「ありのままの自分でいい」は「今の自分」を丸ごと受容する言葉。



「ありのままの自分って何ですか?」という質問がこの1年急増しています。
私自身がどういう風に解釈して、どう使っているのかと言うと、「今」を受容するため、すなわち、自己否定を手放すためなのです。

「ありのままの自分でいい」という言葉は昨年とても流行りましたが、同時に、じゃあ、ありのままの自分って何やねん、とか、そんなんで生きられるわけがないやろ、という意見などが渦巻いている昨今ですね。

ほんと「ありのままの自分」って何でしょうね?
「ありのままの自分」というのと「今の自分」ってイコールなのでしょうか?
あるいは「ありのままの自分」というのと「本来の自分」がイコールなのでしょうか?

私は「ありのままの自分」は「在るが儘」なわけですから、「今の自分」に近いニュアンスで捉えています。「今の自分そのもの、今の自分全体」みたいなニュアンスで解釈しています。
皆さんにとってはどうでしょうか。


さて、私たちの多くは「本来の自分」を生きられていません。
「本来の自分」というのは本当の姿です。

しかし、「本来の自分」を「人から愛されるために(嫌われないために)」とか「場の空気を乱さないように(周りから浮かないように)」とか「安定した生活を送れるように」とか「自分には何もないから周りの人に合わせて」とか「誰にも迷惑をかけないように」とか「自分一人で何でもできるように」などと言う名目で「変形」させた結果、「今の私」があるのです。

だから、「今の私」には問題が出てくるのです。
「本来の自分」と「今の自分」とのギャップが今、自分が抱えている問題です。
逆に言えば、今ある問題はすべて「本来の自分」に戻るために心が起こしてくれる、とも言えるのです。

で、その「今の自分」に対して私たちは強い否定感を持ちます。
苦しいし、生き辛いし、うまく行かないし、幸せじゃないし、、、そんな私はダメだ、と自己嫌悪に陥ります。

そんな時に「ありのままの自分でいい」というのは、そんな問題があって生き辛くて幸せじゃない自分を受容する言葉なんだろうと思うのです。

問題があって、不器用で、全然うまく行かない、そんな人間臭い自分でもいいじゃないか、そんな人間っていとおしいじゃないか、という意味での「ありのままの自分」です。

私がこの言葉を使う時は、「今を丸ごと受容しましょう。そして、そこから出発しましょう。」というニュアンスを伝えたいとき。

問題だらけの「今」を受け入れることって変化するためにも大事なんです。
「今」を否定してスタートすると、それは苦しい道のりになります(修行の道ですね)。
一方、「今」を肯定してスタートすると、それは楽しみの道になります。

その今を肯定するために「ありのままの自分でいい」という言葉が使われると思うのですね。
そして、その「ありのままの自分」を受容し続けることが「本来の自分」に戻る道だと思うのです。

「ありのままの自分は問題だらけかもしれない。それでもいいじゃないか。そんな自分って人間らしくていいと思わないか?」

そうお伝えしたいんです。

毎日使える心理学講座

 Twitter > http://twitter.jp/nemotohiroyuki
 Facebookページ > https://www.facebook.com/nemotohiroyuki

 ★好評発売中!根本裕幸の近著。
こじれたココロのほぐし方 頑張らなくても愛されて幸せになる方法


あわせて読みたい