愛してくれていることは分かるけど、その愛し方じゃない!問題について



ブログや動画、カウンセリングなどで「愛されてたことは分かったけど・・・」という声をよく耳にします。
“実感がない”という場合もあれば、今回のテーマにした“それじゃない感”についてよく伺います。
こうして欲しかったんだけど、それはしてくれなかった、むしろ愛を押し付けられる感じがしてた、みたいな場合もそうですね。
では、どういう風に見て行けば愛が受け取れるようになるのでしょう?

色々とうまく行かなくて自分を見つめて行って、これは親との関係に問題があったということに気づいて、自分なりにあれこれ振り返ったり考えたりしていると「うーん、親からあんまり愛されてないと思ってたけど、意外と愛されてたのかもなあ」なんて気づくことも多いでしょう。

でも、そこで「いやいや、愛してくれてるのは分かるけど、もっとこうして欲しかったんだよ」という不満が出てきて、その不満をずっと感じていたがゆえに「愛されてない」と思っていたことにも気づくかもしれません。

また、パートナーシップでも「ほんとに自分のことを愛してくれてるのか?相手は自分で良いのか?」という疑問や不安を持つこともあるでしょう。

「たぶん、愛してくれているとは思うんだけど・・・確信が持てない」というのも、相手の愛し方が自分のツボに入ってないってことなのかもしれません。

マッサージ師が一生懸命もみほぐそうとしてくれてるのは分かるけど、ツボをちょっと外してるからあんまり効いてる感じがしないんだよ、みたいな感じと似てるかもしれません。

私たちは意識するしないに関わらず「こういう風に愛されたい」という“ツボ”を持っているものです。

みなさんはどんな愛され方がいいですか?

シンプルに言えば愛し方は3種類に分類されると言われています。

1.言葉をかける(聴覚派)
2.スキンシップをする(触覚派)
3.モノを与える(視覚派)

「言葉」は「好きだよ」「愛してる」「一緒にいられてうれしい」「あなたが私たちの子どもでよかった」みたいに声や文字で伝える愛情表現です。

一般的には女性性が豊かでコミュ力が高い人たちが好み、求めることが多いですね。

「スキンシップ」はみんな大好きなはずなのですが、怖れ(警戒心、親密感への怖れ、恥ずかしさなど)が強い人にとっては苦手なもの。

ハグをする、手をつなぐ、腕を組む、頭をなでる、背中をさするなどの行為に愛情を感じます。セックスもそのひとつですが、これはまた別の問題もはらみます。

「モノ」は男性性が強い人がやる手段で、目に見えるもので愛情を示そうとするもの。
プレゼントを渡したり、お金を出してくれたり、高級レストランで食事したりして愛情を示すもの。

この3つが代表的なものですけれど、他にもいろいろあります。

「見守る」何も言わないし、何もしなくて、ただ遠くから見守ってくれている感じの愛情表現。罪悪感や無価値感が強く作用していることも多いですし、シャイで不器用な人がやりやすいものです。分かりにくい愛情の代表格とも言えるでしょう。

「心配する」本当の意味では「心配」は「愛」ではないのですが、愛情表現として使われることも多いものです。時にそれが過干渉・過保護になってしまうこともあります。
愛情のはずなのに鬱陶しがられるんですよね。

「相手に合わせる」相手の望みに合わせる、という愛し方です。だから「黙ってついていく」とか「一緒にいる」という表現になることもあります。

さて、みなさんの周りの人はどんな愛情表現をするのでしょう?

そういうわけで私たちは様々な「愛情を感じるポイント」というものを持っていて、それを無意識に相手に求めるし、無意識に相手に与えているものです。

だから、大いに愛情ってのはすれ違うわけですね。

しかも、それが異性であり、年齢差もあったりするとそのすれ違いは顕著になるものでして、「昭和のお父さんの元で育った平成の女の子」は「父親の愛がさっぱりわからん!」と感じることも多いと思います。

だから、「愛してくれてるのは分かるけど、わたしが欲しい愛し方じゃなかった」という不満を抱えやすくなるのです。

でも、そこをよーーーく見ていくとまた違う現実が見えてくることもあるのです。

例えば、「父上はモノで愛情を示す人じゃ。学費とかお祝いとか何も言わずにお金を出してくれたのは感謝しとるぞ。けど、言葉で愛情を示してくれることもなかったし、スキンシップなんて全く記憶にないのじゃ!わらわは不満なのじゃ!」という姫がいたとしましょう。

みなさんならこの姫になんてツッコミを入れますか?

「え。じゃあ、モノは受け取ってんじゃん。」

つまり、父からの愛情を受け取った上で、ご不満を述べられているのです。

もちろん、いつも「これじゃない感」があるかと思います。

「学費を出してくれたのはありがたいけどさ、『おめでとう。よくやった。』の一言が添えられていてもよくね?」みたいな。

確かにそのご不満もごもっともなわけですが、ちゃんと学費は受け取ってるんですよね。

・・・なんてことを言われると「うぅ・・・むぅ・・・」となってぐぅの音も出ねぇってことで「正論を言う人は嫌い」ってオチになるかと思うのですが、そうなんです。愛情を受け取った上での不満とも言えるのです。

また、「うちのおかん、めっちゃ心配性で過保護なんよ。あたしのことが大事やってことは分かるんやけど、鬱陶しいんよね。ほんま、もうちょっと放っといて欲しいわ」というケースも同様かもしれません。

だから「愛してくれてることは分かってるけど・・・」という風になるのでしょう。

これがパートナーシップとかになると相手からの愛情が自分のツボに効いてないとなると不満になって、はじめは我慢するんだけど、何かのきっかけで爆発して「もっとこういう風に愛情を示してほしいの!!」と相手に詰め寄ることもあるわけです。

あるいは、「欲しい愛情をくれないならもういい!」となって、その愛情を他の人に求めようとすることもとてもよくあるわけです。(これが「夫もいるけど彼氏もいる問題」になったり)

パートナーのことが好きであればあるほど、自分が欲しい愛し方を求めてしまうものです。
こういう風に言われると「まあ、それは難しいか」と頭では納得するんだけど、心は「いやいやいやいやいや、でも欲しいもんは欲しいんじゃ!」と言い始めるでしょう。

つまり、この愛情のすれ違い問題というのは「自分の思い通りに愛してほしい」という欲求(ニーズ)の問題であり、つまりは「相手をコントロールしたい」という欲求(ニーズ)でもあるわけです。

まあ、それくらい私たちの「欲」というのは強いものなのです。

だから、「そんな風に思うわたしはすごくわがままな女だ」とか「ほんとに自分は欲深い奴だ」なんて決めつける必要はありません。

10与えられれば20欲しくなり、20与えられれば100欲しくなるってのが私たちですから。

とはいえ、その「欲」というのに目を向けてみれば、隠れた依存心だの、無価値感だの、罪悪感だの、孤独感だの、競争心だの、いろいろな問題が隠れていることも見えてくるのです。

「愛してくれてるのは分かるけど、その愛し方じゃない!」という不満が出てくるのはなぜかと言えば、やっぱ自信がないんです。

愛されている自信がないんです。

だから、もっと分かりやすく!もっとストレートに!もっと強く!愛を示してくれ!という欲求が生まれるのです。

10愛されても足りないし、100愛されても足りないのは、ちゃんと愛を受け取れてないからなんです。

しかも、自信がないから10はもちろん100でも足りないと思っちゃいます。
「確信を持たせてくれ!」ということで、その欲求(ニーズ)はどんどん膨らんでいくんです。

「わたしを絶対に愛していると思わせてくれ」という欲なのです。

ほんとに愛してくれてるの?という疑いや不信感があり、愛を受け取ったら奴隷にならなきゃいけないような罪悪感があり、愛された分だけお返しをしなきゃいけないような気になる無価値感もあり、周りの人たち(きょうだい、過去の恋人たち、友人たち)との比較競争があり、相手から与えられた100の愛情を20しか受け取れないから「不満」になるのです。

もちろん、与える側にも問題があるわけで、100与えようと思って100与えられる人なんていなくて、それこそ罪悪感や無価値感や比較競争や不安や怖れや孤独感などから、100与えたいんだけど実際は70しか与えられないってことがふつうです。

そういうわけで愛のやり取りというのはなかなか素直にできないものなんです。

だから、与えられた愛を、仮にそれが100与えてるつもりの70であったとしても、できるだけ素直にハートを開いて受け取れるようになれば、相手の愛し方に不満を感じることはなくなっていきます。

でも、自信がなくてハートを開くのが怖いから、もっと受け取りやすい愛を!このわたしが受け取れるほどの強い愛を!示してくれー!!!と思うのです。

それくらいストライクゾーンが狭くなっている、とも言えます。

だから、この問題は相手の問題じゃなくて、やっぱり自分自身の問題なんです。

「与えられた愛を十分に受け取れない自分の問題」であり、「相手に対してハートを開いて受け取ることができない自分の問題」なのです。

「愛される自信がない」から、相手の愛し方に不満を感じ、「もっと確信が持てるくらい愛情をくれ!」と相手に要求してしまうし、テストしてしまうわけでして、じゃあ、なんでそんなに愛される自信がないの?という問題になっていきます。

それはやっぱり「投影」なんです。

「自分の愛に自信がない」という思いの投影。

そこには「自分の愛を受け取ってもらえなかった」という強い痛みが残っていることが多いのです。

目いっぱい愛したのに、その愛を受け取ってもらえなければ、私たちはものすごく傷つき、自分の愛に自信を失ってしまいます。

自分の愛に価値を感じなくなり(無価値感)、自分の愛に無力さを感じ(罪悪感)てしまうのです。

* * *

でも、精いっぱい愛したでしょう?
できる限り、本気で、愛したでしょう?

それが相手に受け取ってもらえなかった、相手に届かなかった、と感じてしまったのだけど、でも、相手にも事情があるんだよね。

受け取れない事情を相手も持ってるんだよね。

だから、あなたの愛を受け取れなかっただけ。

それにまだ幼くて愛し方もよく分からなかったよね。

ただただストレートに愛をぶつけることしかできなかったよね。
助けたいと思ったけどどう助けていいか分からなかったよね。

だから自分の愛に自信が持てなくなっちゃったんだ。

子どもの頃はそれが分からなかったけど、大人になった今は分かるんじゃないかな?

逆に、大人にならなきゃ、その仕組みは理解できないよね。

自分は精いっぱい愛した。
それは事実だし、何も間違ってない。

けど、自分も十分それを表現できなかったし、相手も相手の事情があって十分受け取れなかった、ただそれだけなんだよ。

だから、堂々と自分の愛に自信を持っていいんだ。

* * *

まとめましょう。

「愛されてるのは分かるんだけど、その愛し方じゃない!」と感じるのは、自分が相手の愛を受け取れていないから。

どうして相手の愛を受け取れないかというと、愛される自信がないから。

愛される自信がないのは、愛する自信がないから。(投影の法則)

愛する自信がないのは、自分の精いっぱいの愛を受け取ってもらえなかった、という心の傷があるから。

だから、その心の傷を癒しましょう!

その傷の癒し方の一つが「誤解を解く」ということ。
相手にも事情があって受け取れなかった、ということを知ることだし、自分も幼くて愛し方が分からなかった、ということ。
だから誰も悪くない、ということを受け入れること。

自分の愛に自信が持つことができれば、相手の愛し方に不満を持つこともなくなるんですよ。

それもまた「投影」されるので、相手の愛に自信が持てるようになりますし、相手なりの愛情も受け取れるようになっていくのです。

とはいえ、自分の愛は今も十分に価値があり、十分な力もあるんですけどね。自分がそう認められないだけで。

どうしたら自分の自信に愛が持てるか?

そうした罪悪感、無価値感などを手放していく、愛を受け取ってもらえなかった痛みを癒していく、というのが王道です。

でも、自分が大切にしているものに意識を向けてみれば感覚はつかめるんじゃないでしょうか?

お子さんがいらっしゃる方なら、自分の子どもへの愛に自信を感じられる方は多いでしょう。

推しへの愛はほんものですよね?

そして、猫とか犬とかの動物、または植物に対しても素直に愛を感じられると思いますし、服が好きならば服への愛というのを意識してもいいでしょう。

そんな風に自分の中に今ある愛に意識をすると、自分の愛に自信も持ちやすくなるでしょう。

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