『あのときこうしていたら・・・』が止まらない中毒。



通勤の電車の中ではもちろん、仕事をしていても、ご飯を食べていても、顔を洗っていても、ふとした瞬間に思い出すことが癖になっている。

『私の気持ちなんて何も分かってない。あなたは本当はすごく冷たい人。優しいふりをしてるだけ。もう一緒になんていられない。』

ささいなケンカだった。と言ってもいつも私が一方的にまくし立てるだけだけど。その時も上司とぶつかった愚痴を彼に聞いてもらっていた。でも、だんだん上司への文句が彼への不満になってしまった。どうしていつもそんな冷静なの?なんでもっと気の利いたこと言ってくれないの?もしかして、私のことバカにしてるの?そして、さっきの言葉が自然と出てしまった。


その時彼は言い訳をするわけでもなく、ただ寂しそうな顔をしていた。
本当はとても優しい人で、私の気持ちをずっと考えてくれていることくらい痛すぎるほど分かっていた。
でも、その優しさが逆に私をイライラさせていた。
いざという時に頼れないのだ。私が迷っていても「こうしたらいい」とはっきり言ってくれるわけではない。「君がしたいようにすればいいんだよ」と言うだけだ。
でも、いつも味方でいてくれる。だからすごく救われたことも数多い。普段はそれでもいいけれど、私が行き詰って辛くしているときくらいはグッと引っ張って行って欲しいのだ。時にはバシッと怒ってもらいたい。自分だってそんなに強い女ではない。
でも、そんなの都合のいい言い訳だってことも分かっている。ぐいぐい引っ張っていく男とはつい張り合ってしまうのだ。今の上司がそうだ。元彼もそうだった。いつもケンカしてしまう、相手の問題点を見付けて責めてしまう、そして、やがて壁が出来てしまう。そして、嫌われたり、去られたりする。
だから、やっぱり彼でないと私はダメなんだ。
なのに、あんなことを言ってしまった。

その時の彼の顔を思い出すと、本当に胸がきゅーっと締め付けられるような気がする。
あの捨て台詞を吐いて私は席を立って店を出て来てしまった。彼が私の好みに合わせて予約してくれたお店を。

そこで、追いかけて欲しかったんだ。走って追いかけてきて強引にでも連れ戻して欲しかったんだ。
そう、試したと言われたら彼を試したと思う。
でも、彼はそういうタイプじゃない。それも分かっている。
帰り道、むしゃくしゃするやら、寂しいやらで、どう帰ったのかあまり覚えていない。気が付くと、いつもの調子で彼から「大丈夫?」というLINEが来ていた。私が店を出てから30分は経っていたから、きっとその間、何て言おうかずっとスマホを見ながら考えていたに違いない。その彼の表情を想像するだけで胸が痛い。
返事はしていない。そして、彼からもその後、連絡がない。彼のことだから、きっと振られてしまったと思っているのだろう。
もう2か月も過ぎてしまった。彼はどうしているのだろう?

気が付くといつもそんなことをぐるぐると考えていた。
友達に相談するといつも「ほんとあんたは気が強くてプライドが高いよね。そんなのすぐに謝っちゃいなよ。きっと今も待っているって」。
分かっている。きっとそうだと思う。
でも、なぜか、動けない。すぐに「ごめん」って言って仲直りするつもりだった。でも、今回は許してもらえないような気がしていた。あの彼の寂しそうな顔が私の脳裏に貼り付いていた。今日連絡しよう、今日連絡しよう、と思ううちに、気が付けば2か月も過ぎていたのだった。
その間、あの時を思い出す回数は増え、そして、あそこでこうしていたら?というシミュレーションは様々なケースへと発展していった。想像の中の私は幾度となく彼に謝り、彼もいつもの笑顔でそれを許してくれていた。しかし、その一方で「ごめん」と言う私に、彼は冷たく「僕じゃない方が君も幸せになれると思う。僕たちはもう無理だよ。」と言うセリフもリアルに胸に響いていた。それが怖いのだ。ものすごく怖いのだ。
怖いから余計に想像してしまう。止まらなくなる。「君はほんと自分勝手だよ。もういいよ。疲れたよ」「僕は君とは合わないと思う。だから、もう別れよう」想像の中で彼は何百回も私に別れを告げていた。そのたびに「嫌だ」と思う。
そんなこと想像しても現実じゃないからどうしようもないことも分かっている。でも、止められない。実際はどうなるか行動してみなければ分からないことも知っている。でも、動けない。
それを断ち切るにはどうしたらいいんだろう?

「手紙を書いたらいいんじゃない?」
先輩は私の話を聴き終えるとそう言ってくれた。彼女は去年、お子さんを出産されて現在は育休中だ。育児が大変な時に大変な話を持ち込んですいません、と言うと笑って「たまには違う世界の話を聴くのも気分転換になるのよ」と快く受け入れてくれた。

「手紙で『ごめん』って謝るんですか?メールじゃなくて?」私の頭の中には?がいっぱい浮かんでいた。事もなげに先輩は言う。
「そ。手紙の方がいいのよ。長文になるから。」
「ちょ、長文ですか?何を書くんですか?」と焦って聞き直す。いったい、何を書けばいいんだろう?
「全部よ。全部。あなたが考えていること、思っていること、全部。いろいろ想像しちゃうんでしょう?その想像していることも全部書くの。そして、『これが今の私の本当の姿なの。こんなに考えて、こんなに不安になって、身動きできなくなっちゃうくらい、あなたを失うことが怖いの』って正直に書くのよ。」
それを聞いて想像するだけでカーッと体が熱くなってくるのを感じた。めちゃくちゃ恥ずかしいし、めちゃくちゃ怖い。その姿を見ながら、彼女は言う。
「あなたのそういう素直なところ、かわいいところ、彼に見せたことないでしょ?いつもあなたは出来る女になってるんだから。だから、ちゃんと弱いところも見せるのよ。一生付き合う相手なんだから、強がっていたら疲れちゃうわよ」
図星だった。そう、私はいつも強がっていた。そして、自分で何とかしようと、何とか取り繕うと、いつも注意を払ってきた。だから、彼とのことも、どうしたら自分のプライドを守れるか?を考えてきたのかもしれない。そう、いつも、自分のことばかり気にしていたのだ。
それに気付くとまた恥ずかしくなってきた。なんて、情けない。なんて、幼い。
「彼に本気でぶつかればいいのよ。ありのままの自分を曝け出して。」
そうか、私、本気になったことなんて無かったのかもしれない。そう考え込んでいたら先輩が言った。
「何なら今、書いていく?一人よりも書きやすいでしょ?」
「えーっ!お子さんはいいんですか?」って聞いたら、「旦那が今日は娘を独り占めできるって嬉しそうだったからいいの。それに長い時間一緒にいた方が、私の苦労もきっと分かるしね(笑)それに、あなたの性格上、家に帰ってから書くって言いながら、きっと先延ばしにしちゃうから。プライドってそれくらい厄介なものだからね」
気が付けば先輩に逃げ道を完全に防がれていた。確かにそうだと思う。今は全部を曝け出して彼に伝えようと思っているが、帰り道、またあの想像が頭の中を支配してきっと書くのが怖くなる。そして、今日書こう、と思いながら毎日を過ごすんだ。
それだったら今までよりも想像することが増えて余計に苦しくなるだけだ。

その後、2時間かけて手紙を書いた。思いのほか言葉が溢れてきて12枚ものボリュームになった。書きながら彼がしてくれたことに感謝の気持ちが溢れてきて何度も泣いてしまった。彼は一生懸命私のことを考えてくれていた。静かな態度の中にちゃんと情熱もあった。私が気付かないようにしていただけだった。私が壁を作っていただけだった。
そして、やっぱり彼のことが好きだ、と思った。純粋に。そして、同時に、素直に申し訳ない気持ちになって、今すぐ謝りたい気持ちでいっぱいになった。

それでもまだ勇気が出なかったので、先輩に寄り添ってもらいながらポストに投函した。

その3日後、彼からメールが届いた。「僕も君のことが好きだよ」という短い一文だった。

(蛇足)

過去に自分がしてしまったこと、うまく行かなかったこと、後悔していること。
あれこれと何度も何度も想像してシミュレーションしてしまうもの。
そして、その想像はたいてい悪い方向に向かい、足がすくんでしまうことが多い。
だから、何らかの「行動」が必要。
本文中の彼女は「手紙」という手段を使った。
これは私がとてもよく提案する方法で、彼女はポストに投函したけれど、実際は渡さくてもいい(渡せないケースも多いし)。
そうして、頭の中で回っていることを現実化させると、その想像を止められる。
だから、手紙も1回に限らず、何度も書いた方がいいケースも多い。

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