湯」と書かれている。
おいおい、温泉津温泉はこういうボケをかましてくれるのか。
おそらく、ここを訪れたすべての客が「どこがぬるい湯やねん!」ともれなくツッコミを入れているはずである。

常連のおじさまが「ここは熱いから全身に20回くらい掛け湯をしてから入るといいよ」と優しく教えてくれる。きっとこのおじさまは毎日のようにこの湯に通い、毎日のように初めての訪問者に手ほどきをしてくれているのだろう。

とはいえ、「ぬるい湯」と書かれた浴槽から掬ったお湯もめちゃくちゃ熱いのである。
ふと温度計を見てみると45度と表示されている。

再び「どこがぬるい湯やねん!」とツッコミを入れそうになったが、隣の「熱い湯」の温度にふと目をやるとその温度計はなんと48度を示していた。

ま、確かに48度の熱い湯に比べれば45度はぬるいよねって、おい!そんなわけないやろ!!

山陰の古湯はノリツッコミの機会まで提供してくれているらしい。

ともかく隆盛と20回くらい熱い湯を浴び、恐る恐る「ぬるい湯」に身を沈める。
すると再び既視感が襲ってくる。

東京の定宿近くにある銭湯「熱海湯」である。東京の昔の銭湯はどこも熱かったらしいが、最近はすっかりぬるくなってしまい昔から通っている常連さんにはちと物足りないそうだ。しかし、その銭湯はその名に恥じない熱いお湯を今も提供しており、行くたびに「う”ぅぅぅ」と低い声を出しながら身を沈めているのである。

元湯の「ぬるい湯」はその熱海湯よりもは確実に熱い。
もう熱さを通り越して痛いのである。

溜まらず湯から上がると、もう一人のおじさまが「そうやって何度も出入りするうちに慣れてくるよ。2回目は今よりずっと入れるから」と優しく諭してくれる。
山陰の男は優しく、温かいことをここでも体験した。

そして、しばし床の上で体を冷やす。
窓から入ってくる5月の風はここでもいい仕事をしてくれた。
とても気持ちがいいのである。

そうしてしばらく体を休めたのち、再び「ぬるい湯」に身を入れる。
すると今度はさっきよりもずっと体に馴染み、そして、痛いが気持ちいいに変わっていくのが実感できる。

つくづくM気質なのであろう。
「おぉー、気持ちいいっすねー。」とおじさんたちに話しかけながら再び床に座る。

2回、それも長くても1分程度入浴しただけなのに猛烈に汗が噴き出て来た。そして、なんだ、この、抜け感は!

サウナ愛好家である私は、セミナーの後などにサウナと水風呂を往復することによって心身ともにリフレッシュさせる技を得意としている。
要するに典型的なオヤジなのである。

その日の体調にもよるが、だいたいサウナ→水風呂を3回くらい繰り返すと、緊張やら毒素やら何かよく分からないものがすーっと抜けていき、とても気持ちの良い、スカッとして、だらーっとした気分がやってくるのである。

これを私は「抜けた」と形容し、時に「完成した」と表現している。

その抜けた感覚がわずか2回の入浴で得られたのである。
信じられなかった。

しかし、今すぐに畳の上に体を横たえて、この5月の風を浴びながらひと眠りしたくなった。
さぞ、心地よいだろう。

しかし、「ぬるい湯」で満足してはいけないのである。
「熱い湯」。

見て見ぬふりをしたいところであるが、やはり難しい。
次はいつ来れるか分からぬ、山陰の秘湯である。

そして、隆盛は早速、熱い湯の湯を浴びて体を慣らしている。

とりあえず私は「ぬるい湯」に体を慣れさせ、その勢いで「熱い湯」に身を投じる作戦を立てた。

3度目、4度目と入るうちにすっかり体が馴染んで来てひたすら気持ちがよくなった。
そして、いよいよ、その勢いをかって熱い湯に突入である。

足を着ける。
意外に行けるかもしれない。
そこでゆっくり体を沈めようとする。
すると強烈な痛みが襲ってきた!

あちゃちゃちゃちゃっ・・・。

熱いのではなく、痛いのである。
そして、そしてその痛みはしばらく引かず、ジンジンと肌を焦がしている。

これはまさに別物である。

しばらく茫然と天井を見つめるしかなかった。

その間に、相棒の隆盛は果敢にチャレンジするものの、志半ばで「痛い、痛い」と風呂から上がってくる。

ちなみにその間に比較的若い兄さんが新規客として入って来た。
そして、おじさまに「20回くらい掛け湯をしたらいいよ」と言われて何度かチャレンジしていたが、ぬるい湯にも跳ね返されて早々に帰ってしまった。

体を冷やし、休めながらそんな光景を眺めていた。
汗はだらだらと流れ、腕や手には赤いまだら模様が浮かび上がり、その湯の強烈さを物語っている。

しばらく休み、おもむろに熱い湯に身を沈めた。
5秒。

限界が来た!熱いっていうか、痛いっ!!
やっぱりぎゃーぎゃー騒ぎながら湯船から飛び出すとおじさんたちは笑っていた。

とはいえ、5秒できたからミッションは達成したと勝手に決めた。
よくよく見れば「熱い湯」の横には「2分以上入らないこと」と注意書きがある。
つまり、危険な湯であるということだ。

ちなみに隆盛は20秒も浸かってドヤ顔をしていたが、そこは軽くスルーである。

さて、風呂から上がり、ほてった体を冷やしていると芯から緩んでくるのが分かる。
このまま本当に横になりたい。
そう思いながら風呂の注意書きを見ていた。
ここは湯治宿でもあるのだ。

1回目は疲れるので5分以上入らないこと。
風呂から上がったらすぐに散歩したりせずに20分以上は横になって休むこと。
休んだ後は軽く散歩するのがいい。

そんなことが書いてあった。

外に出るととてもけだるく、気持ちがいい。
すっかり抜けて祓われて体が楽になっている。
強烈なインパクトを与えてくれた一方で、ハシゴ湯は危険なので当然やめにした。
そして、その小さな宿街を散策していると、酒も日用品も置いている昔ながらの商店や、散髪屋なのかガラス張りの向こうでおしゃべりしながら髪を切っているご婦人たちと出会った。
歩けばすぐに終わってしまうのだけど、カフェの文字もあちこちで見かける。再生の芽が出始めているのだろうか?

さて、レンタカーの運転席を倒して寝っ転がって考えた。
窓から眺める青い空はとても美しい色をしていて、むろん、風は最高に心地よい。

この手のお湯は癖になることを知っている。
また延々と時間と距離の関係に違和感を感じながら時空を超えてこの温泉に来るのだろう。
そう言えば看板には5月から10月が入浴には適していると書かれていた。
熱いんだから寒い時期の方がいいと思うのだが、そこは素直に従っておくとしよう。

後ほど合流した女性陣の感想によれば薬師湯は元湯ほど熱くなさそうで、しかも、レトロでとてもいい雰囲気だそうだ。
とても興味をそそられたが、その時も薬師湯にするか元湯にするかをさんざん悩んだ挙句、また、あの常連さんたちに会いに行ってしまうに違いない。


ちょうど築100年になる薬師湯の旧館。今はカフェになっている。
100年前は1等客、2等客などとお客さんを等級分けしていたらしい。

店内の様子。歴史を感じるし、とても居心地がよい。かつての女風呂側からカフェとなっている男風呂側を撮影したもの。


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