自己肯定感があがると自分がやりたいことをやる許可をしやすくなる。


そもそも好きなことや楽しいことをやるのを「許可制」にしてしまってるってのがおかしな話なのですよね。

自己肯定感という言葉を使い始めたのはそんなに古い話ではないんですよね。
数年前?もう少し前?
それまでは同じような意味で「自己愛」って言ってました。ほんとうはこっちの方が好きかも知れないです。「ただ自分を愛する」ということだから。
でも、「自己愛○○」みたいにネガティブな言葉ができたり、使われたりするようになって、誤解を招くなあ、と「自己肯定感」という言葉に出会ったのでした。

だから、私は自己肯定感というのを「ただただ自分を愛すること」という風に実は定義づけています。

いい自分も悪い自分も、
うまく行ったときも、行かなかったときも、
長所も短所も、
強さも弱さも、
ただただ、「それが私だもんな」と愛してあげる、ということ。

愛してあげるってどういうことなの?ってよく聞かれるんですが、私が思う一番シンプルな愛し方ってハグだと思うんですよね。

ギュッとしてあげる、というの。

そして、背中をさすさすしながら「うん、あなたはよくやってる。あなたはほんとによく頑張ってる」なんて囁きます。

実は毎回のようにこれをやるセミナーもあります。
二人組でペアを組んで、お互いに「愛を与え合う」ということをしてるわけです。
でも、目の前にいるパートナーは他人なんだけど、そこには自分の心が投影されているので、その人をハグしているようで、実は自分自身をハグしてることにもなるのです。

だから、自己肯定感ってどういうこと?って聞かれたら、私は「自分をただギュッと抱き締めてあげる感じだよ」て答えることが多いと思います。

ついつい私たちは自分に厳しくしてしまいがち。
「自分には甘いんじゃ?」と思っている人もきっと自分に厳しい人。

だから、私たちは人に見えないところで相当自分自身にひどいことしてるの。
セミナーでよくこんな話をするんです。

「もし、皆さんが自分自身にやってることを他人にやったらどうなる?名誉棄損はもちろんだけど、傷害罪とか刑法に触れることやってない???」って。

それくらい私たちは自分自身に対して激しく否定的行動を取ってしまってるんです。

だから、自信が持てない、自分が好きになれない、という現象を作るんです。
「ダメだなあ」なんて思うんです。

そして、そのダメな部分を「補う」ためにすること、何か分かります?

そう「頑張る」ということと「我慢する」ということです。

「自分なんて全然能力がないんだから人の3倍頑張らなきゃいけない」というのも、それが楽しいならOKだけど、そうでなければ、単に自分を虐待してるだけ。

「自分なんて大したことないんだから雇ってもらってるだけで(付き合ってもらってるだけで)満足しなきゃ。だから、我慢、我慢」というのも、ほんと自分をひどく虐待してるよね。ヤバいくらいに。

しかも、その頑張りと我慢は周りが、社会的に求めてる、というか、容認してる、というか、それが正しいと思っているので、「頑張ってないとダメ」「それくらいの我慢もできないのか?」なんて言葉が飛び交うことになるのです。

それは昔の価値観。
欧米に追いつくために、あるいは、戦後の復興を遂げるために一丸となって頑張らなきゃいけない時代はそれが正しかったんです。お陰で私たちはこんなに住みやすい国になりました。
また、モノが本当になく、我慢することしかできなかった時代。また女性が社会的な進出を阻まれていた時代。そういう時代は「我慢」しかできなかったんです。
だから、その時代のその価値観もまた正しかったものです。
でも、今はどうでしょうか?

でも、その価値観だけがずっと残っていて、意味のない頑張りや我慢だけが横行しているのかもしれません。

今って、頑張らなくても成功したりするし、我慢しなくて好きなことやっていれば幸せになれるようになりました。

最近、私、こう見えてコーチやコンサルタントみたいな依頼が増えて来たんですよー。すごいでしょ?(笑)

それも私がやりたかったことだからすごく嬉しいのだけど、そこで出会うフリーや経営者の方の中には「好きなことだけをやる!」って決めて、うまく行ってる人たちも多いのです。
そういう人たちの雰囲気って今までの経営者と全然違うんです。
楽しそうだったり、ニコニコしていたり、自然体だったり。
情熱が前面に出てるんだけど、面白くて楽しそうなんです。

なぜ?
好きなことをやってるから。
楽しいと思うことをやってるから。

やりたいと思うことをやっているから。

そこが一番の鍵なのですな。

ちなみにコーチやコンサル的なご依頼を頂いたとき、私が一番最初にお聞きするのは

「何やってるときが一番楽しい?」

という質問です。

さて、そうしたやりたいことをやる、楽しいことをやる、というのは勝手にやっていいんですけど、長年の習慣化によりそれが「許可制」になってしまったの、分かりますか?

子どもたちって楽しいことが大好きで楽しいことだけやってるんですが、そこに頑張り、我慢を強いる環境がやってきて、楽しいことを禁止され、大好きなことができなくなりました。

だから、「楽しいこと=やっちゃダメ」「大好きなこと=罪」みたいな思いを抱くようになるんです。

だから、「楽しいことをやっていいですよ」「大好きなことをやらなきゃね!」という「許可」を自分に与えることが必要になってしまったんです。

それっておかしくないですかね??(笑)

だから、私たち、自分がしたいことややりたいことが分からなくなってしまってるんです。
好きなことは「本業」を邪魔しない程度にしかできなくなりました。

「仕事があるから平日の昼間はちょっと厳しいです」
「家のことがあるから夜のセミナーに出られません」
「来週、出張で○○に行かなきゃいけなくて、残念だけどキャンセルさせてください」

これって当然じゃないんですよ。
好きなことややりたいことよりも義務感を優先してるんです。

でも、そのとき「生活があるから」とか「お金を稼がなきゃいけないから」という理由が出てくるのですが、、、、実はこれが自己肯定感が低い証拠でもあるのです。

あれ?根本さん、今日の話題、自己肯定感じゃなかったの?なんで楽しいことをやろう!みたいな流れになってるの???と思った、熟練の読者の方もいらっしゃると思うのですが、どう?この見事な流れ!!笑

自分のことを肯定できないから、自分のことが信じられません(自信が持てません)。
だから、我慢して何かに合わせたり、頑張らなきゃいけないのです。

会社の言うことを聞かなきゃ食っていけないと思ってしまってるんです。
それは「会社」に「依存」してる状態で自分軸ではなく他人軸の生き方ですよね。

それは明らかに自分の価値を自ら下げて、自分に魅力がないように振る舞っている証拠なのです。

でも、実態は全然違うと思うんですよね。

「そのままで私は素晴らしい!」ということを実感できることが「自己肯定感」なのです。

だから、今の自分をちゃんと愛してあげましょうよ。いっぱい自分に許可を与えてあげましょうよ。そうして自分らしい、自分の人生を歩きましょうよ。

そんなことを書いた本が間もなく9/14に出版されるわけです。
「敏感すぎるあなたが7日間で自己肯定感をあげる方法(根本裕幸著)」

そして、そんなことを実際にやってみるワークショップも10月に開催されるわけです。
「自分軸で生き、自己肯定感をあげるワークショップ」(10/7名古屋、10/8大阪、10/21東京、10/28札幌)

<読者から頂いた本の感想>

本当の意味で「ありのままの私を好きになる」ための具体的な方法が、7日間にギュッと詰め込まれていました。自己肯定感とは、無理して自分を良く見せることでもなく、完璧な人生を送ることでもなくて、様々なことが起こる人生を「これが私、これも私、だから大丈夫」と心の底から思える状態のことなんだと、腑に落ちました。日々生活する中で、また自分が苦しくなった時には、この7日間にもう一度戻って、今までよりもまた少し自分を好きになれたらいいなと思いました。
(Sさん)
各章の末尾についている毎日のワークは、はっきり言って大変です。心を揺さぶられまくりました。
でも、ワークをすることで、なぜ敏感過ぎる自分になったのかが理解でき、その原因となった出来事やその時の自分の過敏な感情を愛すべきものとして受け容れることができました。
人の期待に応えられないことや、嫌われることはあっても仕方がない、そういうことはある、自分も相手もダメなんじゃなくて、ただ今のタイミングでは気持ちが違うだけ、と思えるようになりました。
新しい自分になったというよりも、重たい鎧を脱いで本来の自分を取り戻したような感覚です!
心が身軽になったので、これからは、身体も身軽になるとともに(笑)、本当に自分がしたいことに向かっていきます!
(Mさん)

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter で心理カウンセラー根本裕幸をフォローしよう!

おすすめ関連記事