やかんをじーっと見てたら感じたこと



カウンセリングルームのやかんでお湯を沸かしていたんです。
ただぼーっと見てたんですけど、ふと「そういえばこのやかん、ずいぶん長いこと使ってるなあ」と思ったんですね。
で、よくよく観察してみたんです。

やかんの中ではお湯が沸いています。
「ここに手を突っ込んだら火傷するよな」と当たり前のことを思いながら、でも、このやかんは余裕でそれを耐えてるなあ。すごいな!と感じてしまったのです。

「こいつ、がんがん火であぶられて、それを受け止めてるんだよな。もちろん、そういう目的で作られたんだけど、てことは、さらに熱い温度で焼き入れされてきたんだよな。そして、それが今ここにあるのか。なんかすごいことだよな」


妄想というのか、勝手にいろいろなことが浮かびました。

取っ手のところが場所によって色が違ってます。手で握ったり、湯気を浴びたりして長い時間に変色してきたんだろうと思います。

「すごいな」

そんなことにもいちいち感動してしまいました(笑)
銀色で丸みを帯びていて、そのフォルムもなんか美しくて味があるように見えてくるし、いやあ、すばらしい・・・としばし眺めていました。

やかんを見てそんなことを思うのは一種の変態プレイなのかもしれないけれど、でも、こうして当たり前の物体をじーっと見つめることで何か見えてくるもの、気づくものもあるのかもしれません。

そうすると、勝手に心は感動したり、尊敬したり、じーんと熱くなったり、いとおしくなったりするのです。
素晴らしい映画を見なくても、誰かの人生を感じなくても、ちょっとしたところに感動の素は存在しているのかもしれません。

ちょっと目に付くものをじーっと見つめてみてはいかがでしょう。
特に時計とか手帳とか財布とか長年使ってるものがあれば、なおさらいいかも。

そういえば、こんなことがあったよなあ、とハートが開いていくのが感じられるかもしれません。


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