好きに生きてきた・・・?



少しマニアックなテーマかもしれませんが、意外と多いケースなので纏めてみたいと思いました。

カウンセリングで、たとえば「もっと自由になっていいんですよ」とか「もっと好きなことしてもいいと思いますよ」という提案をさせてもらったときに、

「けっこう好きに生きてきたと思うんですけどね」

「わがままにやってきたつもりなんですが」

「人からは自由人てよく言われるんです」

という気持ちになる方、いらっしゃいませんか?


カウンセリングって人生を振り返る機会にもなるんですね。
それで過去を思い返してみてふと感じます。

「親から束縛されるわけでもなく、受験競争に巻き込まれてきたわけではなく、とりわけて何ら苦労はしている自覚もなく、また、友達にもそれなりに恵まれていて、仕事や結婚生活だって順調に来ていたし・・・」

「じゃあ、結構、自由に、好きに生きてきたじゃないか」

これは論理的な結論なんですよね。

「親が離婚しているわけでもなく、暴力をふるったわけでもなく、だから、私は親子関係で何か問題があったとは思っていませんでした。」

という話もよく伺います。これも同じく論理的結論なんですね。

「問題がある=両親が不仲。アル中。お金がない。トラブルばかり。いじめ。」

という定義づけがあって、それ以外は「問題がない」という認識になってしまうのかもしれません。

でも、それってあくまで客観的に見た問題なんですよね。

逆に、上の定義に当てはまる方でも、むしろ「逆境に打ち勝ってきた」タイプの人もいます。

だから、何が問題かってのは、客観性は不必要だと思うんですよね。
「私がそう思えばそう」という風に。

たとえば、裕福な家庭で育ち、お金のことに何不自由なく生きてきた方で、「家庭的な温かさにずっと憧れていた」という方にもよくお会いします。
その方にとっては、豊かな生活は必ずしも「血の通った生活」ではなかったんですね。

もちろん、その逆のケースだって存在します。

要は「私が何を感じているか?」なのです。

でも、そこに論理的な視点が入ってしまうと「恵まれていると思うんですけど・・・全然幸せを感じられないんです」という“自己嫌悪”が生まれてしまうんです。

周りの人が羨む環境にいても、不満なものは不満。不幸せは不幸せ。
それを受け入れると、なんとかしよう!ってモチベーションがむくむく上がってきます。
もちろん、その前に「怖れ」の大群が押し寄せるかもしれませんけどね。

「主観」をもっと大切にしてみてもいいんじゃないかな、と思うんです。

人にどう思われるかを気にするよりも、「私はこう思う」というところはきちんと持ちたいですよね。

そういうわけで、今の私が取り組む課題は「休みたいときに休む」です(笑)
つい、頭で考えて仕事を入れたりしてしまうので、それはやめよう、と。
それでほんとにどうにかなるの?という最もな疑問をお持ちの方(私も含めて!)に「なんとかなりました」という報告をするように、全面的に委ねてみようと思っています。

さて、みなさんは今、どう思っていますか?

その素直な気持ちを受け入れた上で、「どうするか?」を選択したらいいと思うんです。

「今の状況は幸せじゃない!でも、すぐには変えられない!」としても、それを受け入れることができた分だけ、その幸せじゃない状況は改善していきます。

なぜかというと、自分を認めてあげられるからです。
「偉いな。この状況に居続ける俺って」という風に。

私は昔、安定した大企業でサラリーマンをしていました。
流れの激しいIT系の会社でしたが、財閥系のため収益だって安定していたんです。
社内でもとても評価をしてもらっていましたし、そのままいれば、それなりの人生になったと思うんです。
でも、全然幸せじゃかったんですよね。
いい人に恵まれていて、仕事にも恵まれてたのですが、自分には合いませんでした。
で、結果的にさらに浮沈が激しい今の仕事に身を投じたわけです。

会社を辞めるとき、だれの目にも私は「若干、浮いた存在」だったようなので、その後、離職する際には、ほぼ全員が「やっぱりね」という反応だったんです。

案外、自分以外の周りの人はちゃんと分かってくれてるんだな、とも思いました。

でも、不思議なことに「流れがさらに激しい」今の仕事にも、マンネリや退屈の波は否応なく襲い掛かります。
自分をよほど刺激を求めるタイプなのか?と思うくらいです。
それで、いろいろな新しいチャレンジをし続けざるを得なくなります(苦笑)

人からよく言われるんです。「これだけ人を集める講座をされてるんだから、いつもこのテーマでやればいいのでは?」と。
でも、なかなかそれができないんですよね。
飽き性なのか、常に新しいテーマを追い求めてしまうんです。
もちろん、もっと深めたいテーマの場合は繰り返し扱いたいと思いますが。

それでもまだまだ自分に素直に正直に生きてるとは感じられてないので、今回書いたテーマも、まさに自分のためのものなんだな、それを偉そうに書いてしまったな、と読み返して恥じ入るのです。

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