その思い込みはあなたを幸せにしましたか?


私たちは「事実」なんてどうでもよくて、それをどう解釈するか?という「真実」によって人生を支配していきます。
つまりは「思い込み」で人生は成り立っているんです。

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初めまして。
いつも記事を楽しみにしております。男性独特の父性あふれる温かい語り口調がとてもすきです。
さて質問です。
私は自分の顔にコンプレックスがあります。
鏡を見るのも好きではないし化粧をするのも嫌いです。
化粧をするとこんな顔のくせに化粧なんてして図々しいやつ!と心の奥の方で罵倒する声が聞こえてきます。
その為化粧をあまりしません。
着ているものも地味なものばかりです。ところが私の事を綺麗という人がたまにいます。
でも振り返るほどの美人ではないと思います。夫もその一人で私の顔に一目ぼれしたと言っています。でも私は信じられません。今でも騙しているような気になります。でも夫の言うことを信じてみようと化粧したりきれいな格好をしたりするようになりました。夫の期待に応えたいという気持ちでです。
所が通りすがりの老人が私を見てブスな女だな~といったような気がして一日落ち込みました。
今までブスと言われたことは数回ありますがどの人も深い縁のある人でなく通りすがりに近い形でいわれました。なのにその時のことが忘れられません。
逆にその人たちの言うとおり整形しようとか思うくらいです。
変ですよね、他人の罵倒には耳を貸して近しい人や親しい人が言ってくれる美人や綺麗という礼讃は耳に入らない。
そしてブスという人たちに迎合しようとしている。
これって何がしたいのでしょう??
投影だとしたらなんでしょう??
私は顔の事を言われるのがとても嫌なのです。頭悪いとか貧乏と言われても傷つきませんがブスと言われるのが一番傷つくのです。そのくせ化粧は嫌なんです。この心理って先生わかりますか?
(Nさん)
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私たちが傷つくところって、自分が大事にしてるところなんです。
頭悪い、とか、貧乏とか言われても傷つかないのに、顔のことを言われると傷つくのは、それだけNさんにとって顔が大事だからなんですよね。

だから、余計に「きれい」なのか「ブス」なのかをすごく意識してしまうんです。

そして、褒められても耳に入らないのに、ブスって言われると響くのは「自分がそう思いたい」という強い願望であり、「ブスじゃないと困る」という強い思い込みがなせるわざなのです。

なぜ、ブスでいたいのでしょうね?
なぜ、ブスじゃないと困るのでしょうね?

そこをぐいっと掘り下げていくと何か「認めたくないもの」に出会う可能性があるんです。

「実は自分は美人だと思っている、けれど、それをひけらかすと周りから顰蹙を買うし、孤立する、だから、ブスだって思い込まなきゃいけない」ってストーリーが出てくることもあるんです(実話)。

また、なんでブスだって思い込むようになったのか?という歴史にも興味がありますね。
昔、とてもきれいな女性が「いつも姉がきれいきれいって褒められていたので、自分はそうじゃないんだって思うようになった」とおっしゃってたんですね。
彼女の場合は「姉基準」だったので、自分がどうしても美人だとか、イケてるとか思えなかったそうです。(美の基準なんてほんと人それぞれ、いい加減なものですから。)

それから、思春期くらいに同級生と比べられて「○○ちゃんもかわいいけれど、△△ちゃんの方がきれいだよね」って言われたときに、すごくショックで、それ以来、自分をブスだと思い込んだ人もいました。

きれいとかブスとかで悩むのは思春期に入ってからが多いので、Nさんも小学校高学年~中学生くらいの自分を振り返ってみるといいかもしれません。

ただ、問題なのはそう思うことによるしなくてもいい苦労なんですよね。
Nさんが美人だとか、ブスだとかっていう客観的な事実は人生にはあまり影響しないんです。
ところが、自分がブスだという思い込みは人生に大きな影響を投げかけるのです。

ご主人や他の人が「きれいだね」「美人だね」と言ってくれても受け取れないですよね。
それを言った人はどんな気分になるでしょうか?
「そっか、受け取れないんだね」なんて解釈してくれたり、「謙遜してるのね~」って好意的に受け取ってくれるならいいんですけど、中には「え?この人、いい気になってるんじゃない?」とか「嫌味かしら?」って取る人もいるんです。

そうするとNさんが美人であろうが、なかろうが、「受け取らない」ということの弊害が出て来てしまうのです。

「私はブスだ」と思い込むことの利点もあるんですね。
よく「最悪のことを想定して動けば傷つかずに済む」って言いますよね?
最悪のできごとを考えておけば、実際何が起きても、大抵はそれよりもマシだから精神的に大丈夫、みたいな。
Nさんにとってはそれに近い感覚なのかもしれないですね。

つまり「美人」だと思っていて「ブス」だと言われたら傷つきますよね?
でも、「ブス」だと思っていれば「ブス」って言われても傷は浅くて済むし、「美人」って言われたら嬉しいし、という「防衛戦略」である可能性もあるわけです。

ただ、通りすがりの老人の、言ったか言わないかの言葉で一日落ち込める、ということは、Nさんにとって「女は見た目が大事」みたいな観念(信念、思い込み)もあるのかなあ、と思わされます。

投影の法則を使うのであれば、「自分のことをブスだと思っている」から通りすがりの老人の様子から「ブスだと言われてるような」気がしたに過ぎません。

本当に自分のことをブスだと思っていたら、「美人ね」と言われても「ブス」って言われてるように感じてしまうものです!

つまり、心理的にはNさんが本当に美人なのかブスなのかって関係ないんですよね。

100人が美人って言っても、自分がそう思えなければ、ブス確定ですからね~。
(逆に、100人がブスって言っても、自分が美人だと思えれば、美人なんです。)

だから、こんな格言があるんです。

「その考え方はあなたを幸せにしましたか?」

それを手放すためにも、ぜひ、なぜ、その思いが自分に必要なのかを考えてみてください。

・なぜ、ブスでいたいのか?
・なぜ、ブスじゃないと困るのか?
・なんでブスだって思い込むようになったのか?
・ブスであることで得られるものは何か?
・美人だったら困ることって何なのか?

そして、同時に今日から鏡を見ながらこんなセリフを1日10回かける朝・晩、言ってみましょう(必須)。

「あたしって、きれい。」

そう思えなくても大丈夫ですから~。
それから「美人ね」って言われたときはとりあえず「ありがとう♪」って返すようにしましょうね。

さて、美人、とか、ブスとかに限らず、あなたが持っている思い込みを見つめてみてください。
「私は絶対○○だ」という思い込み。

果たしてそれはあなたを幸せにしてくれる考え方なのでしょうか?
それとも傷つかないように自分を防衛するための考え方なのでしょうか?

ちなみにうちの奥さんも長らく自分がきれいだとかかわいいだとか言う言葉が受け取れない人でした。
私が「かわいいねえ~」って言うと、「ほんとこの人は口が上手いんだから。騙されないわよ」と常々反応しており、彼女がようやく受け取れるようになるには結婚してさらに10年の月日が必要でした。

そんな慎ましかった彼女も最近では「ほんま、あんときゃ受け取ってたら良かったわ。よう考えたら、あたしそれなりにモテたんよね。でも、全然自信なくて受け取れへんかって全部否定しとってん。あのころ知っといたらもっといろんな男と遊べたのに!めっちゃ悔しいわ」と、焼酎のお湯割りをかき込みながら愚痴るようになりました。時代は変わるものですね・・・。

※この物語は事実を元にしたフィクションです。フィクションです。フィクションです。

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