「停滞」にも人それぞれ感覚があろうかと思います。
気分が落ち込み気味で、低空飛行な感じのとき、
状況があまり好転せず、あまりよくない状態が続いているとき、
頑張ってるんだけど空回りしているのか、結果が付いてきていないとき、
思い通りにことが進まずに、やきもきしてるとき、等々。
多分、時期を待つ時なのかなあ、と思うのです。
私は、プロセスの流れ、をとても大切にする方で、だから「停滞気味」というお話を伺うときも、何らかの流れでそうなってることが多いのかな、と思ったりするんです。
マインド的には、流れをせき止めている何かがあると思います。
でも、それは意識的にコントロールできないものであることも多いので、何かがあると思っても、手を出せない、すなわち、何もできないんです。
だから、時期を待つ、と言う言い方になるんですけどね。
それじゃあ、あまりに他力本願だ、という方には、じゃあ、そのせき止めている何かを手放しましょう、取り外しましょう、という方向でアプローチします。
でも、それにしても、やはり頭を使うんじゃないんです。
正直、「直感」に、「感覚」に頼るほうがいいと思うんですね。
それは難しいですけれど。
だから「うまく行くときには、勝手にうまく行く、そう思ってみてはいかがでしょうか?」・・・なんて提案します。
「今は神様が休めって言ってるんですよ」
「きっと今は、ただ流れに身を任せる時期なんでしょう」
という話をしながら。
抜け出してみると、理由が分かることも少なくありません。
でも、それまではなかなか分からないもの。
だから、、、、、自分を信じて待つしかないのかなあ、と思うわけです。
私自身が「停滞気味だな」と感じるときは、思い切り他力本願です(笑)
自分では何もできねえ、と思うので、極端に言えば「神様、お願い!あとは、よろしく!」なんて思うようにしています。
停滞していることにもちゃんとした意味がある、と思うのです。
前向きな表現をすれば、停滞することで、自分が学ぼうとしているものがある、と思うんです。
悪あがきをせず、でんと構えていたい、と常々思っているのです。難しいけれど。