子どもは親の思い込みをたくさん見せてくれる鏡である。


愛しているからこそ、子どものことを心配したり、考えたりしてしまうものですが、そこにはたくさんの「思い込み」「観念」「ルール」「価値観」が映し出されています。
それをまずは受け入れることも自己肯定感をあげる方法の一つになりますね。

根本さん、こんにちは(^^)
いつもメルマガを読み、『つい「他人軸」になるあなたが7日間で自分らしい生き方を見つける方法』も購読し、すっかり根本ファンになっていることに自分でも驚いている40歳自立系武闘派女子です。
5日目まで本を読み進め、ライフワークストーリーを書いて「ぐふふ」ってにやついていたら、2年別居状態の夫の事も、1年不登校の長男の事も、「ま、いっか」って脇に置いておけるようになってきました。

ですが、14歳が家でゴロゴロしてお金を稼ぐ動きもせずゲームやテレビを観てばかり。自分で中学受験をしたいと言い出して県内最高峰の進学校にいるのに、9月の進路決めにも全く動こうとしない長男がずーっと家にいるのは私の精神も限界に達しそうです。
普段は良いのですが、返さなければ迷惑がかかるユニフォーム返却も出来ない息子をみると、虚しさを覚えます。
学校へ行かなくても何かに一生懸命に向かっていれば良いですが、家にいることでモラルや精神年齢も幼く、5歳下の弟と遊んで本気で楽しいようです。

これって、やっぱり、長男を無条件で受け入れていないのでしょうか?
夫に関しては「出てってラッキー♪」くらいに思えるのに、学校に行かない子供を信頼するのは難しく、将来、自分や周りの人達の責任を取れる大人になるのか、とても不安です。
だいぶ自己肯定感が高まったと感じていましたが、長男を信頼出来ない私は自分を信頼できていない=自分をもっと信頼できれば長男を信頼でき、不登校も気にならなくなるんでしょうか?

ネタにしていただいたら嬉しいです。
(Nさん)

うちにもゴロゴロしている中3女子と小2男子がおりますので、気持ちはよく分かります。
かつ、うちの奥さまは特に共感する話だと思います。

ちなみについ先ほどうちの奥さまは、色々ある子どもたちのことを、

「宇宙人だからしょうがない。生きててくれるだけありがたいと思うことにした!」

と高らかに宣言されておりまして、悟りに域に達せられたようです。

こうした子育てや教育というのは、お子さんのことを愛していらっしゃる分だけ悩ましくなるものですよね。
旦那が出て行ったのはラッキー♪と思えても、子どもについてはなかなか信頼ができないのは、Nさんの愛情ゆえのことだと思います。

そう、大好きなんですよね~♪
子どもはかわいいものですもの。

愛情があるからこそ、将来のことをあれこれと考えてしまうわけですし、このままで大人になって大丈夫なの?と思うのも自然なことではありますが、じゃあ、真面目に勉強して大人になったはずの人たちが、責任が取れる立派な大人になっているかどうかもまた疑問じゃないでしょうか?

学校に行って、勉強をして、進学をして、周りの友達とうまくやることが、果たして、Nさんの望むような大人への道なのか???

そこはとても悩ましいことですよね。

さて、人のふり見て我がふり直せ、じゃないですけれど、愛する子どもに対して感じていることって、自分自身の観念・思い込み・ルール・価値観・考え方などを如実に映し出してると思うんです。

そう、我が子は鏡、なわけです。

せっかくなので文字数を稼ぐためにも揚げ足取りをしてみましょうか。

自分にとっては当たり前だと思っている観念・思い込みに気付くチャンスだと思って読み進めてみてください。
ちなみにこのやり方は、子どもに対してだけでなく、パートナー、親、上司、部下などあらゆる関係でも使えるものです。

>14歳が家でゴロゴロしてお金を稼ぐ動きもせずゲームやテレビを観てばかり。

ここから分かるNさんの観念は

・家でゴロゴロしていることはよくないこと
・お金を稼ぐ動きをするのは良いこと
・ゲームやテレビを観てばかりなのは良くないこと。

というのが分かりますよね?

それがいいとか悪いとかではなく、自分にはそういう価値観があるんだ、そういう観念があるんだ、という目でまずは眺めてみましょう。

これもまた自分をありのままに受け入れる自己肯定感のトレーニングです。

>自分で中学受験をしたいと言い出して県内最高峰の進学校にいるのに、9月の進路決めにも全く動こうとしない長男がずーっと家にいるのは私の精神も限界に達しそうです。

・県内最高峰の学力を誇る進学校にいるのだからちゃんとそれなりの高校・大学に進学する道に進むべき
・進路決めの時期なのだからちゃんと行動すべき

そんな観念がNさんの中にあるのかもしれませんね。

>普段は良いのですが、返さなければ迷惑がかかるユニフォーム返却も出来ない息子をみると、虚しさを覚えます。

・人に迷惑をかけてはいけない
・期日は守らなければならない

そんな観念もあるのかな?当然と思っていることかもしれませんが、「ユニフォームを返却しないと命を取られるわけではないんだから、ま、いいんじゃね?」という考え方をしている人もいますね。

また、人に迷惑をかけても「上手な言い訳を考えて相手を笑わせてしまえばこちらの勝ち!」とか「ごめーん!!って謝れば許されるよね?」という考え方の人もいますよね。

どれが正しいか?という議論ではなく、そういう価値観を自分が持っているんだな、ということに気付き、「じゃあ、それをどうしたいのか?」と改めて見つめ直してみることが自然ではないかな、と思っています。

>学校へ行かなくても何かに一生懸命に向かっていれば良いですが、家にいることでモラルや精神年齢も幼く、5歳下の弟と遊んで本気で楽しいようです。

・学校へは行かなくてはならない
・何かに一生懸命向かっているべきだ
・モラルや精神年齢は年相応であるべきだ
・5歳下の弟と遊んで楽しんでいるようじゃダメだ

そんな思いはありませんか?

>学校に行かない子供を信頼するのは難しく、将来、自分や周りの人達の責任を取れる大人になるのか、とても不安です。

先ほども触れましたが、

・学校にちゃんと行かないと、将来、責任が取れる大人にになれない、

という思い込みはありませんか?

そんな風に子どもに対して自分が感じていることをこうして言語化してみると、自分が当たり前のように持っている観念やルールが存在していることに気付けます。

こういうのって自分が知らず知らずのうちに「正しい」と思ってインストールしているものですから、ふだんはなかなか気づきません。

人が自分のルールにハマらないことをしたときに「葛藤」や「嫌悪感」などが生まれて気付かされるものです。

そこでは「そうか、自分はそんな思いを持っていたんだな」とまずは受け入れることです。
そこでまた正しさの論理を持ち出してしまうと、自己攻撃あるいは他者攻撃になってしまいます。

その上で「じゃあ、その思いは必要なのか?自分はそれを支持するのか?」と検討作業に入るわけです。

そして、「うん。私はそれに同意する」となれば、その価値観を大事にすればいいですし、「いや、違うな」と思えば、その価値観を手放すようにすればいいんです。

とはいえ、人間関係はたとえそれが子どもであったとしても、「価値観を押し付ける」のは相手にとっては苦痛で、お互いの信頼関係を見事に破壊する方法になります。

皆さんも親から価値観を押し付けられて嫌な思いをしたことはありませんか?

そこで、私がよく使う言葉で言えば「自分軸」の登場になるんです。

「私は私、息子は息子」って奴です。

「私は○○って価値観なんだけど、息子の価値観はそうではないんだな」という風に、きちんと線引きをして、相手の価値観を受け入れることに意識を向けます。

これもまた自分の価値観を受け入れていないとできないことですね。

そうして、「私は○○って思うんだけど、あなたは△△って思っているんだよね?」と、相手を尊重したコミュニケーションができるようになるんです。

子どもに対する愛情が強いと、それこそ、期待が出て来たり、コントロールしたくなったりして、自分の思い通りに育てようとしてしまいます。

でも、基本的に子どもは別人格ですし、ママの所有物ではありませんし、ましてや愛玩具でも、ロボットでもありません。

「子どもなんだから何も分からない、知らない」というのも思い込みでして、子どもなりに考えること、感じることはあるので、それを押しつぶしてしまったら、個性のない子どもに仕上がりますね。

あと不登校の子どもを持つ親御さんをカウンセリングしてきて分かるのは、不登校ってある日突然何事もなかったのように終わるようです。

そして、また勉強に関しても、それまでやる気がなかった子がある日突然スイッチが入って猛然と勉強し始めたりもするのです。

子どもの持つパワーを侮ってはいけないなあ、とそういう話を聴くたびにいつも思うんですね。

興味のあることについてはどんなに困難があっても乗り越えるだけの気力を持つものです。

そもそもライフワークを生きることを推奨して本まで書いてしまっている私ですので、

「子どもの頃に好きなことややりたいことを禁止されてしまったら、大人になっていきなり好きなことややりたいことをやっていいと言われても何もできないよね?」

と思うのです。

ゲームで遊んでばかりいるのはゲーム以上に面白いものが見つかっていないからであり、今の生活の中で一番ゲームが楽しいからです。

勉強よりも、おしゃべりよりも、公園で走り回るよりも、女の子のことよりも、ゲームが好きなのかもしれません。

それは自然の摂理ですよね。

でも、それが本当にダメなことか?というのはそれを見る側の価値観によるもので、私の立場では何とも申し上げられないところです。

さて、一番嫌な話を最後にしたいと思います(笑)

Nさんはどんな人生を歩みたいのでしょうか?
どのような大人になっていきたいのでしょうか?
どんな姿を子どもたちに見せてあげたいのでしょうか?

親は見本。
リーダーは見本。

子どもにしてほしい生き方を親がまずは実践するんですよね。
そして、こんな風に生きたら幸せだぜ~!って姿を見せてあげることなのです。

親が、大人が楽しそうに生きてたら、子どもたちは「いーなー、早く大人になりてーなー」と思うでしょう?

だから、やっぱり大人であり、親である私たちが、人生を楽しみ、幸せになることが、何よりも大切な教育だと私は思っているのです。

そんな自分自身に還る2日間。

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>「つい「他人軸」になるあなたが7日間で自分らしい生き方を見つける方法」(あさ出版)


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