傷つくことを“された”としても、それは自分の心の問題だから相手に怒ってはいけない、と思うと辛いです。


心の在り方を学ぶと往々にしていい子ちゃんになり、それが正解だと思い、そういう風にできない自分を責めたくなります。
でも、よくよく観察してみればもともと自分の中に自己嫌悪が渦巻いてはいませんか?

***
投影について質問があります。
喜びも怒りもすべて投影とのお話を受け、それから、何か傷つくことを“された”としても、それは全部自分の心の問題だから、相手に怒ってはいけないのではないかと思うようになってしまいました。
この態度が気になるのも、この言葉が気になるのも、全部投影って思うと結構辛いですね。
早く、「おう!私さんからのメッセージね♪」くらいに思えるようになりたいです。
(Mさん)
***

Mさん、いい人なのかな。人に気を使ったり、人にメイワクかけちゃいけないと思ったり、我慢したりすることって多くないでしょうか?
あと、元々怒るのって苦手な方ではありませんか?
すなわち、結構、自分に厳しい方ではないでしょうか?(自己嫌悪が強かったり)

でも、ちゃんと理解されてますよね。素晴らしいです。
上級編の質問なんです。これ。
そして、投影を理解していくと、必ずと言っていいほどこの壁にぶつかるんです。

さて、このテーマを「投影」として見ていくには少しステップアップが必要なので、まずは、「全部自分の心の問題」というところと「怒り」についての部分から触れていきたいと思います。

>何か傷つくことを“された”としても、それは全部自分の心の問題だから、相手に怒ってはいけないのではないかと思うようになってしまいました。

そう、そう思っちゃうんです。
それが普通なんです。

でも、初めてのチャレンジで料理をうまく作る、とか、初めて行く土地を地図も見ずにサクサク歩く、くらいの話なんです、これ。

つまり、急にはうまくできないってことですね。

まず「傷つくことをされたとしてもすべて自分の心の問題」っていうところで多くの方は引っかかると思います。
「嘘つかれてもそれって自分のせいなの?」
「浮気されてすごく傷ついたのに相手は悪くないの?」
「あんなにひどいこと言われたのに自分の心の問題なの?」
と思うのが普通だからです。

もちろん、すべてYesなんですけど、Mさんはこの点は腑に落ちてますか?納得されましたか?

「えーっ!そんなことないよ!!相手が悪いんでしょ?」って思ってもいいんです。
はじめはそこからですから。

それを無理やり「すごく誠実で真面目でしっかりしていてきちんとしている優しくて立派な心理学の先生がそうおっしゃってるんだから、きっとそうに違いない!だからそれを受け入れなきゃダメなんだ!」と思うと苦しいです。

そうすると結論だけ取って「怒っちゃいけない」って思うんです。
これは相当苦しいです。

心理学とか自己啓発とか心の在り方を学ぶとここに問題が出てくるんです。

先生とか周りの人がやっていること、言っていることが「真実、正解、理想形」で、それができない私はダメなんだと思っちゃうんです。

でも、この理想形を求めるとか、答えに忠実にならねばってMさんのパターンにありませんか?
いい人ですよね?というのはこの部分なんですね。

わからんものは分からんでいいんです。
この間のセミナーでも「頭で理解するのは大変なので、感覚的に、ふーん、そういうものかー、って思っておくくらいでちょうどいいですよ」ってお伝えしたかと思うんですね。
ちゃんと理解しよう、ちゃんと使えるようになろう、と思うと大変です。
こうした葛藤をずっと持ち続け、できればこうして質問してくださって理解を深めていって、そして分かるようになる、と思って下さいね。

焦ってしまいますけど、気長に参りましょう。

あちこちで言ってますけど、投影なんて私、理解して人に伝えられるようになるのに3,4年かかりました(笑)

「は?何それ?どういうこと?」から始まり、「分からん、難しい、そんなんありえへん」に行き、「あれ?もしかしてそういうこと?でもよう説明せんわ」というところから、「なるほど、こういうことか。ふむふむ」に変わっていきました。

さて、話を戻しましょう。

>何か傷つくことを“された”としても、それは全部自分の心の問題だ

ということが腑に落ちて理解できるとどうなるか?というと怒りなんて出て来なくなるんです。
「怒っちゃいけない」じゃなくて「怒りが出て来ない」んですね。

この間の講座ではお話したかどうか覚えてないのですが「感情は結果」なんですね。
感情と天気は一緒ってよくお話します。
コントロールできるものではないのです。
だから、「怒らないようにする」というのは「雨が降らないように祈る」程度のものなのです。

この話はしましたよね?
「とても誠実で穏やかで優しくて紳士的で悟りを開いた根本君がある日、電車に乗りました。ところがドアが閉まった直後に猛烈な便意が彼に襲い掛かります。しかも、昨今の不摂生がたたってかなり水分多めな気配。さらに運の悪いことに乗った電車は急行で次の駅まで15分はかかります。
その間、悶絶しつつ、人間として、大人としての矜持をギリギリのところで保ちながら根本君はその地獄のような15分をよく耐え抜きました。
そして、ドアの真ん前に立ち、記憶が遠のくほどの脂汗を浮かべた根本君はドアが開いた瞬間、肛門括約筋を引き締めながらトイレまでダッシュします。
そのとき、目の前に杖をついたおばあさんがよろよろと歩いていらっしゃるのが目に留まります。
普段であれば当然、優しくそのそばを通り抜けるのですが・・・この日ばかりは・・猛烈な怒りと共にドケドケーっと突き飛ばさん勢いで駆け抜けていくのでした。」

(なお、こんな話を書いていたら本当に便意が襲ってきたのですが幸い自宅におりますゆえ紳士的に済ませて参りました。)

まあ、何が言いたいか?っていうと、どんな紳士でもその人の状態によっては怒りも感じるし、便意も感じるし、紳士的行動ばかりとれないよってことです。

感情は結果、なんですね。
だから、どんなに晴天を願っていても雨が降ったら傘を差して出かけるように、怒りや悲しみの感情も出てきたらそれを受け入れるほかないのです。

だから「怒っちゃいけない」とか「悲しんじゃいけない」というのは感情を抑圧するための“呪文”なんです。

「むかつくんだからしゃあない」「悲しいものは悲しい」でOKなんです。

Mさんにとってはまずはそれを許してあげてください。
怒りを感じたら怒髪天のように怒り狂ってもいいんです。

感情って感じて始めて解放されます。(これも講座でお話ししたかと思います)
だから、怒りを抑圧したらその怒りはずっと心の中に留まっちゃうんですね。
怒りを感じたらそれを認めて感じてあげる、「あたし、むかついてるねん!」って素直になる、ことが大事です。

>何か傷つくことを“された”としても、それは全部自分の心の問題だ

これについてはどうでしょう?
私のブログでよくこうした話を書いてますので何となくは理解できるでしょうか?

そもそも「傷つく」というのは、自分の意志なんです。潜在意識の。
もし、あなたが「自分は太っている」と自分を責めているのであれば、相手の「太ったんじゃない?」て言葉に傷つきます。
でも、もしあなたが「ぽっちゃりしてる方が安心感があるからいい」と自分を責めていないのであれば、相手に同じことを言われても傷つきません。

もし、あなたが仕事でミスをして上司に怒られたとしましょう。
でも、今日は大好きな彼との待ちに待ったデートなんです。しかも、素敵なホテルを予約してくれていてお泊り確定なんです!着替えも持ってきてるし、メイク落としだって完備してるんです!
そんな時に凹むことができるでしょうか?
「はい、申し訳ありません!」と謝りながらも案外平気なんです。

ところがその日の午後、彼から突然「ごめん。ほんとにごめん。取引先から呼び出されて今から出るから今日会えなくなりそう」ってメールが来ました。
がーん、がーん、がーん。もう、世界なんてこの瞬間に終わればいいのに、と思った直後、また上司から呼び出されてミスを指摘されます。
そのとき、どれくらい凹むか想像できますか?

傷つく、とか、傷つかない、とか、実は自分次第なんです。(←衝撃の事実)

あなたが料理に自信があれば「ちょっと塩辛くない?」って指摘されても「ごめーん、ちょっと分量間違えちゃった?作り直そうか」って言えます。傷つきません。
でも、あなたが料理に自信がなければその指摘に凹んでしまいます。

あなたが自己嫌悪が強ければ、彼氏のそっけない態度に「自分のせい?」って思いますが、あなたに自信があれば「どうしたの?仕事でなんかあった?」って聞けます。

状況や物事や相手の態度によって傷ついたり、傷つかなかったりするのではなく、自分の状態によってのみ傷ついたり、傷つかなかったりするんです。

だから、「傷つくことをされたとしても、それは全部自分の心の問題」なのです。
それを感じているのは自分だからです。

そうすると私がよく書いてますけど、すべては自作自演なんですね。

>この態度が気になるのも、この言葉が気になるのも、全部投影って思うと結構辛いですね。

そうなんです。
そう思っちゃうんですけど、なんとなく分かってきました?

それはMさんの中にそもそも自己嫌悪、自己否定、いい子ちゃん的な要素があって、それゆえに「相手の態度をいつも気にしている」「相手の言葉を慎重に吟味してる」から「辛い」って思うんです。

だから、Mさんにとっては
◎自己肯定感を上げる
◎自分に自信を付ける
◎自分をもっと好きになる

というテーマがやはりふさわしいと思うのです。
いかがでしょうか?

さて、最後に投影の話をしましょう。とても混乱すると思いますので、深く考えないようにしてくださいね。

そもそも「この態度が気になる」が投影ってあまりピンと来ないと思います。
(気になる、がどういう感情なのかはケースバイケースですね)

例えば「目の前の人がそっけない態度を取っている」が気になるとしましょう。
そこに何を投影しているのでしょう?

投影とはそもそも自分の心の中にある感情・感覚などを相手に映し出すことを言います。

目の前に見えている世界はすべて投影です。
それが証拠に、そっけない態度を取っている人に対して感じ方は人それぞれです。

ある人からすれば「なあに、照れてるの?」って見えます。
その人の中に「そっけない態度を取るときは恥ずかしい時だ」って思いがあり、それをその人の態度に投影するからです。

また別の人にとっては「そっけない態度を取るときは興味がないときだ」って思いがあれば、それをその人に投影し、「え?興味ない?この話?」って思います。

さらに別の人は「そっけない態度を取るときは怒ってる時だ」って思っていれば、それを投影するので「どうしたの?怒ってるの?」って思います。

またさらに別の人は「そっけない態度を取るときは私のことを好きなのにそれを出せないときだ」って思っていれば、「何?私のこと好きなの?」って思います。

だから、相手の態度は「ただ自分の心の中の様子を教えてくれるもの」なのです。

長々と論じていましたがぐちゃくちゃになりますよね~?
理解を深めたい方は。このページを印刷して、一行一行吟味してみてください。
これは分かる、これは分からない、これってどういうこと?みたいに。

そうすることでより理解が深まることでしょう。

ちょっと今、目を上げて周りを見てください。
そこに見えるものはすべてあなたの心の中の風景です。
あなたはどんな世界に住んでいるのでしょうか?
自分を愛することで、世界は変わります。
だから、自分の心が平和になればなるほど、世界は平和になるのです。

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