[30]依存的になってしまうのはなぜ?



日が長くなりましたよね・・・。
今日カウンセリングを終えて部屋で一服つけていると、7時なのに外が明るいのにびっくりしまして・・・。
もうすぐ夏至ですし、一年で一番昼間が長いときなんですよねー。
いやー、ほんま、びっくりです・・・。

※最近あった嬉しいこと※
わが愛しの乳児が、チューをしてくれまして・・・。
もう、パパ、死んでもいい・・・と天にも昇る気持ちで、涙腺ゆるゆるモノです・・・。
うちの奥さんには密かに大量チューを浴びせかけているとのニュースは聞いていて焦ってたんですよ・・・。
今日は、いい夢が見れそうです・・・。


* * *

そういうわけで、しばらく中断していました「男女関係のなぜ?」です。

今日のお題は「相手に依存してしまうのはなぜ?」。

男女関係に限らず、対人関係では一方が「自立」、他方が「依存」の立場を取ります。
自立側は「自分のやり方を通す側」ですので、どちらが自立を取り合うかの競争が生まれることも少なくありません。
それが「主導権争い」というものですね。

そこで敗れると依存側に突き落とされて、寂しい、辛い、苦しい、愛されてるか自信ない、不安、怖いなどのネガティブな感情も引き受けることになります。
だから、依存的になってしまうとしんどいんですね。

そして、「依存」というのは、その辛い感情を「相手に何とかして欲しい」って思う状態なわけですから、自分には何もできない感覚がしてしまうんです。
選択権もなければ、自由もないような、そんな一種奴隷のような気分になることもあります。

それでも「好きだから」とか「迷惑かけたくないから」などの理由で、その立場に甘んじてしまうことが少なくありません。

そして、この自立と依存の関係は何かのきっかけでひっくり返ることも少なくないんですね。
ずーっと自立側にいて、相手の愛情にあぐらをかいてたら、突然相手に浮気されたのがきっかけで依存側になることもありますし、「惚れたが負け」でずーっと依存な立場だったのに、だんだん相手を手の内に入れてきて気がつけば自分が自立側にいた、なんてこともあります。

カウンセリングでは、そんな依存的な立場にいて苦しい中、少しずつ自分を取り戻していって自立側の立場に持っていくようなアプローチをよく取ります。

・・・というか、相手のことばかりを考えてしまっては何も問題が解決しませんから、自分自身を見つめていくようにサポートさせていただくんですね。
そうして、徐々に自分を見つめられていくようになると、関係性も自然と依存が強い立場から、自立に近い状況、そして、お互いが対等なものになっていくんです。
不思議なもんですけど、この依存から自立の立場への移行はよく起きることです。

ま、実際はそういう時は自立側に回った時点で、もう一度相手をパートナーとして選ぶのかどうかという選択の時期がやってくるんですね。
実はそこが一番の問題だったりします。

で、そういう自立と依存の関係で、どうして依存してしまうのか?というと、一つは先ほど挙げた「主導権争いに敗れた場合」です。
これは頑固さの勝負ですので、「惚れるが負け」と言われるように、自立の争いです。

でも、本当は「惚れるが勝ち」なところもいっぱいあるんですよ。
というか、「惚れてるからこそ乗り越えられる壁」は無数にありまして、惚れてなければいい関係も、より良い関係も創りにくいのが実情だと思うんですよ。

元々私達は生まれから相当の間は、親との関係では依存状態にあります。
うちの1歳2ヶ月の乳児はもちろんそうですが、小学生になってもまだ親に頼らざるを得ない部分は多いですね。
それが思春期になって、精神的に親から自立を始めるわけですが、経済的なものではまだまだ依存状態にあるものです。

だから、本当に親から自立するのは、結婚して家庭を持ってから・・・といえる場合も少なくないですね。

で、その子ども時代(依存時代)に、私達はたくさん傷ついてきたわけです。
欲しいのに手に入らないものは無数にあったはずですし、したいけど禁止されることもたくさんありました。

おもちゃ買って欲しい!のに買ってもらえなかったり、ピアノを習いたいのに駄目って言われたケースは分かりやすいんですけど、私達が手に入らなかったものは、今から思えば変な要求ってのもたくさんあったんですね。

例えば、夕食でお母さんが「今日は何が食べたい?」って聞かれたとします。
そうすると「ハンバーグとスパゲティとカレーと・・・うーんと、うーんと・・・オムライス!」とか答えたとします。
そう答えて、この4種類の料理が全部夕食のテーブルに並ぶことなんて、まずあり得ないでしょう?
よくてカレーハンバーグとか、2つが関の山です。
そうすると、残りのスパゲティとオムライスは「欲しいのにくれなかったもの」の中に入ってしまうんです。

なんてワガママな・・・と思うかもしれませんけど、得てして子供心ってのはそういうもんです。

まあ、普通は「カレーはこの前食べたばかりでしょう?今日は我慢しなさい。はい。鳥のから揚げ」なんて風に丸め込まれて悔しい思いをするものです。

子供心には毎日でも好きなカレーは食べたいものです。
(ああ、僕は今でもそうですねー。博多に行けばラーメン食い漁ってますから・・・(笑))

あ、そう食べ物のことを力説したいわけじゃなくて・・・。

そういう風に今から思えば変なことでも、子供心に満たされないものは山ほどあったはずです。
そうした不満は「して欲しいのに、してくれなかった」という形で心の中に蓄積されていきます。

それが大きくなって恋愛すると、親から満たしてもらえなかったものを恋人から満たしてもらおう、とするんですね。
それが依存してしまう大きな原動力になります。

そして、恋人から満たしてもらおうと思った分だけ、少々のことには我慢しよう、目をつぶろうとします。
例えば「ずっと傍にいてくれるんなら、少々の暴言は我慢しよう」と思ったりするんです。
子ども時代に親が傍にいてくれなくて寂しい思いをたくさんしたのかもしれませんね。

また、「相手の気持ちが分からなくて不安だから、好きになってもらえるように一生懸命尽くす」ということも良くありますね。
子ども時代に「親から愛されてる自信が全然もてなかった」という思いが強いのかもしれません。

そういう意味では家庭環境の影響で小さい頃から自立せざるを得なかった方(自立が早かった方)は、総じて恋愛の中で依存状態に陥りやすいんです。
早く自立した分だけ、満たされない気持ちもたくさん、強くあったはずですから・・・。

もちろん、ケースバイケースなんですけど、大きくはこうした子ども時代(依存時代)の傷が恋愛に影響している場合が少なくありませんし、恋愛を重ねれば、そこでも満たされない気持ちは強くなってしまいますから、より依存的になってしまうことも少なくないと思います。

で、そうなってしまったらどうしたらいいんでしょうか?

依存的な状態になってしまうと、自然と会話の主語が「私」ではなく「彼(女)」になってしまいます。
これが共依存の状態だと、お話されてる内容が自分のことなのか、彼のことなのかが分からなくなってしまうことも少なくありませんで、ますます自分を見失ってしまってることが分かります。

先ほどカウンセリングでのアプローチを少しお話しましたが、まずは「自分」に意識を向けていくことがすごく大切なんですね。
「私は・・・」という主語を会話の中で意識的につけるだけでも変化が出てくるくらい大切なものです。
これは一種の自立を促すアプローチなんですけど、「相手に何とかして欲しい」という状態では、いつも「待ち」になってしまってうまく行きませんから、どうしても大切な見方になると思うんです。

だから、こういう状況に陥ってる方には、よくこういう提案をします。
・好きなことをたくさん探しましょう
・したいことを一つでもいいからやってみましょう
それを日常生活から、ファッションから、考え方から様々な角度で見てみると、徐々に自分中心の生活が送れるようになっていきます。

そうすると自然と彼との関係も変わっていくから不思議なんですけどね。

ただ、そのためには、そうした表面的な部分を変えていくだけでなく、内面的なもの(親への不満、自己嫌悪、自信のなさ)のケアも大切だと思うんです。

特に親子関係では、「親と子」の関係から「大人同士の新しい関係」を構築していくいいチャンスでもあるんですね。
だから、必然的に親子関係で生まれた不満や痛みを癒していくようなセラピーも提案していくことになります。

そうして内面、外面両方から見ていくことで、少しずつですが、地に足が着くようになっていくんです。
その頃には関係性も少しずつ変わり始めますから、人間関係ってすごく面白いんですよ。

依存的な恋愛が多いなあ・・・と思われる方、今まさにそこにはまってしまわれてる方、まずは「自分」を取り戻すところから始めてみましょうね。

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