娘に売られた日。


意外に感じられるかもしれないが、私は非常にこそばがりである(=くすぐったがり)。

わきの下はもちろん、わき腹や首筋など、こうして文字にしているだけでも冷や汗が吹き出てくるほどに“敏感”な性質なのである。
(もちろん、精神的にも非常に繊細な性質であるので、皆様は配慮されると良いと思う)


当然、こういう性質の者の宿命として、何かの拍子にスイッチが入ってしまえば、背中だろうが、腕だろうが、お腹だろうが、どこだって非常にこそばゆくなってしまう。
先日も、辣腕のマッサージ師に揉み解されている間に、つい右の脇腹にてスイッチが入ってしまい、「お兄さん、やけに脇の下が凝ってるね!」という目に合ったばかりである。
凝っているわけではなく、過度に緊張しているだけである。

これが女性ならば「非常に感じやすい女」として男にも喜ばれようが、残念ながらそういう趣味を持たない私にとっては厄介極まりない性質と言える。

しかし、我が家には、そうした私の弱点を突いた「お腹チュ(おなかちゅ)」なる極刑が存在する。

その技の考案者は、大人しそうに見えるが実はS嬢であるわが妻であり、その極刑とは嫌がる私のお腹に妻がぶちゅ~とする罰のことである。

そんなことして面白いのか?と疑問も浮かぶのであるが、奥様曰く、私のお腹周りは程よく脂肪が乗っており、その柔らかさや温かさが「絶妙な感じでとっても気持ちいいの」とのことである。
まったくもって理不尽かつ、人の弱みを付いた悪行と思うのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
(かつて、遠まわしにその旨を進言したこともあるが、すぐに企みを見破られ、即刻、シャツをめくり上げられ、辱められたトラウマもある)

また、私よりはるかに芳醇かつ、すべすべのもち肌を持つ生き物(3歳)も我が家に生息するので、そちらの方が気持ちよいのではないか?とも思うのであるが、そこはS嬢。
即座に「嫌がる人を押さえつけるから楽しいんじゃないの!カウンセラーの癖に、そんなこともわからないの?」と一括され、その粗相にて再び、シャツをめくり上げられ陵辱されるのである。

なお、この刑は、私がつまらないギャグ、くだらない粗相、ふとした度忘れ等の罪を犯した際はもちろん、「私の機嫌を損ねた」「最近、面白いことがない」「娘をかわいいと言った」「洗濯しようとしたのに雨が降った」という理不尽極まりない理由でも、「お腹チュ、プラス10回ね」という形でも否応無く蓄積されてしまうので、私は既に出口の見えない借金地獄に陥ったも同然なのである。

辛いのは、この世界には自己破産という逃げ道がなく、ひたすら、その恐怖に震え続けなければいけないことである。

ただ、そういう環境にも関わらず、毎日普通に家に帰る私は、知らないうちに真性のM男に調教されているのではないか?という危惧が拭いきれない。
今度密かに、その道でメシを食っているお客さまに私のM性について問うてみようと思う。

さて、そんな母親を見習ってか、うちの娘も時々寝ているパパのシャツをめくってムニュとチューをしてくれることがある。
ところが、娘のそれは妻のような邪念がないせいか、実に心地よく、嬉しいのである。
「どんどんしていいでちゅよ~」てなもんである。
故に、娘に対しては自ら「お腹チュしていいでしゅよ~」と献上することもままある。
(もちろん、妻には見えないところで)
やはり、どのような行為もそうであるが、素直で純真であるということは非常に重要なのだ。
そのことを私はこの経験を通じて学んでいる。やはり心理学は日常に即したものでなければいけない。

ところが、そんな麗しき父娘の密かな楽しみは、ある日を境に変わってしまったのである。
近頃、反抗もする一方で、すっかり母親の親衛隊と化している娘は、ある日、パパのシャツをずりっと上げたまま、
「ママ~、ぱぷぅーのお腹よー。ママー、ママー」
と大声で叫ぶのである。

そして、脱兎として駆け出す妻の足音、S性を満面に湛えたその笑顔に震え上がる私。
反射的に逃げようとするが、なんと、娘はその両手を押さえ、
「ぱぷぅー、うごいちゃダメ。じっとしてなちゃい!」
と一括するのである。

この瞬間、深いところで何かが壊れた。
ああ、終わった・・・と思った。
妻の「えらーい!すごいね!!えらいねー!ご褒美あげようね!」という歓喜の声を遠のく意識の中で聞きながら、何を信じればいいのか見失いそうになっていた。

そうして、私は娘に売られた。
因みにその値段は、娘がご褒美として受け取った「しまじろうのガム1個」(約4円相当)である。

その日以来、ことあるごとにシャツをめくりあげてママを呼ぶことが娘の密かな楽しみになっており、やはり、ここは開き直ってひたすら自己破滅的なその道を究めるしかないのかと思う今日この頃である。

しかし、このブログを読んだ妻が、満面の笑みを浮かべてどんな量刑を下すのかに思いを馳せれば、こういう記事を投稿する僕は何と自虐的なんだろうとも思うのである。

日々のミニコラム

 

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