問題に大小なんてありません。



カウンセリングをしていると、この程度の問題ですいません。という声をよく聞きます。
あるいは、よくある不倫話だと思うんですが、という切り出しをされることも少なくありません。

でも、問題に大小何てないと思うんです。
自分が問題だと思えばそれが問題で、それが失恋でも、不倫でも、結婚できないにしても、仕事したくないでも、病気でも、浮気でも、レスでも、人とうまく話せないことでも差はないのです。

ある人にとっては仕事には問題なんて感じなくて、でもその一方で彼とうまくいかなくて問題になっているし、またある人は彼とは絶好調なんだけど職場の上司との間で問題が起きてます。
また、ある人は仕事が続かなくて悩んでるかと思えば、家族が深刻な病気になっていて気分が沈んでることもあります。
どれもその人が問題だと思うことが問題になるのであって、そこに大小も優劣もないんです。

でも、自分を否定する癖がついてると問題を抱えてること自体に嫌悪感があるので冒頭の言葉になるんです。

問題と感じるのはうまくあってないときではなく、自分が大切にしているものが不快な状態になっているときで、恋が大切な人は恋がうまくいかなくなれば大問題だし、自分のことが大好きな人は自分の性格を問題化するのです。

だから問題というのは自分にとって大切なものを教えてくれるものだし、自分が何を愛しているのかに気付かせてくれるものだし、だからこそ、問題の影に才能あり、なんて格言も存在しているのです。

例えば旦那に離婚届を突きつけられたとしても、もう旦那のことなんてどうでもいい、早く彼と一緒になりたい!って奥さまにとっては渡りに船で「神様っている!!」って思える吉報であり、なんら問題にはなりません。
でも、ほんとはすごく旦那のことを愛していて、ずっと一緒にいたいと思っているのに、ついつい大事にできてなかった、愛情にあぐらをかいていた、なんてときに、そういうことが起こったならば、それは人生を左右する大問題となるんです。

自分が今、それを問題だと感じている、ということが大事なことなのです。
そして、それは自分の愛に気付かせてくれるものなのだから、堂々と問題を語っていいのです。


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