ちょっと前の自分を許す。


何か問題を感じて自分を変えようとする・・・
あるいは、自分の性格や考え方、価値観をより良い方向に変えようとする・・・
それで、本を読んだり、セミナーを受けたり、カウンセリングやコーチングを受けたりする・・・
そして、数か月前、1年前、2年前とは違う自分になったような気がする・・・

これは素晴らしい体験で、とても嬉しそうに自身の変化を語ってくださって、それを聞く私も嬉しいし、これはネタになるなあ、とほくそ笑むわけですが、時々、気になる発言が出てきます。

「あの時の自分には戻りたくない」
「なんて未熟だったんだろうと思う」
「またあの自分になったらどうしようかと思う」
「あの頃の自分は本当にイケてなかったと思う」

そういう発言を聞くと、ああ、それが次のステップですね、と伝えることが多いです。


そういう感覚になるということは、確実に意識・感じ方・価値観などが変化した証拠。
変化したからこそ、あの頃の自分との比較が成り立ちます。

しかし、同時にその頃の自分を否定してしまうのはまた新たな「自己否定」だと思うのです。

数か月前、1年前、2年前の自分。
確かにイケて無かったかもしれません。
今から思えば未熟だったかもしれません。
しんどかったり、ネガティブな考えに捉われていたり、弱かったり、粋がっていたり、間違ったことをしていたかもしれません。

でも、それなりに一生懸命でしたよね?
何とか良くしようとあがいていましたよね?
あるいは、そうする他ないほど、追い込まれていましたよね?

過去の自分を否定形で捉えてしまうと、過去の自分が脅威になります。
「あの自分に戻ったらどうしよう」と思うように。

怖れは意識を引きつけますから、過去の自分と今の自分との争いが生まれます。
すなわち、常に「あの頃の自分は間違っていた、バカだった、未熟だった」と攻撃し続けることになるのです。

「今の自分は承認できるのに、ちょっと前の自分を攻撃する」のはおかしいと思いませんか?

「ちょっと前の自分を許す」ということ、意外と難しいんです。
その自分じゃだめだ、という思いがあって変化・成長してきたので、なかなかその否定形な呪縛が解けません。

これは特に大きく変化した方、自分を変えるのにそれ相応のエネルギーを注ぎ込んだ方などに見られる傾向かもしれません。
近い過去だけに当時のこともまだ記憶に新しいですし、新しい自分から見ればあれこれと文句を付けたいところがたくさんあるはずです。

ちょっと前の自分を承認して初めて、本当にこの変化・成長のプロセスがひと段落すると思うんですよね。

もっと昔の自分を許すように、ちょっと前の自分をただ抱きしめてあげましょう。
イメージの力を使って、ちょっと前の自分の痛みや思いをただ聞いてあげましょう。

否定の上に新たな自分を作り上げると、またその歴史を繰り返し、過去は否定の塊になってしまいます!!
ちょっと前の自分のことも愛してあげたいな、と思うのです。

参考になりましたら幸いです。
いつもありがとうございます。

心理学ミニ講座

 

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