10/14(日)銀座TABEEC倶楽部主催「心理カウンセラー根本裕幸先生の自分の心を愛する方法&体験型ランチ」

前回は暗闇ディナーでした。暗闇の中でフレンチのフルコースを頂くことで視覚障碍者の方の体験をすると同時に、視覚がなくなることで鋭敏になるその他の感覚について学ぶ機会でした。

その時のレポートはこちらです。
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/25009

今回は日本料理。
「高齢者疑似体験」ができます。

ゴーグルや腕に重りをつけて、日本料理を頂きます。
年配の体の状態を疑似体験して、年配の方への配慮の気持ちを育んだり、健康に気をつけたり、気づきの時間になることが狙いです。

前回、視覚障碍者の方と似た体験をほんの少ししただけで、彼らの気持ちがほんの少し理解できるようになりました。
街で彼らを見かけることが増えたのも、きっと意識がそこに向いたんだと思います。
つい「お手伝いしましょうか?」ってできるだけ静かな声で話しかけてしまう私もいます。(あるホテルでエレベータまで案内させていただきました)

今度は高齢者の体験ができるそうです。これは自分自身にも起こりうることですから、貴重な経験になりそうで楽しみです。
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私は父を許せているのでしょうか?

愛と感謝を感じるのであれば許せていると思っていいのです。
それだけ大きなチャレンジをされた自分を誇ってください。
でもまだプロセスは続きます。大切な宿題が残っているのです。

根本先生

こんにちは。
いつもブログや書籍などでお世話になっています。
今年は自己肯定感をあげる1年にするぞ、と決めて早5ヶ月目。
「私は罪を償いました」「人は人、自分は自分」などのアファメーションを進め、私は私の味方でいることを意識した日々をおくっていました。

その中で仕事やプライベートを少しでもラクに生きたくて、10年近く会わず、連絡も無視してきた大嫌いな父を許したいと思うようになりました。
ワークを進め、父に「ありがとう」も言えたけれど、今の状態が「許せている」のかわからないのです。

父に感謝を伝えられたのは、父が危篤状態になったときでした。
駆けつけた時には既に昏睡状態で、数日が山だと。
久しぶりに会った兄弟姉妹と病院に泊まり込み、泣きながら何時間も父の話、家族の話をしました。

父を許せなくなった原因のエピソードが、行き違いだったこと。
父はずっと私に対して罪悪感と後悔を抱き、必死に働くことで家族を守ってきてくれたこと。
私が家族を捨てたことを、父は恨みも憎みもせず、受けとめてくれていたこと。
けれど諦めきれず、住所を教えなかった私の家の最寄り駅までわざわざ来ていたこと。
私も父と同じように時々実家の近くを通ったり、優等生であることで「自慢の娘」であろうとしてきたこと――驚くほど、父と私は似ていました。

棺を閉じる直前まで父の手を握り、体をさすって「ごめんなさい」「ありがとう」「大好き」を伝え続けました。冷たくなった父も骨になった父にも愛情と感謝を感じました。

父の死をまだ受けいれられていないから「許した」を感じられていないのかもしれません(私は受けいれたつもりなのですが)。
そもそも許すとは何だったのか。父の命を代償にしなければ、私は父を許せなかったのか。もしも許せているなら、どうなるのか。

長文になってしまってすみません。
もしよければいつか、「許すとどうなるのか」を記事にしてもらえたら嬉しいです(既に書かれていたら、見つけられなくてすみません)。
(Yさん)

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みさほさんへ。自分の気持ちに素直になれることが甘え上手になり、脱自立系の秘訣ではないことかと思うのです。

みさほさんへ。

みさほさんの優しさの理由が分かって納得しました。

それにしても相変わらず頷くお話ばかりありがとうございます。
ああ、時々、ええ!?って思うところもあって。

実はフェラチオをやりたくないと思ってらっしゃるなんて!!
でも、逆にだからFテク講座ができるのでしょうね。

苦手なところにこそ、可能性や才能が隠れてるのはどのジャンルでも同じ。
苦手だからこそ学ぶし、お客さんの気持ちが分かるし、教え方も上手です。

苦労せずにできてしまうことって人には教えられないものですよね。
苦労したからこそ、それがネタになるんだろうと思います。
でも、そこまでして苦手を克服したいって思いの裏には豊かな愛情があるのでしょう。
だから、できることだと思うのです。

私も苦手なことがありました。
「女性心理」と「恋愛」。

初めてちゃんと付き合った女の子と別れて、その原因が女心が全然分かってなかったんだ、と気付いてから、自分なりにあれこれ勉強したんです。
本も読みましたよ。
あ、でも、心理の本じゃなく、女性がお勧めしてくれた女性が書いた小説を読み漁ったんです。
映画も、その当時はよく見ました。やはり女性がお勧めしてくれた映画を。

それだけ頑張れたのはやっぱり根が女好きだからですかね(笑)
そのお陰で女心を研究しまくった結果、「女心なんて分かるわけがない」という結論を導き出しました(笑)
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人をイラッとさせることが多い息子をどうサポートしてあげたらいいでしょう?

その子の個性を肯定してあげたいですよね。
かつ、その子がその子らしい生き方を見つけられるようにしてあげたいですよね。
そのためにどうしたらいいのかを考えてみました。

根本先生、こんにちは。Mと申します。

いつもメルマガとブログ拝見させて頂いてます。根本先生に背中を押され、ライフワークを生きようと、先日事務の仕事を辞めて未来に向かって歩き出しました!!まだ見つけてませんが(笑)

今日は、私のことではなく、中2の息子のことでどうしたらいいのか分からずメールさせて頂きました。

息子は人が好きで人と関わっていたいタイプなのですが、ちょっとウザいというか、ちょっと面倒臭い、独特な雰囲気を持った子です。

今まで深刻な虐めにあったことはないのですが、軽く仲間はずれにされたり、無視されたりしてるみたいです。
学校だけでなく塾でもからかわれるようなターゲットになったり、塾の先生にもキツく当たられたり…。どこに行ってもそういうことがあるので、ちょっと人をイラっとさせるような性質を持っているのだと思います。

小さいころから私自信も育てにくいと感じていて、息子の行動や言動にイラっとして息子に強く当たってしまうことも多々ありました。

小学校の時にアスペルガーなのかもしれないと思って学校に相談したこともありましたが、様子をみましょう的な感じで今現在です。
今はアスペルガーの要素はあるけど普通の子なんだと思っています。

息子は普段はとても穏やかで優しくとてもいい子です。
でも、どこか人をイラつかせるんですよね。
でも、心の優しいいい子なんです。本当にステキな子なんです。
でも、やっぱり私もなんとも言えないイライラを感じてしまって…友達もそうなのかもしれません。
でも、何度も言いますが本当に本当に根は優しくて、ユーモアもあって、いい子なんですよ。

こんな感じで、でも…でも…でも…の繰り返です。

学校でストレスがある分、家ではストレスを感じさせないようにと、息子のいい所を見るようにして前よりは息子に対して怒ることは少くなりましたが、息子の行動や言動にイラっとしてしまうことは今でもまだあります。

このまま大人になってもっと苦しむことになったらと思うと私も辛いです。
守ってあげなければいけない息子に私自身もイラついてしまうことがすごくすごく嫌でたまりません。

根本先生、息子のことが心配です。息子をどうサポートしてあげたらいいのでしょうか。

長々と失礼致しました。
(Mさん)

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好きなことをやって生きている人ってどうしてそれができるんだろう?

好きなことをやって自由に生きることがずっと私のテーマです。
自分なりに好きなことをやってきたつもりだけれど、それでも知らず知らずのうちに制約をかけていて、あれはダメ、これは無理と決め付けていました。

そこにはいろいろな心理的ブロックが課せられていることに気付きます。

「ちゃんとしていなければいけない。そうしないと人から認められない。」という他人軸な思いもありました。

そもそも「好きなことをするのは趣味であって仕事ではない」という思い込みもあったんですね。
仕事ってのは苦しいもの、しんどいもの、という思い込んでいたのです。

好きなことをやって仕事をするにも何かしらしんどいものが付いてくると思っていたんです。
「好きなことを仕事にしても、そこに苦手なことや嫌なことって必ずあるはず」という風に。

また、家族を養うためには、生活をしていくためには頑張らなきゃという思いだって根強くありました。今もまだそこは多少残っています。

理屈では色々と分かっているんです。
好きなことをしていればいろんなことが回り始めてすべてうまく行く、とか、やりたいことをやっていたら自分が幸せな気分でいられるから周りの人だって喜んでくれる、とか。

でも、頭で分かっていてもなかなか自分の中に許可は出ませんでした。
内側から殻を破るのってなかなか難しいんですよね。

だから、私の場合は人と出会うことで、その殻がどんどん破かれていきました。
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欲求解消のためのセックスと、愛を感じるセックスがしたいという狭間。

どっちが自分らしいの?どうしたいの?という質問はもっともなことでございますが、今日はその先を見据えた戦略策定のお話をしたいと思います。

いつも根本さんのブログ、拝見させていただいております。miです。

欲求解消のためのセックスと、愛を感じるセックスがしたいという狭間でどのように折り合いをつけたらよいか、悩んでいます。

この半年間で2人とセックスし、学んだことがあります。「わたしは、セックスは自分が好きな人と、わたしのことを好きな人と、付き合った人としたい人間」ということです。誰かれ構わずしたいわけじゃない!やはり、愛情を互いに与えあえて想い合えるそんなセックスがしたい!と。

いい歳してそんなこと今更わかったの?とか、大人なんだからその辺割り切ればいいのに、とか思ったりもしましたが、「それもわたしなんだよなぁ」「わたしはそういうセックスがしたいんだよなぁ」と、自分の思いを認めることができました。

しかし、自分の思いを認めたことで今度は新たな悩みが出てきました。
彼氏がいない今、自分がしたいと思ってるセックスはできないけど、セックスへの欲求はあります。

抱かせてほしいと誘われる相手はいますが、その人は既婚者で、既婚者には興味がないので、「セックスは自分が好きな人と、わたしのことを好きな人と、付き合った人としたい」という自分の思いからは反しています。

この既婚者とセックスすることは、自分の欲求解消にはなるけど、自分を大事にするセックスではないとわかってる。けど、欲求不満解消にはなる…。と、堂々巡りしております。それともやってみてから考えるか…。とも。

思春期男子ばりの性欲の強さの悩みで、恥ずかしいんですが、ネタとしてお応えいただけたら救われます。
(Yさん)

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(新刊執筆中!)ちょうど半分書き上げました。

3万文字を越えました。
章立ての上では3章まで終わったのでちょうど半分です。
今回は項目数は多いのですが、ちょこちょこ短めの文章で書いているのでこんな感じ。
のちのち増やすことはできるので、できるだけ書きたいことを先に書いてしまおう、という戦略です。

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