コロナ禍で好きなことができなくなってストレスが溜まりまくりの方への処方箋。



このご時世、好きなことややりたいことができなくなってストレスを感じていらっしゃる方は多いと思います。
どういう捉え方をしたらそんな日々を楽しむことができるようになるでしょう?
やはりカギは「自分軸」であり、「今、ここ」を生きることだと思うのですが。

ネタの採用率が高いかもとのことなので、久しぶりに問い合わせしました。

コロナ禍での自粛に関する心の持ち方です。

コロナ関連のブログはいくつかアップされていらっしゃるところ、このような観点はいかがと、リクエストいたします。

旅行に行ったりする人の話を聞いたり、楽しそうに行動している人を見聞きすると、極端にはコロナに掛かってしまえばいいのにと極悪な気持ちになります。

海外旅行の予約を半年以上前からしていたのに、コロナで行けなくなって早1年半、観光目的ですし現時点でも目途は経っていません。

自分でも、この状況を無理してまで行きたいとは思いません。

それでも、コロナ禍でなければ、当たり前のように旅行に行けたり、夜遅くまでお酒が飲めたりした生活が送れない日々が続いています。

この生活にも嫌々ながら慣れてきたら、自分でも何をしたいのかわからなくなってきました。

やりたいことがないのです。
一番やりたいことはできないので。

休日もさほどしたいこともなく、なんとなく時間潰しして過ごしています。

好きな時に好きな場所に行き、遅くまでお酒が飲みたい!
知らない街に行き散歩して知らない食べ物を食べてみたい。

友達とも気兼ねなく会いたい。

他人を非難する心は正義感の押し付けだとか、コロナのない生活に執着しているだけだとか、
海外旅行に行き、得られた何かを、今ある何か他のもので得られるようにしようとか、
ポジティブで楽になるように自分なりに考えを改めようとはしています。

毎日家に引きこもっているわけではなく、仕事もあり、出来る範囲で息抜きはしているのですが。

まだまだコロナの影響は続くのだろうと思います。

これからも鬱々とした時が来るかと思うので、
そのような時に読んだらコロンブスの卵になる、そんなブログを楽しみにしています。
(Sさん)

この先が見えないコロナ禍の中でSさんのように鬱々とした日々を送っていらっしゃる方はめちゃくちゃ多いんじゃないかなあ、と思います。

私は時々お医者さんとお話しする機会があっていろいろとお聞きしているのですが、やはりコロナ鬱、コロナ太りはじめ、様々なストレスが表面化していることは間違いないようです。

またカウンセリングでもやはりコロナの影響ってのは見過ごすことができませんで、心身の調子を崩したり、人間関係が変わってしまったりした方、そして、何よりも緊張度が以前より比べ物にならないほどに上がってしまい、そのストレスの処理に困っていらっしゃる方によくお会いします。

ただ、いろいろと見ていくと、コロナ禍で急に問題が生まれたというよりも、それまで潜在的にあったその人の問題がコロナ禍で浮上してきたと見る方が辻褄が合うことが多いです。

元々怖れの強い人は今の日常を怖れの中で過ごしていますし、
元々いい人だった人は国(というよりはマスコミ?)の言うことをきちんと聞いてますますいい人になってしまい緊張からメンタルやられちゃってますし、
元々悲観的に物事を見る人は世界の終わりを眺めているような気分になっているようですし、
元々怒りっぽい人はいろんな人に対して批判を繰り返してしまいますし、
元々楽観的な人はこの状況の中でも楽しみを見つけていますし、
元々あまり周りの人を気にしない人は、今も周りを気にせず過ごしているようです。

日本人の本質というとアレですが、同調圧力だったり、他人への過干渉だったり、監視だったりという部分が出ている一方で、お互い助け合い、慰め合うというポジティブな面も見られると思います。

皆さんはどうでしょうか?
この世界の中でどんな自分が浮上してきているでしょうか?

私自身と言えば、本質的にはけっこう楽観的なのかもな、と思うようになりましたし、一方で、自由を奪われることがほんと嫌いなんだな、と実感しています。
つまり、自分はやっぱりわがままな人間で、マイペースに過ごすことが一番で、他人からの干渉などを嫌う生き物なんですな。

で、この手の話は広げようと思えばいくらでも広げられるので今日は「コロナ禍で好きなことができない!!一番やりたいことができないじゃないか!」という点に絞ってお話をしてみたいと思います。

実はこの手のご相談はライフワークを主題とするカウンセリングの中でもちょくちょく出てきまして、特に海外旅行が好きだとか、友達とワイワイするのが好きだとか、ライブで踊りまくるのが喜びだとか、夜中まで遊び歩くのが幸せだという方はなかなかそれができなくなっていてストレスは増大しています。

とはいえ、こんなご時世ですけれど、聞くところによれば帰国後の隔離生活を見込んでも海外に行く人は意外と増えていて、先日もとある料理屋で隣り合った方は仕事でアメリカに行っていて「意外に飛行機、人、乗ってましたよ」とお話されてました。

また、外で呑めなきゃ家で呑めばいいとホームパーティを頻繁に開催している人とか、再開されたライブにちょくちょく通っている人とか、「最近は開いてる店も増えてきたので以前の生活に戻りましたよ」という方もいらっしゃるようです。

で、コロナ禍は様々な面で価値観の対立を生んでいまして、これはいわゆる「自立の競争」なんですね。だから、あちこちで「正しさの争い」を生んでまして、こうした話を読んで「ダメなことしてる!」と批判的になる人もいれば、逆に「おお!じゃあ、自分もやろうか」と同調したくなる人もいると思います。

これもまた潜在的に持っている競争心が浮上してきたんだろうとみるわけです。

つまり「何がほんとうに正しいのか分からない中で、自分が信じている正しさで人を判断する」ということが頻繁に起きてると思うんです。

その正しさを人に押し付ける人もいれば、攻撃的になる人もいますよね。それもまたその人のパターンなんです。

また、他人軸な生き方が染みついてしまっている人は周りの人の動きにますます影響されて、生きにくくなっているんじゃないかと思うんですね。

「自分がしたいからする」のではなく「周りの人がやってるからやる」という他人軸だと、めちゃくちゃ振り回されることになると思うんです。

だから、ますます今の時代「自分軸」が重要なんだな、と思う次第です。

で、Sさんのように好きなこと、やりたいことに思い切り制限がかかってしまって鬱々としている方って少なくないと思います。

例えば、友達とおしゃべりするのが好きな方。この状況の中では気軽に会うことって難しいように思いますよね。

それで昨年はzoom飲み会ってのが生まれて、始めは物珍しさもあって楽しめていた人も「なんかやっぱりもの足りん」と思ってやめてしまったり、SNSのやり取りはあるけどやっぱり体温を感じないとつまんないと思い、不満が溜まっていたりすると思います。

そうして自分が「我慢」していると、やっぱり他人にも「我慢」を強いたくなりますね。
これも同調圧力ってことになるんですが、「あたしが我慢してるんだからお前も我慢しろや。我慢できないんだったらとっとと重症化して苦しめ!」などと恨み節を吐きたくなるのも無理なきことと思います。

けど、気づいておきたいのは、そうした攻撃的な自分が内側に存在していることだし、同調圧力を自分も持ってると認めることです。

つまり、ああ、まだまだ自分は自分と違う価値観を受け入れるのが苦手なんだなあ、ということを知っておくことです。

つまり、Sさんが書いてくださったように、自分自身の素直な思いを言葉にしてみることで、それまで気づけなかった自分の姿を垣間見ることができると思うのです。

それが良いとか悪いとかではなく、ただそういう自分がいることをフラットに受け入れ、肯定することが大事で、それが見えてくると、今までの人間関係等における問題の原因も新たに発見できると思います。

で、そんな中、私がよくこうした相談や雑談でクライアントさんにお話ししているのは、

「もう世界は変わってしまったということをどれくらい受け入れられるか?」

ということです。

要するに私たちは引っ越しをしたんです。

Sさんのお話を読めば、「なるほど、今まで住んでいた何でも揃っている都会から、何もない田舎に転勤したようなもんですね」とお伝えするかもしれません。

人によってはそれこそ東京から全く違う文化を持つアラブの国に引っ越したように感じていらっしゃる方もいれば、都内から小田原くらいに引っ越した感覚をお持ちの方もいると思います。

そういう話を聞いて「あれ?意外と私、都内から出てないかも?」と思われる方もいれば、「いやいや、あたし、ずっと昔からド田舎暮らしよ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

私の場合は便利な都会からちょっと離れた新興ベッドタウンに引っ越したような感じです。もうちょっと自然が多いところに引っ越したかったけど、まあ、都心までも電車一本で行けて便利だし、仕事する上で不便はさほど感じないしー。けど、空港からは遠くなっちゃって沖縄に行きにくくなったのはイヤだなあ、という感じでしょうか。

で、そこで大事なことはその引っ越しが自分の選択だと捉えることです。これが今日の記事の肝にあたります。

コロナのせいでも、社会のせいでも、他人のせいでもなく、自分の意志で都会から田舎に引っ越しした、と自覚することです。

「いや、だって会社から転勤辞令が出たから仕方なく引っ越してきたんだよ」と言いたい気持ちもわかりますけれど、そうすると他人軸な人生となり、場合によっては「被害者」になり、恨み辛みのオンパレードになります。

しかも、東京への執着が強すぎて、今の生活を楽しもうという気になれません。
東京には○○があったのに、ここにはない!と不満ばかりが溜まります。
そして、早くここを出て東京に戻りたいと思うようになり「今、ここ」に生きられなくなります。

それでは人生がつまんないですから、「じゃあ、この田舎を楽しもう。いつ転勤辞令が再び出されるか分からないけれど、それまではここでできることをしよう」という意識に切り替えられると心は前向きになっていくと思います。

Sさんもお気づきのように「過去への執着」をいかに断ち切るか?なのかもしれません。

「わしの若い頃は良かったなあ」とか「やっぱ昭和は良かったよ」とか過去に生きることがないように、今をどれくらい受け入れられるか?というわけです。

でも、これ、コロナに限ったことじゃないですよね。
あらゆる問題にとって重要なことです。

ある日突然恋人から別れを告げられたら、それが新しい世界が始まるサインなんです。
望まない異動を会社から告げられたら、それが新しい世界への引っ越しが始まった証です。

それを「私が望んだこと」として自分軸において受け入れることがとても大切なことなのです。

そもそも国や社会や他人を批判しても今の生活が幸せになることはありません。
それって依存であり、他人軸だからです。

だから、いかに主体的に生きるか?を思えば、コロナ禍においても自分軸ってめちゃくちゃ重要なわけです。

で、そうした自分軸に移行するためにどうしたらいいのか?と言えば、一見、まったく逆方向みたいな作業から始めてみるといいんです。

それは皆様が愛用されている御恨み帳をおもむろに取り出し、そこで自分の内側にたんまりと溜まっている不満や怒りを思い切りぶちまけることです。

だって、感じちゃってるものはしょうがないじゃないですか。

まさに昨夜のことなのですが、私、締め切り間近の本を執筆していたんです。
で、けっこう調子よく文章が浮かび、CAPSULEをBGMにご機嫌に文字を打ち込んでいたんですが、そんなときにやってきたんです。あいつが。

せっかくいいアイデアが浮かび、ウキウキしながら執筆を続けていたのに、です。

そこでそいつを無視しても良かったのですが、せっかくきれいなホテルの部屋におり、また、一応大人としての尊厳も守らなければならないと思い、渋々席を立ってトイレに向かいました。

しかも、そのとき浮かんでいた素晴らしいアイデアのいくつかは水と共に流れて行ってしまったんです。とても悔しい思いをしました。

ついでにやる気もトイレに流してしまったようで、くそーっ!とシャレでもないことを言ってしばらくソファに横になって現実逃避までしてしまいました。

もし、あのとき便意が来なければさらに素晴らしい原稿を皆様にお届けできたかと思うと残念でなりません。

・・・で、何の話でしたっけ?

あ、そうそう、ウンコの話ですね。

この生活の中で前向きに生きようと思っても、引っ越しのストレスや慣れない新しい生活の中で不満や怒りはどうしたって出て来てしまうものです。

だから、それを無視してたらやっぱり体(心)に悪いので、「感じちゃったものは出しちゃいましょう」ということを提案したいのです。

だから、海外旅行に行けないとか、友達と自由に会えないとか、でも、あいつらは夜中まで遊び歩いててムカつく!とか、そんなウンコを思い切り御恨み帳に吐き出しましょう。

そうして「現実」を受け入れていくんです。

ああ、前は部屋からきれいな夜景が見えていたけど、今は月明かりに照らされてる森が見えているのだなあ、ということを受け入れていくのです。

御恨み帳にウンコを吐き出し、そして、今の目の前の景色を受け入れていく、これを繰り返すことで、過去への執着を切り離すこともできます。

そうすると「今」「ここ」に意識が向けられるようになります。

それは「海外旅行の代わりになるもの」を探すのではなく、「今、ここにいるからこそ、できること」を探すことです。

ただ、今まで都会住まいだった人は、田舎の良さを見つけるのにちょっと時間がかかるかもしれません。

手つかずの自然と言えば聞こえはいいけれど、まったく整備されてない森を歩くのはなかなか骨が折れますね。

都会ではあんまり見ない虫に価値を見るのはなかなか抵抗のある人もいるでしょう。

スマホをいじればすぐにウーバーイーツが美味しい食事を届けてくれましたが、今いる場所はそもそもウーバーイーツのサービス提供外だったりします。

そんな中で楽しみを見出すのは少々骨があるかもしれませんが、「ここで生活していくんだ」と肚が括れれば、そこでの楽しみを見出すこともできるようになるでしょう。

「ないもの」に目を向けるのではなく「あるもの」に目を向けるわけです。

でも、これ結局のところ、コロナだからじゃないんですよね。
あらゆる問題の対処方法と全く同じなんです。

旦那が家を出て行った新しい世界や転職先の全く新しい文化、病気になってしまった今の毎日に馴染むのと同じなんです。

ここで無理に前向きになろうとするほど心に足を取られます。
だから、不満や怒りや寂しさや悲しみもちゃんと見つめてあげます。
怖れだって目を逸らせば大きくなりますから、しっかり向き合おうとします。

それは自分を信頼することでもあります。
あなたの心は十分信頼に値するほどの器を持っています。

だから、そうして自分の心と向き合い続けていれば、さほど時間をかけずして今を受け入れることができるもの。

それに抵抗しているのは思考であり、潜在意識です。
デカい器はあるけど、それらが「いやいや、自分の器は小さいです」と思い込ませているのです。

そうして「今、ここ」に意識を向け始めると、与えられた状況の中で喜びを見出し、楽しむこともできるようになります。

それはまた新たな自分の世界や可能性を開拓してくれることになりますね。

つまり、人生の楽しみ方を広げることができるのです。

そして、ついでに自分のそうした感情を受け入れられて、今、ここに生きられるようになると自分軸も確立されているので、他人に影響されなくなります。

私は私、人は人、と思えるようになるのです。

ということで、コロンブスの卵ほどの爆発力はないかもしれませんが、参考にしていたければ幸いです。


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