“うまく”生きる秘訣→→→そんな自分を許す。


欠点を欠点として受け入れるとうまく生きられる、というお話を昨日した。
引き続き今日は、そんな自分を許してあげよう、という話をする。

「そんな自分」とは、今のあなたそのものである。
何かができる自分はOKなのだが、何もできない自分はNGだと誰が決めたのだろう?
→そう私自身です。


自己嫌悪に関しては10数年のカウンセリングの中でも非常に色濃く扱ってきたテーマのひとつなのだが、これに関してまさに「そんな自分を許す」ということが肝要である。
ところが、自己嫌悪というのは、自分を嫌悪しているわけだから、許そうとする自分をも嫌悪するわけである。
この辺から話は非常にややこしいのだが、自分を許しましょう、というと、自己嫌悪君は「いやだ!だめだ!」と声高らかに宣言する。
そんな「いやだ!」と言っている自己嫌悪君を許してあげましょう、というと、再び、自己嫌悪君は「そんなんだめに決まってる!」と反抗する。
これが延々と繰り返される。

どうしたらいいのだろう?
一つは昔、あるクライアントさんが例えてくれた「金魚すくいで金魚を掬うかのように自分を掬ってあげる」という感覚が一番分かりやすいと思う。
そんな風にそっと自分を扱ってあげることで、心に安らぎが訪れる。
今の時期で言えば、そっと自分自身に温かい毛布をかけてあげるようなイメージであろうか。

そして、もう一つ、最近のもっぱらの提案は「それも必要があってしてることなんですよね」という解釈。

自分を許せないのも、自己嫌悪してしまうのも、何らかの目的があってこそ。
それが何かは人それぞれで、ある人は受け取らないために、ある人は与えないために、ある人は復讐のために、ある人は自分を傷つけるために、、、いろいろな目的がある。
ところが、そのネガティブな目的の奥には、もう一つ別の目的があって、それは「愛」に関する欲求なのである。

そんな自分でもいいと言って欲しい、こんな自己嫌悪でいっぱいの自分でも受け入れてほしい、愛してほしい、という愛に関する欲求で、これも遥か昔、私たちが親に対して求めた感覚である。

それが満たされないから、ずーっと待っているようなもの。

「お父さん(お母さん))にしか、あなたは自分を愛させないんですよ」

という表現を使うことがある。

でも、それくらい親の愛を求めるのはなぜか?子供だから当たり前なのではない、それくらい、自分が親を愛していたからなのである。

そして、それくらい自分が愛を受け取るに相応しい価値があることを、私たちは心の奥底で知っているからである。

『今の私は愛を受け取るにふさわしい存在です。』

これがアイデンティティを取り戻し、そんな自分を許す呪文ではないかと思うのだが。

どんな自分が出てきてもいい。
それが許されるだけの価値をあなたは持っている。
(だから、そんな自分が出てくるのである)

 

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