病気が教えてくれること~マッチくんを敵にしていませんか?


マッチって誰やねん!と思った方は例によって長文な私の文章を読むと分かります(笑)
病気や体の不調はいろいろなメッセージを届けてくれます。
ネガティブに受け取ってしまいがちですが、人に会うことでいろいろなことを学ぶ機会になりますね。

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いつもブログを拝読しています。
ふとブログを覗くと、自分にとってタイムリーな記事がある事が多く、ヒントを頂いています、ありがとうございます!

私は今持病(関節リウマチ)の治療中です。元々5年程前に偶然検査で見つかり投薬を続けてきましたが、今年に入り悪化してきています。
痛みもあるので鎮痛剤も時折服用しています。そして、ふと、なんでこんなに痛みが有るんだろう?と。私の身体は何を訴えているのだろうと考えてしまいます。

リウマチは免疫疾患で、自分で自分に攻撃する病気です。カラダが元気になるアファメーションも唱えていますが、時折疾患利得も湧いたりします。(病気だった方が仕事も休みやすい、人に大切に扱って貰えるなど) これまで薬が病気を治してくれると他力本願だったのも事実です(風邪などと同じで軽く考えていたんですね。アレルギー持ちもあり、薬を飲む事に抵抗が無いんです)

病気になって、ゆっくり生活することの大事さや、母が膝が痛いと言っていたのはこういうことか、とわかったこともあります。

長期治療において、自分の無意識が何を訴えているかを探る良い方法や気の持ち方が有りましたら、アドバイス頂けましたら幸いです。
(Hさん)
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リウマチは昔からよくある病気ですが、ほんとなった人にしかわからない辛さ、痛みがありますよね。
そして、Hさんも書いてくださってますが、やはりもともと自己攻撃が激しい人がそれを教えてくれるためになる病気でもあるようです。

要するに、自分にもっと優しくしなさいよ、というメッセージですよね。
自分を甘やかしてますか?
自分の体・心の声を聴いてますか?
疾患利得にラッキー!って素直に喜べますか?

まあ、確かに利得があると、それを得るために病気になる、という見方もできますから(休みたいけど休めない人にとって病気になるのが一番“大義名分”になるでしょう?)、「仕事を休む」「人に大切に扱ってもらう」などがHさんの心の声とも言えそうです。

あまり人に頼るの上手じゃないでしょ?
病気という手段を使うと、人に物事を頼みやすくなりません?
これもまた病気になる一つの意味ですね。

自分に厳しい、とか、自己攻撃が激しい、とか言われても、子どもの頃から当たり前にやってきて、そして、他人と比べようもないし、さらには、癖になってるからもう自己攻撃してるかどうかも分からないし、って思いませんか?

「自分に優しくする」が「自分を甘やかす」という風に見えたり、「どこまでが優しさでどこからが甘えなのかがわからない」なんて思ったりしませんか?

だから、お勧めなのはリウマチの体のままいろんな人に会うことなんです。

もちろん、人に会うリスクもあります。
すごく厳しい人がいて「そんな甘えててはいかん!」と説教されることもあるし、どうしても怠けてる、甘えてる、依存してる、頼りすぎな人ばかりが目に付くこともあります。さらには頑張る教の熱心な信者と出会ってしまうこともあります。

しかし、「そういう風に考えてもいいんだ」「そんな生き方もあるんだ」「ああいう風に自分に接してあげられたらいいな」「人ってみんな優しいんだな」「日本に生まれてよかったな」「ここなら安心できるな」「この人の目はすごくいい目だな」などの経験を与えてくれるのも人に会うからこそ、です。

パーティなどよりも講演会やセミナーに行くのは比較的安全な手段でしょう。
自然療法など様々な治療法を探して全国を渡り歩くのもいいでしょう。

うちの奥さんが病気の時、ある鍼灸の先生から「絶対治りますからね~。大丈夫ですよ~。」って毎回言われて涙してました。その先生は今は命の恩人です。そんな恩人が今は何人もいるんです。それもいろんな人に会いに行ったから、ですね。

ただ、自分に厳しかったり、自己攻撃が激しい人は、厳しく攻撃してくる人を引き寄せやすく、かつ、人の言葉をそういう風に受け取りがちです。
しかも、長年自己攻撃に親しんでいると「自分に厳しくする言葉」が意外と心地よく響くこともあるんです。
すなわち、「頑張り屋さんな人がへばってるときには休め!ていうよりももっと頑張れ!ていう方が喜ばれる」みたいなものですね。

なかなか心の声を聴くのも難しいわけです(笑)

でも、そこで大事なのは「自分の感覚を信じること」であり、「自分の感覚に素直になること」なんです。

正解なんてないわけですし、何がゴールかも分かりません。
「過去」はもう通り過ぎているわけですし、「未来」はまだありません。
あるのはただ「今」だけです。

病気は「今」を生きさせてくれるためにあるんじゃないの?って思うんですね。
でも、それは病気にならなくても同じなんです。

「今の自分の感覚を信じる」ということにこだわりたいですね。
自分が疲れたな、と感じたら、それは疲れたということ。
自分が痛い、と感じたら、それは痛いということ。
自分が眠い、と感じたら、それは眠いということ。

当たり前だけど、ついつい私たちは自分の感覚よりも「どうあるべきか?」という思考の方を優先させてしまうものです。

だから、普段から自分の感覚を頼りに生きることをHさんは学ぶ時期なのかな、と思うのです。

セミナー中に体が痛くなるとするでしょう?
そしたら、素直に「痛い」って表現するんですね。
退出したい、後ろで休みたい、などを素直に言ってみるんですね。
そのとき人の優しさを思い切り受け取れるかもしれません。

ある治療を受けてるときにその先生の言葉に涙があふれてきたとするでしょう?
そしたら、そのまま涙を流すままにしていると、体の喜ぶ声を聴くことができるでしょう。

少なくても「楽」な法を選んでいきなさい、とそのリウマチくんは教えてくれると思いますよ

てんつくマンは「ガンって言うとガーンてなるから、これからはガンをポンて呼ぼう!」って言ってました。

リウマチくんに名前を付けるのもおすすめですよ。
龍くんとかにすると強そうだから、マッチとでも呼びましょうか?(笑)

「最近、マッチが大人しくて助かってるの~」って感じで。

同じくお世話になった先生は「病気は治っても治らなくてもいいんですよ。それで幸せかどうかが決まるわけではないですから。病気を攻撃するんじゃなくて、仲良くするってのがいいと思います。」って教えてくれました。

だからHさんはマッチくんを否定、攻撃するのではなく、仲良く共存していくことを考えてもいいんです。「お前なんてサイテーだ!ひどい奴だ!どっか行け!」ってつい思っちゃうでしょ?
「マッチくんと出会えて最高だよ!」って言えるようになりたいですよね。
抵抗ありますか?

逆に言えば、どんなできごとが起きれば「マッチと出会えて本当に良かった!!!!!」って思えるでしょう?
それがマッチくんとの出会いの意味かもしれません。

問題解決セミナーとかリトリートセミナーでやってるロールプレイという手法では、よく病気を人に見立てて「愛する」というセッションを作ります。
マッチくん役の人を選んでもらって、その人に愛を贈るってことをするんです。
それだけでも、潜在意識にあるその感覚が書き換わって病気が「敵」ではなく「愛の対象」に変わります。

病気の意味って「人生、本気で生きなさい」ってメッセージでもあると思っています。
Hさんがほんとうにしたいこと、って何なのでしょう?
それが実現されたとき、マッチくんとの出会いに心から感謝できるようになると思います。

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