*
子どもの頃から我慢を強制されてくるととにかく我慢することが癖になって何が欲しいのか、どうしたいのか分からなくなるだけでなく、心の中にどんどん怒りが溜まってしまうことになります。
それは「我慢=怒り」だから。
だから、脱・我慢のためにはこの怒りを解放し、その向こう側の本心にアクセスしていくことを目指すのです。
*
いつもブログを読ませていただいています。
ブログでの的確なアドバイスを読み、何度も救われました。
ありがとうございます。
本日は、お恨み帳を書いていて、どうしたら良いのか分からなくなり、質問させていただきました。
私は過干渉ヒステリックおかんの元で育ちました。
親密感に対する恐れを持っており、後方待機部隊に所属する待つ女です。
両親に対する恨みを書いていたら、『我慢している自分』が出てきました。
それはとても強い存在で、ラスボスおかんと匹敵するぐらいの、ラスボス我慢が出てきました。
思えば私の人生は、ずっと我慢が隣にいました。
息をするのと同じくらい自然に日常的に私はずっと我慢をしてきたことに気づきました。
その我慢するクセは今も続いており、私の苦しみは、我慢から発生してるものが多いんじゃないかと感じています。
両親は私に我慢することを強制してきたんだ、どうしても我慢したくないことも我慢させられてきた、だからレイプされてるような気持ち(実際に性的なことをしてきた訳ではない)を感じたんだ、と腑に落ちました。
ただ、あまりにも当たり前に我慢してきて、今も些細なことでもすぐに我慢してしまい、それが自分の心と体を重くしてる、と分かったのですが、どうしたら我慢を手放せるのか分からなくなりました。
さっきスーパーに買い物に行ったのですが、そこでも当たり前のように買うものを我慢していました。
それも何度も。
あまりにも当たり前すぎて、我慢に気づかないくらい……。
我慢が隣にいすぎて、どうしたら良いのかわかりません。
どうにか我慢を手放したいです。
よろしくお願いします。
(Nさん)
まず「ずーっと我慢してきたんだ!」ということに気づかれたわけですよね。
そして、スーパーでの買い物でも「あ、今、我慢してる!」ということに気づかれたわけですよね?
ということはNさんは「脱・我慢」に向けて大きな大きな一歩を踏み出された、ということになりますね。
改めて何を我慢しているのか、逆に何に対しては我慢してないのか、について整理してみませんか?
例えば、おトイレも我慢しちゃう方でしょうか?
もちろん、女子トイレ恒例の行列に並んでいるときは我慢せざるを得ませんが、自宅や職場ではどうでしょうか。
また、食についてはどうでしょうか?
食べたい!と思うものを食べることって1週間に何回くらいありますか?
あるいは我慢しすぎて何が食べたいって気持ちも分からなくなりますか?
「眠い・・・」というときはどうでしょうか?
睡眠欲に抗って我慢しちゃうことってありますか?まあ、仕事中はしょうがないとしても、夜とか休日とか。
「我慢せずにしていることって何かないだろうか?」という視点を持つことも「脱・我慢」のためには大切な意識の向け方なんです。
もちろん、我慢してるものはなに?と言われたら、それは無数に思えるかもしれません。
けれど、その中にも「別にいらないもの」は含まれてないか要チェックなんです。
そんな意識で、今までの人生、何を我慢してきたのかを振り返ってみましょうか。
友達を作ること。
行きたい学校に進学すること。
ひとり暮らしをすること。
好きな服を着ること。
恋愛すること。
趣味や習い事などに通うこと。
推しを推すこと。
性的なこと。
そういえば、Nさんほどではないかもしれませんが、母親がヒステリックで過干渉でずっと自分を抑圧してきた方の中には「小学校の頃から自分でもおかしいと思うくらいオナニーをしていた」という方もいらっしゃいます。
彼女にとってはオナニーが「アンダーグラウンド」であり、母親からの干渉を逃れ、ストレスを解消するための手段がそれだったみたいです。
そういう意味でNさんにとって何らかの「アンダーグラウンド」に心当たりはありませんか?
何もかも我慢してきたように思いながら、実はこれとこれはあんまり我慢してなかったかも、というものが見えるかもしれません。
さらに、我慢してる、と、我慢してない、が同居しているような事象もあるでしょう。
例えば、お母さんから部屋が散らかってることをいつも怒られるのでイヤイヤな気持ちを我慢しながらも部屋のお掃除をしていたが、部屋がきれいになること自体はうれしいし、気持ちよかった、みたいなこと。
勉強は嫌いでいやいややっていたけど、そのおかげで志望校に合格できて、それがうれしかったし、また、母も喜んでたのでホッとした、という経験。
我慢が基本にあるんだけど、その中でも我慢してなかったことや、我慢したおかげで得られた喜びなどに目を向けてみるのも自己肯定感には良い影響を与えるでしょう。
つまり、「我慢したおかげで得られたメリット」もきっとあるんじゃないかな?と思うんです。
「お金を使うことを我慢してるお陰でけっこう貯金ができてた」とか「我慢して塾に通ったおかげでいい大学に入れた」とか「苦手な料理を我慢して作り続けてたら、それなりに料理が得意になった」とか「母が勧めた仕事にいやいやながら就いたけど、我慢しながらも続けていたら安定した収入を得られるようになった」とか。
「我慢」って必ずしも悪いことだけじゃないと思うんです。
我慢が得意なおかげでダイエットや貯金はいつもうまく行く!ならば、我慢が悪者かと言われたらそうでもないわけです。
つまり「我慢」にも自分にとってメリットに成り得る「よい我慢」もあると思うのですね。
*
心理学の世界では「我慢」と「忍耐」を別々に扱います。
「我慢」というのは気持ちをとにかく抑えることを言います。
欲しいものを我慢する、したいことを我慢する、ということです。
一方「忍耐」というのは同じことをしているのだけどその先に夢や希望、ヴィジョンが見えていたり、気持ちを抑えることに意味を見出している状態のことを言います。
「夢を叶えるための資格を取るために1年間はとにかく勉強に集中する」とか「欲しい車を買うために頑張ってお金を貯める」とか「健康な体を取り戻すために酒やたばこや甘いものや油ものを減らす」とかは、そこにヴィジョンや価値が見えているから「我慢」ではなく「忍耐」と表現します。
つまり、「我慢」していることに意味や目的を見いだせたらそれは「忍耐」と呼ばれるものになり、それは長所であり、魅力になるんです。
そういえばとあるファッションモデルのクライアントは「子どもの頃から親が厳しくて我慢することが得意だったから、食事制限とか全然苦痛じゃないんです!」と語っておられました。顔も小さいし、体も欲しいから、一緒に並んで写真を撮ったら「遠近法を完全無視する図」が出来上がりましたけど・・・涙。並んでるのに彼女の方が数メートル後ろにいるような写真で思わず感動しちゃいましたけど・・・。
そうなると「Nさんがしてきた我慢はすべて我慢だったのか、そこに忍耐と呼べるものは含まれなかったのか?」という検証もしてみるといいかもしれません。
そんな風に少し視点を広げて現状を見つめなおすことを私はよくやるものです。
全部が悪なのか、実はその中に少なからず善が混じっていたのかって印象が全然変わると思うんですよね。
*
さて、その上で「どう我慢を手放していくか?」を考えていきましょう。
明らかに「過干渉ヒステリックおかん」や父との関係がNさんの我慢人生に圧倒的影響を与えていると思われますし、そうして自分の気持ちを抑えることが癖になっていたら後方待機部隊に所属するのも自然なことですし、何なら「何が欲しい?」ということも分からなくなるのも当たり前だと思うんです。
先ほど「我慢と忍耐」の話をしましたが、とにかくやみくもに気持ちを我慢することが癖になっていたら、何かが欲しい、これがしたい、こうなりたい、ということ自体が分からなくなることも不思議ではないものです。
「小さい頃から将来何になりたいとか誕プレに何が欲しいとか全然出てこない子でした」と語られる方がたまにいらっしゃるんですけど、まさに我慢しすぎて夢や希望も抑え込んでしまってたのでしょう。
だから、「我慢をやめたい」と思えたNさんはやはり大きな一歩を踏み出されてるとも言えるのです。
ちなみにNさん、ずっと小さい頃ってどんな子だったか記憶にありますか?
我慢を強制され、我慢したくないものも我慢させられて、我慢することが癖になってしまった前の時代のことです。
たいへん情熱的で自由奔放で元気で木登りやかけっこが得意で、ムカつく男子には遠慮なく飛び蹴りしてた、みたいな活発な子ども時代ってあったと思います?
それとも物心ついたころにはもう修行の道に入っており、あれやこれやを禁止されて我慢しまくる時代だったのでしょうか?
けっこう前者のパターンもあり得るな、と思いまして。(だってうちの読者様だし。)
もし、我慢時代の前の時代があるならば「ほんとのわたしはそっちじゃね?」と言う風に思ってみることをお勧めしたいものです。
*
さて、「我慢」の心理的構造なのですが、感情面で見ると「怒り」が重要な役割を果たします。
欲しいものを我慢するときに「欲しくない!欲しくない!」と呪文を唱えますよね?
その語調、怒ってませんか?
私たちは何か欲するものを我慢するときに、気合を入れて「欲しい」という思いを押さえつけるわけですけれど、そこで「怒り」という重しを使うんです。
その結果、「諦める」という状態になるんですね。
だから、「諦め」というのも怒りのひとつの表現方法になります。
だからある意味、我慢しぃな方って常に怒りを抱えている状態とも言えるんですね。
Nさんのおっしゃる「それが自分の心と体を重くしてる」というのはまさにその怒りを抱えた状態を感じていらっしゃるわけです。
とはいえ、じゃあNさんが怒りっぽいか?というとむしろ逆で、本来怒るべき場面でも怒れなくなってるんじゃないかと思うんです。
友達とかに「Nちゃん、そこは怒っていいところだよ?」と言われたことはありませんか?
で、この我慢、怒りを使って気持ちを抑え続けることになるので、あまりにもこれが続くとさらに重たい「抑うつ状態」を招くことも少なくありません。
「嫌な仕事を我慢して続けてたら抑うつ状態になった」という方もいらっしゃるでしょう?
気持ちを我慢することが癖になると、楽しみや喜びも我慢するようになり、笑えなくなっっちゃった方もいらっしゃいますよね。
ということで「怒り」がカギになるから、Nさんのように御恨み帳をせっせと書き進めることはとても理にかなっているのですが、そこでちゃんと怒り、恨み辛み、憎しみなどの感情は出てきたでしょうか?
もし、両親に対しておどろおどろしい恨みの言葉が出てきたならば、それもまた大きく一歩進んだと言えます。
が、なかなか怒りを出しにくい、という方も多いんじゃないかと思うのです。
何なら「親に怒りを持っているということ自体に罪悪感を覚える」という気持ちになって一言も書けなくなる方もいるくらいです。
だから、脱・我慢のために大事な感情は「怒り」でもあります。
そういうわけで、Nさんや同志のみなさまにおかれましてはまず「あ、わたし、怒ってるんだ」と“思い込む”ところから始めていただきたいと思う次第です。
*
そうした出すに出せない便秘のようになってしまった怒りを出すには様々な方法が考案されてきています。
それは怒りそのものを感じるというよりも「怒りを出しているときにこういう風になるだろうことをやってみることで、怒りの感情を出しやすくする」というやり方です。
〇クッションや布団を力を込めて叩き続ける。
〇丸めた新聞紙で机やいす、布団などを叩き続ける。
〇枕に顔をうずめて「あー!」とか「おー!」とかを叫び続ける。
〇(準備運動をしっかりした上で)100メートルダッシュをへろへろになるまで繰り返す。
〇カラオケでシャウトしたり、歌い上げたりする曲を喉が枯れるまで歌う。
〇全身を使って息を吸って吐き出す(呼吸法)。
セッションルームではこんなワークをしてもらうことがあります。
胸を張って、大きく息を吸い込んで、思い切り息を吐く。
その際に、目の前の壁をぶち抜くイメージで強く吐く。
叫べる方は叫んでいただくんですけど、なかなかそれには抵抗を示される方が多いので、息を思い切り吐き出すことをやります。
怒りの存在に気づいている方なら、アニメなどでよくある「口から炎を吐き出す」ということをイメージしていただくこともあります。(怒りは「火」に例えられるものですから)
そういう方法で心の中に溜まっている怒りを吐き出していくんです。
そうして「我慢」を作っている「怒り」を抜いて行こうとするのですね。
*
そうして「怒り」を感じることを自分に許していくのですが、そうすると今度は「何に対してもイライラする。常にムカついてる。何なら根本さんにもムカつく。」という状態になりやすいものです。(こわい)
まあ、怒りで感情を抑えてきたのですから、我慢していた分だけ怒りが大量に出てくるのは自然なことですが。
そのときはひたすらお恨み帳を書いていただき、呼吸法などで息を吐き続けていただき、とにかく「デトックス!デトックス!」と叫びながら怒りを流していくことをおすすめしています。
そうして怒りがある程度流れ始めると、その向こう側にある「本心」に気づくようになっていきます。
「ほんとはこうしたかったんだ。これがほしかったんだ。」ということに気づくのですが、怒りを許可で来てる分だけ、そこでまたすぐに怒りが湧いてきて「なのに、なんでおかんはそれをくれなかったんだー!くそっ!」という風になるものです。
つまり、このフェーズはけっこう疲れるんです。
だけど、それくらい怒りを溜め込める情熱の女のNさんや同志のみなさんはそこも何とか耐えてくださるでしょう。
そしたら、今度はその「欲しかったもの」を取り戻しに行くこともあります。
「子ども時代は絶対禁止されていたポテチ一袋をひとりで完食する」というのもその一つです。
子ども時代に我慢したことだから出てくることはけっこう子どもっぽいものが多いです。
思い切り甘えたい。思い切りぎゅっとしてほしい。という欲求があふれ出して涙が止まんなくなる方もいます。
「怒りを使って我慢する」って辛いし、悲しいし、切ないじゃないですか。
そうした思いが今度はあふれ出してくるんですね。
だから「この1か月、何かとしくしく泣いてました。」という報告を頂くこともあるんですが、それはとても順調に癒しが進んでることを表しています。
そうしてだんだん自分の欲求に気づき、本心が分かるようになるんです。
だから、まずはこの状態を目標にしていきませんか?
この辺では次の質問に数多くの答えを出してみることも有効ですので、ぜひやってみてください。
〇子どもの頃、親に言いたいけど言えなかったこと。
〇親のために頑張ったこと。
〇親に褒めてほしかったこと。
〇今も親に期待していること。
〇今時点で親に対して抱えている不平不満。
〇今も親のためにしていること。
〇自分が今、欲しいもの、したいこと。(できるだけ小さいことで良い)
〇今度の休日に自分がしたいこと。(できれば実際にやってみる)
こういうことをスマホのメモ帳等に入れておいて、空いた時間を見つけてコツコツやってみるんです。
これは自分の心、それも怒りの向こう側にある本心と対話することになりますから、徐々に自分の気持ちもわかってくるようになるでしょう。
そうして自分の本心が分かってくると、今度はこういう問い合わせを自分にできるようになるんです。
「これが欲しいんだけど、どうする?今は我慢しとく?それとも手に入れとく?」
つまり、我慢するかしないかを選択できるようになるってこと。
それが「脱・我慢」だと思うのですけどいかがでしょうか?
◎東京/オンライン:3/20(金祝)13:00-17:00 母がしんどい問題~母と娘の関係を終わらせ、自分の人生を生きる4時間~
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/57794
◎セミナー動画:心理学講座「過干渉・過保護・心配性な母との向き合い方~母軸の人生を自分軸に切り替えるにはどうしたらいいのか?~」
◎東京:3/21(土)11:00-18:00 1DAYリトリートセミナー私は私の人生を生きると決める日。人生の軸を取り戻す1日~
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/57764
◎ザ・リトリートセミナー in 神楽坂~生き方が、人生が、自分自身が変わる3日間~
https://nemotohiroyuki.jp/schedule-cat/51398
◎3人の自立系武闘派女子が自分と向き合って幸せになっていく物語。
「ひとりで生きちゃう武闘派女子が頼って甘えて幸せになる50のトレーニング: 「頑張らないこと」を頑張りたいあなたへ」(小学館)
◎戦闘力上がりすぎてひとりで頑張っているあなたへ1日5分、スキマ時間にととのう本
●この記事を読んで「ああ、自分の場合はどうだろう?」と思われた皆さん。そのネタ、聞かせてください!もしかしたらブログ上で回答させていただけるかもしれません!(不採用になっちゃったらごめんなさい!何度でもチャレンジ可!です)
>問い合わせフォームから「根本裕幸へのリクエスト(ネタ提供)」をお選びください。
また、お弟子さんたちのオンラインカウンセリング無料相談「ココロノマルシェ」でも随時ご相談を募集しています。

無料で読める根本のメールマガジン「予約の取れないカウンセラーが送る“毎日使えるココロの講座”」
より深く学びたい方のためのオンラインスクール「根本裕幸のメルマガ&動画で学ぶ、めっちゃ使えるココロの法則」。
*

今日の話を無料アプリのvoicyで音声でラジオみたいに聴けます!
『(準備中)』
*
![]()
★Youtubeの公式チャンネルでも同じ内容を公開してます!(チャンネル登録よろしくお願いしますー!)
(準備中)
*

★voicy/youtubeで配信した話を文字起こしして公開してます!テキストで読みたい方はこちらからどうぞ!
『(準備中)』
X(twitter) / Facebook / Instagram
★根本の個人セッションのご案内。
>根本のセッション
★お弟子さんたちのカウンセリングはこちらから。
>お弟子さんを検索する!
>オンラインカウンセリング無料相談「ココロノマルシェ」
>お弟子さんたちのセッション・セミナー予定