干渉的な親からの精神的自立と相互依存関係の確立について。


親に親を求める、というのは内なる子どもが求める欲求であり、期待。
それを手放して精神的に大人になるためにどんな意識とアプローチが有効なのか。
依存~自立、自立~相互依存へのプロセスを一気に解説。

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離婚して実家に戻ってきてからというもの、両親との関係がうまくいきません。そんな私でもこれから幸せになれるのでしょうか?
大学進学で東京に行き20年。ずっと一生東京で暮らすものと思って生きてきました。離婚して東京から遠く離れた地元に戻り5年あまり。20年ぶりの実家暮らしが始まりました。
私(ひとりっこです)と両親はそれはそれは不思議なくらいものの考え方が違いすぎるのです。なぜこんなに違うのかと思うくらいに。それにとても違和感を感じとても疲れます。

離婚の理由は子供を持つ持たない、でした。離婚後いろいろ探っていくと、それがアダルトチルドレンだとわかり愕然としました。
少し気になる男性が現れると、AC(アダルトチルドレン)の母はすぐに察知。結局恋もままならないまま終わってしまうことが多々。こどもじゃあるまいし、いい加減にして、と思うばかり。

父親に対しても、小さい頃は大好きな父でしたが、離婚を経験してからというもの、客観的に母との関係を見ていて、こんな父親がもし実際自分の夫だとしたら思うと、愕然とするというか情けないというか・・・。

私が本業としている仕事は華やかではあるけれど収入は不安定なため実家を出られず。両親はその本業に対してもいまだ良く思っておらず私はそれをとても悲しく思います。それでも本業を廃業することは間違っていると思い、なんとかやっていくため派遣社員と2足のわらじで今は頑張ってお金を貯めています。なにか両親と揉めはじめるとすぐに、一人前に稼ぐこともできないくせに、が決まり文句でして・・・。

両親との関係をよくすることにエネルギーを費やすことよりも、まず自分がほんとうに幸せになることを最優先にしなければならないということはわかっているつもりです。

でもふと思うのです。私はこの両親の子供であるけれど、実際は私がこの父、母の親ではないかと。
よく言われますよね、親の人生を子供が繰り返すって・・ことが呪縛のように頭を離れません。
こういう気持ちを断ち切って自分が幸せになることにちゃんとシフトできるようになるにはどうしたら良いのでしょうか。こんな状態からでも、またちゃんと恋ができるのでしょうか。幸せって掴めるのでしょうか。

重い内容のリクエストになってしまいましたが、ぜひ根本先生の回答を伺ってみたいです。どうぞよろしくお願いいたします!
(Nさん)
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Nさんもいよいよ本当に大人になる時期が来てるみたいですね~。
親からの精神的自立というのは思春期から始まることが多いのですが、おそらく過干渉なお母さんの下ではそれもままならず、今日まで来てしまった、という感じなのでしょうか。

Nさんは今も「親に親を求めている」ことにお気づきでしょうか?
親ならば子を理解して受け入れるべきだ、みたいな。

Nさんはご両親に自分の考え方、価値観を(時には常識として)理解させようとしていませんか?
Nさんが「私は正しくて、親が間違っている」という思いをお持ちではありませんか?(これは「私が新しくて、親は古い」などの思いも同様です)

それは、ご両親に自分を受け入れてもらいたい、分かってもらいたいという欲求を未だに強く持っていることを意味します。(それは「私のすることに干渉しないで欲しい、放っておいてほしい」という思いも含みます)

子どもは親に対してどうしてもニーズ(欲求)を持ちます。
アレして欲しい、コレして欲しい、ああすべきだ、こうすべきだ、という。
そして、親側も子どもをまるで自分の所有物のように思い、コントロール(支配)しようとします。

この段階はいわゆる「親離れができていない、子離れができていない」という状態です。

お互いに相手を自分の思い通りに変えようとするので揉めますし、ケンカになりますし、当然理解し合えません。

そもそも親と子はジェネレーションギャップの塊ですよね。
育って来た環境が違いすぎますし、価値観も異なるのがふつうですね。
しかも、東京と田舎ということであれば、文化や考え方も違って当然でしょう。
Nさんの華やかなお仕事が、両親にとっては眉唾ものというのも親の立場に立てば理解できることかもしれません。

もし、ご両親がその辺のおばちゃん、おっちゃんだったら、どんな風に思いますか?
実際に両親に対するものと同じでしょうか?
「まあ、そりゃ、田舎のおっちゃんには分からないよな~」て思って心理的に距離を置きませんか?
例え、ぎゃーぎゃー言って来ても、「そうですね」って笑って受け流せると思いませんか?

※この辺には親子関係ではなく、例えば、東京から田舎に引っ越さなければいけなかった理由、今の経済的に自立できていない自分を内心責めているなどの別の理由が絡んでいることもあります。

このギャップがNさんが両親に期待し、依存している度合いを表しています。
つまり、これが「親に親を求めている」ということなんです。
正確に言えば「親に理想の親像を要求している」ということであり、ここがいよいよ大人になりましょう、というテーマを表している部分です。

果たして彼らはNさんの期待に応えられるだけのキャパシティをお持ちなのでしょうか?
無理な要求をしていませんか?
街の定食屋のおっちゃんに「フレンチのコース料理作れよ」って言うみたいに。

できることを頼むならいいんですけど、できないことを要求するのはちょっと無理がありますよね。たとえ同じ料理人であってもジャンルや能力には違いがありますから。

ずっとお母さん(お父さん)を精神的に支えてきた方は「そろそろ私にちゃんと子ども役をさせてよ」って思います。
Nさんがお子さんを欲しなかった理由ももしかしたらこの辺にあるのかもしれません。
なぜかというと、子ども時代から親を支えてきた子どもは、自分が親になると子どもに依存しやすくなるからです(そして、歴史が繰り返されますね)。

こういう話をしますと「なんか私ばかりいつも頑張らなきゃいけなくてしんどいし、親に受け容れてもらえないなんて寂しい」という声を聞きます。
それも無理ないことでしょう。
今までほんとうに頑張ってきたんですから。
しかし、そこでもまた一つ見落としているところがあるんですね。
それは昔は親を助けたくて、お母さんに笑顔になって欲しくて、そして、家族を円満にしたくて頑張ってた、という自らの「愛」の部分です。

Nさんはもしかしたら、どれくらい自分の中に愛が強いのかをお気づきでないのかもしれません(まあ、人は自分のことが「ふつう」だと思っているので、その価値には気付きにくいんですけどね)。

自分はこんなにも両親のことを愛しているんだ、ということに気付いたとき、その頑張りは報われ、寂しさは消えていきます。それを親や誰かに認めてもらう必要はありません。
そして、再び、与える姿勢を取戻し、こんな両親に対して愛を与えることができるようになります。

小汚い定食屋で親子丼を食べながら、「美味いなあ、おっちゃん、これ、めっちゃ美味いで。都会のフランス料理屋とはまた違ったアジがあって、ええわあ」と価値を見ることができるようになります。

じゃあ、アダルトチルドレンである私のインナーチャイルドはどうしたらいいのか?
満たされないままずっと過ごしていくのか?
というと、この愛を受け入れることができれば自ずと答えが出るでしょう。
自らのその大人の部分で、愛せばいい、という。

Nさんは精神的に未成熟(と言うのは言い過ぎかもしれませんが)な親のお陰で、早くに大人になりましたよね。
そうするとNさんの心には「大人の私vs子どもの私」という図式が成り立ち、常に葛藤があったかと思います。
「なんで私はいつも頑張らなきゃいけないんだろう、なんでいつも私は人の面倒ばかり見なきゃいけないんだろう」みたいな。

都会で1人暮らしをしている時は「子どもの私」の出番はあまりなく、潜在意識に抑圧されます。
しかし、パートナーができたり、実家に戻ったりすると、「大人の私」が少し弱まる分、「子どもの私」が強く出てきて、これをパートナーや両親に愛させようとします。
ここで「大人の私vs子どもの私」が再び葛藤を引き起こします。
そして、厄介なのは、この潜在意識に抑圧されている「子どもの私」が親やパートナーに投影させることなんです。

つまり、あのお母さん、お父さんはNさん自身に他ならないんです。
めっちゃ気持ち悪いでしょう?(笑)

あのお母さんの態度、あのお父さんの存在はNさん自身の内面を表しているんです。

きゃー、そんなの違うわー、無理だわ~と思った分だけ、「大人の私」が「子どもの私」を抑圧してきたことが分かります。

Nさんだけでなく、誰でも同じなんですけどね。

親からの精神的な自立、本当に大人になる、ということは親に親を求めるという期待を手放して、「親と対等な目線を手に入れる」と言うことを意味します。
上から目線でもなく、下から見上げるのではなく、1人の同じ人間として、おっちゃん、おばちゃんとしてみる、ということ。

こうして、自らの内なる愛と、対等性を手に入れるとお互いの関係は「相互依存」という状態に遷移します。
この際、相手に変わってもらう必要はありません。

そして、この精神的な自立は様々な恩恵をもたらします。
その一つは経済的な恩恵で、今のお仕事にさらなる成功をもたらしてくれるでしょう。
そうするとNさんはステージをさらにまた一歩上がって、今度は堂々と今の家を出て一人暮らしを再開することができると思います。

このプロセスは自らの欲求・期待との戦いになります。
敢えて戦いと書いたのはどうしても「大人の私vs子どもの私」という対立を意識しやすいからです。

自らの欲求・期待を誰かに引き受けさせようとするのえはなく、自らが引き受けると、Nさんの内面的な葛藤は収まり、それが投影されるので、両親との関係もものすごく楽になります。

つまり、「それなりの距離を置いた付き合い」ができるようになるってことです。
同じ屋根の下で一緒に暮らしていようとも。

「大人の私」と「子どもの私」の融合を勇気を持って踏み出してみませんか。
そのための具体的なアプローチとしては、
・親に何を期待しているのか?何を求めているのかをメモするなどして明確化します。
・それは彼らにとって実現可能かを吟味します。
・もし、Noであれば手放します。これは自分自身が受け入れるものだ、と。もし、Yesであれば「お願い」します。
・同時に自らが子ども時代からどれほど愛を贈ってきたのかを再確認します。そして、親やパートナーや周りの人たちのためにしてきたことをちゃんと認め、褒めて、承認してあげます。そこでは自らの偉大さを受け入れることができます。
・この時点でお母さんからの干渉はあまり苦にならなくなります。はいはい、って受け流せます。そして、両親に「与える」ことが可能になります。つまり、両親を喜ばせてあげることができるようになります。

こうして相互依存のプロセスに進むことができます。

ちなみに「相互依存」に入る前によく言われる格言があります。それは、
「それをするくらいなら死んだ方がマシだ!!ってくらい嫌なことをする」
ということ。
だから、とても嫌だし、抵抗があるし、気分悪いんです。

それくらい今、Nさんは再び成長期に入った、ということなんですけどね。
あの思春期に体が劇的に変化したときのように。

※今回の記事は「依存→自立」「自立→相互依存」の2つの大きなプロセスを1本の記事にまとめているので難しく感じた方もいらっしゃるかと思います。だいたいこのプロセスは最低でも半年~1年ほどかかるものなので、焦らず一歩ずつ進めて頂けたら幸いです。

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