(5/21)何を見てるの?

台風が近づいてきてるみたいで、夕方からけっこう強い雨が降り出しました。
そんな雨の音を聞きながら、カウンセリングルームのマッサージチェアでぼーっとしていると「そっかー、俺って、カウンセラーやってるんだよなあ・・・」と今更ながら思いました(笑)

変な話かもしれないなのですが、カウンセラーという仕事って昔から興味はありましたが、まさか、本当に自分がそうなれるとは思っていなかったので、時々、ふとそういうこと思うんですよね。

それと、時々、すごく怖くなることもあります。
このままでいけるんだろうか?
もっと成長できるだろうか?って。
そういうときに「まあ、だいじょうぶよ~」という妻の声が大音量で聞こえてきたりして、ああ、支えられているんだなあ、と思ったりします。
(同時に「まだ、そんなこと言ってるの?」という白い目も浮かんで、寒い思いもしたりします)

テレビを見ていたら、商社マンを脱サラして焼き鳥屋さんを始めた方が、その予定を奥さんに伝えたら、泣いて反対されて、説得に1年もかかった・・・という話をやっていました(関西ローカルの番組)。

僕の場合「あのー、会社辞めてカウンセリング一本にしようと思うんだけど・・・」と言い終わらないうちに「うん!いいね!いつ?もうすぐ辞められるの?えーっ?来年?もっと早くならないの?これでいつも一緒にいられるねっ!」と目を輝かされたことを思い出しました。

よく「愛よりも金だよ」なんて言葉もありますけど、うちの奥さんの場合は「金より愛情」なんですよね。
カウンセリングがキャンセルになったりしたときも「良かったね!一緒にいようね!」とか言う人だしね。

その性格のお陰で随分と楽させてもらってます。

僕も元々お金については母殿が呆れるくらい楽天的なところがあるんですけど、こういう奥さんの前ではついつい悲観的になってしまうものです(バランスの法則により)。
だから、ついつい不安になったり、悲観的になってしまうんですけど、実際は貯金よりも「今を楽しもう!」ってシティホテルや旅行に出かけますしね。
思いと行動が一致してないなあ・・・。

こんないい加減なパパとママを選んだ深希(みずき)というのは・・・とてもしっかりした女の子に育つのではないでしょうか?

そして、日々成長し続ける深希は、声や歌に反応してニコニコ笑うようになってきました。
ひとりでご機嫌に「ふぁ~」「あぁ~」とか言ってるときもあります。
かわいいんですよ~それが~

でも、空間の一点をじーっと見つめて何かしゃべってる姿を見ると「あんた、何を見てるの?誰かいるの?」って聞いてみたくなるんです、無性に!
何を見てるんでしょうね・・・???
ああ、教えて欲しいぃ!!!

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5/20は電話カウンセリングの予約受付開始の日でした。
6/6まで、枠数は実はそんなに多く準備できなかったんですよね。
20枠弱でしょうか。

12時になると同時にたくさんの予約の電話がかかってきたようで、ひっきりなしに予約受付のメールが僕のケータイに飛んできました。
「待っててくださったんだなあ・・・・」「ちゃんとこの日記やスケジュールを見ていてくれてるんだなあ・・・」と、ありがたい気持ちで一杯になりましたし、少し嬉しい緊張感がやってきます。

でも、夕方になる頃には全て埋まってしまっていて、その頃からちょっとずつ罪悪感がひしひしと湧き上がってくるんです・・・。

実は20日は用事があって、少し予約センターに顔を出していたんですね。
その間にも何回か電話が鳴って受付スタッフが「すいません・・・。もう一杯になってしまって・・・」とお断りする声を耳にしました。
うー、胸がいてー・・・。
その場で電話を変わって「いつがよろしいですか?その時間に合わせますよ!」とか言いたくなってしまいます。

東京や名古屋での予約を開始するときも、同じようなことが起きます。
待っててくれてるんだなあ・・・という気持ちと、予約が取れなくて「あ~あ・・・」と思われた方の気持ちを察して罪悪感を感じるのと、複雑な気持ちをいつも味わっています。

それだけ待っててくれる人がいるなら!と、スケジュールをできるだけフルタイム入れると、今度は僕の体が壊れてしまうんですよね。
(体だけじゃなく、家庭も壊れそうになったりして(笑))
これは東京へ出張するようになって、この1年、ずっと葛藤しながら学んできたことの一つですね。

きちんと休息を取り、余裕を持ちながらじゃないといいカウンセリングはできないんです。
こちら側のバランスが崩れてしまっているのに、心を扱うなんてとても危ないですからね。

きっとこの葛藤はずっと続くのかもしれないですね。
贅沢な葛藤・・・だと思うんです。
でも、困ってる方や道が見えなくなってしまってる方の話を聴きたくて、何とかしてあげたくてこの仕事してるのに、その気持ちに十分応えられないっていうのは・・・葛藤しますよね・・・。

でも、その分、話し中でも諦めずにチャレンジして予約してくださった方のために、そのエネルギーをぐぐぐっと振り分けて行きたいと思うんですね。
いつもそうですが、スケジュールを僕の都合で決めさせていただいてる以上、そこでは常にベストを尽くしたいですね。

初めてお話する皆さん、お楽しみにっ!!


(5/20)男の子だから・・・

雨がしとしと降っていると、心なしかカウンセリングの雰囲気も淑やかな感じになります。
内容が変わるわけではないと思うのですが、人だけでなく、天気のめぐり合わせも縁なのかな・・・などと思ってしまいます。

よくご相談内容やテーマがその日、その週で似通ってる、なんて話をあちこちで(典型はこのコラム)させてもらっているんですけど、そこに『天気』という要素も加わると、3次元の不思議な世界が見えてくるような気がします。

気の持ちようなのか、感覚的なものなのか、はたまた、縁というものの深みなのか、考え始めると訳が分からなくなるので、何となく閃いて「おもろいな~不思議やな~」とだけ思っておくことにします(笑)

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ちょっと引かれるかもしれないんですけど、今ね、「フェルマーの最終定理」が証明されるまでのドラマを描いた同名の本を夢中になって読んでいるところなんですね。(これです)
別に数学本というわけではなくて、ドキュメンタリーなんですね。
色んな数学者が3世紀もの間、チャレンジしてきた壮大な歴史本のような感じで、文章も面白くドラマティックに描かれていて、すごく面白いんですよね。
NHKの「プロジェクトX」のような感じかなあ・・・。
僕はプロジェクトXを見て、感動して、涙ぐんでしまうこともあるんです・・・。

元々こういう数学的なものが好きだったこともあって、久々に胸躍る体験をしています(^^)
「背理法かあ~、あ~懐かしいぃ~」とかなんて思うこともあって。
「へぇ~」と思うところもたくさんあって、久々に学生気分を思い出したりしました。

しかし、数学的な思考というものは、時を経ると思い切り退化するものでして、論理的な話が出てくると、頭がこんがらがってくるんですよね・・・。
(そういうときは深く考えずに、ドラマの展開だけを楽しむようにするんです。そうして、また論理的な思考がますます退化していくんでしょう・・・)
感覚的、感情的な仕事をしてるせいもあるんでしょうけど・・・。

引きました?
それとも、「やっぱ、男の子なんだねえ」とか思いました?

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ベッドに寝てモゾモゾ動いてる深希をビデオに収めようと思ったんですね。
そしたら、録画スイッチを押した直後に、彼女は口元に落ちてたおしゃぶりをプイッと投げまして・・・。

あんた、狙ってた?

投げたつもりもなく、たまたまおしゃぶりが指にひっかかり、そのまま手を振ったら、おしゃぶりが飛んでいったんだろうと思いますが、びっくりしました。

因みに、今までケータイのカメラ(写メ)やデジタルビデオカメラで深希を撮影したことはあったのですが、家のデジカメでは一度も撮影していないことに今日気付きました・・・(笑)
気付けば気付いたで、早速撮りまくるアホなパパとママです。


(5/19)自己評価が・・・

どうも深希(みずき)が笑うようになったらしいのですが、いつも僕がいないときで、なかなかお目にかかれません。
それにホッペにチューをしようとすると、ときどき顔をそむけたり、手で払いのけようとしたり。
本人はそんなつもりはないんでしょうけど・・・。
パパノコト、キライデスカ?

18日、「さんま御殿」を見ていたら、こんなネタがありました。
「昔と変わってしまって残念なこと」というテーマへの視聴者からの投稿で、
「昔は『誰と結婚するの?』って聞いたら『パパと結婚するぅ!』って答えていた娘が中学生になり、『パパと同じ空気を吸いたくないから、家の中では息をしないで』と真顔で頼まれたとき」。

(>_<)イタイ

ダークストーリーを全力で進んでいるようにしか思えません。

・・・。

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自分が自分のことをどう評価するかで対人関係が決まる・・・って信じられます?

例えば、すごくキレイな女性がいて、でも、彼女は小さい頃から「お前はブスだ」って育てられてきたとしたら、自分のことが全然美人だとは信じられなくなるんですよね。
でも、客観的に見れば彼女はキレイだから、周りの人から「美人だよね」ってたくさん言われるわけです。
もちろん、近づいてくる男性も少なく無いでしょう。

でも、彼女は「美人だね」って言葉が素直に受け取れなくて(自分がブスだってことに強い自信を持っているから)、「口がうまいのね」とか「体が目当てなんでしょう?」「私をからかっているんだわ」などと解釈してしまうわけです。

そうすると、そういう猜疑心旺盛な態度をとってしまいますから、今度は周りから「お高い女」とか「嫌味な人」なんてイメージで見られてしまいます。

それで、やっぱり彼氏ができなかったり、対人関係がうまくいかなかったりして、「私はブスだから、彼氏もできないし、人に愛されないんだわ」ということを証明してしまうんです。

この話は自己評価が対人関係を決めてしまうことを示唆しています。
そして、僕の経験上、多くの人の自己評価が間違っている場合が少なく無いんです。
大人になれば誰かに褒められることって本当に少なくなりますから、彼女ほどではないにせよ、猜疑心や疑いを持ってしまうことも少なくありません。
そうすると、けっこう誤った自己概念を築いてしまうことも少なく無いんですよね。
自分自身を誤解してしまうような感じです。

自分自身をきちんと見つめることって、確かにすごく難しいことなのですが、心を鏡に映し出すように、あなたの周りの人が見てくれる価値や魅力を素直に受け入れることも大切かもしれません。
もし、誰も見てくれないな・・・という方は、お抱えカウンセラーさんに聞いてみるのも一つの手です。


(5/18)お願い

僕宛、あるいは、カウンセリングサービス宛に毎日のようにメールをいただきます。
ありがとうございます。

が、特にdocomoのケータイから送ってくださる方!
受信制限してませんか???
解除してくださいねっ!!!
よく宛先不明でメールが戻ってきてしまいますっ!!!


(5/18)時間を飛び越えて

休日の月曜日、雨が止んだ夕方から新大阪にある「アカチャンホンポ」に揃って出かけてきました。
1Fから8Fまで新生児から子ども用品が売られていてビックリ。
値段もお安く、何でも揃うって感じで、わくわくしてきます。
月曜日の夕刻とあって、お客さんも少なく、ゆっくり買い物ができました。

子どもを見ていると、ふと、自分が小さかった頃の記憶が蘇ってくることがあるんです。
ただ、それは明確なものではなく、「あ、こういう気持ちだったかも」とか感覚的な、ぼんやりしたものなんですけどね。

例えば、顔を拭かれたりするの嫌だったなあ・・・とか、体が思うように動かなくてイライラして泣いたこともあったなあ・・・とか、夜になるとすごく怖かったなあ・・・とか、なんか凄く暑かったなあ・・・とか。

他にも瞬間瞬間にふと思い出すことがあるんですけど、忘れました(笑)

昨日は母に自分の子ども時代を聞いてしまう・・・というお話をしたんですけど、意識がその時代に向くんですよね。
だからなのか、僕が小さかった頃は、山の中の祖父母の家で育ったのですが、その家や周りの風景や音をよく思い出します。
土間があって、かまどなどもあって、五右衛門風呂で、汲み取り式の便所で(一度、落ちたことがある(笑))、外には山や茶畑があって、栗の木があって、そこからは眼下に川が覗けたり。
竹林が近くにあったのか、そのサラサラ揺れる音が耳に残っています。

あと、おじいちゃんからノコギリをもらって、家のあちこちをジーコジーコ切ってました。
柱とか、縁側とか、足置きの台とか。
1歳とかですから力もなく、傷が付く程度だったんですけどね。
いつもおじいちゃんが近くにいてニコニコしてたんですよね。
自分の家をそう傷つけられても、孫ってのはかわいいものなんですね・・・。

なーんてことを色々思い出すと、懐かしいというよりは、時間を越えた感覚がやってくるんですよね。
ついこの間・・・というとオオゲサですけど。
時間というのは「観念」と良くいいますが、その通りで、心は時間なんてものは一瞬に飛び越えて行くんだな・・・なんて実感しますね。