「依存」と「サレンダー」(頼る、任せる)の違いとは?


依存は自分にばかり目がいきます。
サレンダーするには相手を見る余裕があります。
依存は押し付けます。
サレンダーは任せる、委ねる、頼る、です。
そして、感謝ができるのです。

***
お忙しい中こんなに充実したコンテンツを日々更新して下さって本当にありがとうございます。
かれこれ10数年前にヘロヘロで心理学系のサイトや本を漁ってた時に根本さんを知りそれ以来だいぶ影響を受けてます。
沢山の恩恵感謝いたします。

最近いつも考えあぐねてることがあり失礼しました。
それは「サレンダーだと思ってたけど、依存だったのかも?」ということです。
15歳前後に自立しはじめ人生楽しくなり20歳前後で壁に当たり暗黒の中1人もがいて30前後にもう自分じゃムリじゃね?人の意見聞いた方がよくね?と思い、それからひたすら自己流でサレンダーして来ました。
そしたら楽になって周りからも大事にされ人生の方向も本来の自分に戻って行ったという感じです。
で、度々良いチャンスもやってくるようになったのですが、その時に…踏ん張れないんです!
それで…あれ、わたし今これって「依存」状態なんじゃないかな?と思うようになりました。
「頑張り方がわからない」
「そもそも私の人生頑張る程悲惨なことになり、諦めると嘘みたいに好転する」
「でも必要な頑張りはしないと同じところから出れないし、不完全燃焼感で腐ってしまう」
それで根本さんの文から「自立するためには」の項を抜き出し手帳に貼ったりiPhoneのメモに入れて不安になった時に見て「出来ることを見つけてやっていく」ことを目下やろうとしてます。

しかしサレンダー(という仮面の依存)の甘みをしった私は、楽して良い思いしたいというのがすっかり染み付いてしまい、そんな自分に自己嫌悪してしまいます。
更にイヤイヤ、もっとサレンダーする段階に来ているのかも?とかも思っちゃったりするんです笑

私はすっかり戦うことを放棄した腰抜けですが、歴戦の猛者な皆様にも「サレンダー」は重要な項目かもと好解釈してリクエストさせて頂きました。
(Kさん)
***

いいご質問を頂きました。ありがとうございます~!!!

>15歳前後に自立しはじめ人生楽しくなり20歳前後で壁に当たり暗黒の中1人もがいて30前後にもう自分じゃムリじゃね?人の意見聞いた方がよくね?と思い、それからひたすら自己流でサレンダーして来ました。

おお、自分で気付いてできるなんて素晴らしいです。
ってことは20代はバリバリの自立系武闘派女子であられたわけですね。

確かに武闘派女子の皆様は
「助けてと言うくらいならば自害せよ」
「勲章は名誉ある死。それまで突っ走るのみ」
「1人で破れぬ壁はより気合を入れて破れ」
「男は外に出れば7人の敵がいるというが、私には7万の敵がいる」
等々の座右の銘を床の間に飾り、日々、鍛錬を重ねていますよね。

でも、この自立時代はものすごく大事なんですよ。
そこで自立してサレンダーするからこそ、人の助けも受け取れるし、時には一人でやることもできるようになるんです。

「相互依存」って言うんです。
自分ができることは自分がやって、できないことは人に頼む、という。
そのキーワードがサレンダー、すなわち、「人に頼る」とか「流れに身を任せる」とか「人事を尽くして天命を待つ」ということになるのです。

そうするとKさんのように

>そしたら楽になって周りからも大事にされ人生の方向も本来の自分に戻って行ったという感じです。

なんてことになるんです。
「すべてはうまく行っている」という越智啓子先生の名言がありますが、それが実感できるようになりますね。

ところが、まだまだKさんの心に武闘派の心が残っているのかもしれないんです。

>度々良いチャンスもやってくるようになったのですが、その時に…踏ん張れないんです!
>それで…あれ、わたし今これって「依存」状態なんじゃないかな?と思うようになりました。

なんて思うわけですから。

サレンダーは、その踏ん張れないときにもサレンダー、なんです。

はい。復唱して!

「踏ん張れない!そんなときにも サレンダー」

覚えたでしょ?(笑)

>「頑張り方がわからない」
>「そもそも私の人生頑張る程悲惨なことになり、諦めると嘘みたいに好転する」
>「でも必要な頑張りはしないと同じところから出れないし、不完全燃焼感で腐ってしまう」

これも「観念」なんですよね。ある種の成功法則でもありますし、ぐるぐる迷ってしまう理由でもあります。

そもそも「頑張る」「頑張らない」は選択可能なものですよね。
それに「頑張る」も才能の一つなんです。
「地図が読める」みたいな感じの。
だから、そもそも「頑張る」という項目が苦手な人だっているんです。
iphoneを使っても神楽坂駅徒歩数十秒のセミナー会場にたどり着けない受講者のように。

>「でも必要な頑張りはしないと同じところから出れないし、不完全燃焼感で腐ってしまう」

これってどれくらい本気で思っています?
それとも「考え」なのかな?周りの意見、世間一般の意見に流されている?

「必要な頑張りをすると悲惨なことになり、より不完全燃焼で腐ってしまう」ってことはない???
そこでまた一人で頑張ろうとする癖が残ってない???

そこで再び誰かにサレンダーするのもアリだと思うんですよね。

サレンダーしてるのか依存してるのか、というのは確かに見分けがつきにくいです。
依存的な人が「サレンダー」て言い始めるのも問題ですしね~。

とはいえ、やはりここでも100%純粋なサレンダーってのは存在しなくて、依存ミックスもふつうにあると思います。
100%を求めてしまうのは完璧主義者が好む味付けですね。

サレンダーと依存では何が違うか?っていうと、相手を信頼してるか、押し付けてるか、の違いなんです。
サレンダーは頼む、任せる、なんですが、依存は丸投げ、押し付けです。

依存は「私はできないから何とかして~」と自意識過剰な状態になってしまいます。
私が不安だから、私が自信ないから、私はできないから、あなたがして、お願い~という状態ですね。
自分の状態に振り回されているので周りが見えていない状態になります。

一方、「自分にはこれができないんです。だからやってくださいませんか?」という謙虚さがサレンダーには備わります。
相手を見る余裕というか、相手に配慮することができるんですね。
これが最大の違い。

自分を見てるか?相手を見てるか?
サレンダーは「自分でやってもいいんだけど、私、苦手だし、あなたに頼んだ方がずっとうまく行くと思うからやっていただけないかしら」てな感じですになりますから、きちんと自分の足で立ってるんです。

つまり、自立が前提なのがサレンダーなのですね。
だから、サレンダーには相手に「No」と言わせてあげる余地を残しています。
依存は「No」と言われると絶望したり、怒ったりしてしまいます。

サレンダーを覚えて相互依存の状態になると、常に周りの人に助けてもらい、それで物事がうまく行っているので、自分は何もしていないような誤解をしやすくなります。
実際は「軸」は私自身で、私も自分にできることをやっているんですけどね。

それで成功したときに「私一人の力ではとてもこの成功は収められませんでした。これもすべて皆さんのお陰です。ありがとうございました。」と心から頭を下げて感謝ができるのです。

人によっては「みんなが担いでくれる神輿の上に載っていて、私は音頭を取っていただけ」という人もいます。
でも、その人は知ってるんです。
「私には神輿に乗って担がれるだけの価値がある」ということを。
そして、「私の乗った神輿を担ぐことがみんなの喜びである」ということを。

なお、これをリーダーシップと呼びますね。

自分の価値をちゃんと受け取り、周りの人からの愛も受け取れています。
だから、その仲間たちとの間に一体感が生まれます。
つながりがあるんですね。

そんな状態になると「勝手にうまいこと回っていく」という状態になるんですね。
だって、嫌なことを頑張る必要なんてないんですから。
自分が嫌だな、苦手だな、ということを得意な人がいるんですから。
そして、その人にとってはあなたの苦手なものを任せてもらえるので「役に立つ喜び」も得られるし、それで「得意なことができる」わけで、その人もあなたに感謝感謝なんです。

だから、サレンダーができる、ということは、それだけ信頼に足る人が身近にいる、という証でもあり、「ああ、私は人に恵まれてるなあ。感謝感謝。ありがたい、ありがたい」という気持ちになれることです。

サレンダーは「感謝ができる」と覚えておくのもアリでしょう。

流れが自然で、いい感じのときは上手にサレンダーできているとき。
どこか淀んでいるときはそれを「自分でしたかったら自分でして、それができないなら、誰かに頼みましょう」ということなのです。

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