エゴって何?~傷ついた心を守る防衛隊?それとも輩?~

傷ついた心のことをエゴって言います。
ある側面では「これ以上傷つかないために心を守る役目」をしてくれてるのですが、本当にしたいこと=真実の声を封じ込める悪役にもなってしまう可哀想な奴なのです。

「問題とは何か?」の心理学講座の感想で頂いたご質問。
講座中、エゴの話をしたんですけど、エゴの説明をしていなかったということに気付きました。

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質問なのですが、エゴの話が出てきましたが、どうしてエゴの声は大きいのでしょう?
どうしてエゴはそもそも存在するのでしょうか?
エゴは自分は最低で価値がないと言ったりするのはなぜですか?

これも問題を作るためでしょうか。

根本さんの考えを聞いてみたいです。
(Yさん)
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エゴというのは自我と言って、だいたい第一次反抗期(2~4歳くらい)から出てきます。
つまり始めは「自分と他人を区別するための意識」でもあるんです。
それまでは潜在意識・無意識だけで生きてた(活動していた)子どもが、「ん?おかんと俺って別人じゃないか?ん?姉ちゃんと僕は別々の存在なのか?」ということに気付くわけです。
だから、この時期を通じて「物心がつく」という段階に入っていきます。

さて、そのエゴってのは何かというと一言で言えば【心の傷】です。

エゴの声ってのは「傷ついた心の声」なわけです。

で、子どもの頃はぎゃーぎゃー泣いたり、怒ったりすることでその痛みも解消されるのですが、また、同時に傷つくことも多く、エゴは短期間で入れ替わるんですね。

でも、大人になるにつれ「我慢」とか「犠牲」とかを覚えると、その傷が解放されずに心の中に留まるようになります。

感情は感じることで解放されますから、心の中に留まるということはその痛みは放置されてるようなもんです。
放置された傷ってどうなるか?っていうと・・・膿むなどひどくなりますよね~
ということは、その傷もちゃんと解放してあげたほうがいいわけです。

ところが、解放したいんだけど、そもそも犠牲的で、我慢するので解放されません。

で、そのエゴは「俺を早く解放しろ!!」って叫ぶんです。
そりゃ、そうです。
早く解放されたいわけですし、心としても解放したいわけですから。

それで早くあなたに気付いてもらうためにそのエゴは声が大きくなります。
「おりゃー、はよ、出さんかいな!ボケ!ずっと言うとるやろが!!」と輩(やから)になってしまうわけです。

だから、エゴの声は大きいんです。
逆に言えば、エゴの声とは「助けを求める心の声」とも言えます。

でも、意識はそれを無視し続けます。だって解放する=感じる=痛いんだし、そもそもそれを我慢して抑圧するにはそれなりの“事情”があったんですよね。
だから、おいそれと意識くんも「じゃあ、お前を解放してやろう」と思えないのです。

これが「葛藤」になります。
この痛みを解放したい心 vs 感じたくない意識くん の争いなわけです。

例えば、すっごく欲しいものをお母さんが「ダメ!」って頭ごなしに否定して傷ついたとしますよね?
しかも、何度も何度も。

そうすると「欲しいんだけど欲しいと言うと心が傷つく」という経験をあなたはするわけです。この部分がエゴと言います。

子どもの頃は「なんで買ってくれないの?どうしてー?」って疑問をぶつけたり、いやだいやだとおもちゃ売り場の床でバタフライを披露したりするわけですが、だんだんその手も通用しないな、と思えば、じっと「欲しいけど手に入らない」という状況を我慢するほかなくなります。

そうするとあなたが「○○が欲しい」と思う度にエゴが声を大にして叫ぶんです。

「欲しいって言うたってどうせ入らへんで~。そんなん諦めた方がええで~」って。

これが輩の声。
聞き方によってはあなたを貶める声になりますよね。

一歩言う、真実の声ってのが「○○が欲しい」という気持ちです。
素直な気持ち。ホンネ。
でも、傷ついた心=エゴが「そんなん諦めた方がええで~」って大声で忠告してくれるわけです。

いわば、クラスの中の「いい子の学級委員」vs「不良少年」みたいな図式になります。

当然、エゴの声の方が大きいです。

でも、見方を変えればエゴの声って「これ以上傷つかないようにするための忠告」とも受け取れますよね。
だから、エゴの声が大きいのはそうした自己防衛でもあるわけです。

傷ついた心をこれ以上傷つけないための手段です。
だって欲しいと思わなければ「ダメ」って言われて傷つくことなんてないわけですしね。

だから、意外とエゴの声って説得力があるんです。
「ああ、なるほどな。確かに」と思わせてしまうだけの。

それで、だんだん私たちは大きなエゴの声にかき消されて真実の声が聞こえなくなります。
そうして「欲しいものが分からない」という状況を作り出します。
欲しいと思っても手に入らないから欲しいと思うこと自体を辞める、というわけです。

なんとなくイメージが付いてきましたか?

だから、エゴってのは傷ついた心ということなので癒してあげなきゃいけないわけです。
ところが輩になってますから、なかなかの抵抗勢力です。
これが私たちが心の傷に自ら向き合うことが難しい理由です。

しかも、こうして抑圧された痛みは感情ですからずっと解放されたい気持ちを持ちます。
それでその痛みを解放するために起きるのが「問題」というわけです。

もちろん、抑圧された痛みが強いってことはエゴもより大声を出すわけで、すごく葛藤が生まれます。
変わりたいけど変われない、とか、手放したいけど手放せない、という風になりますね。

何となくイメージが出来ましたか?

だから、エゴと向き合う=心の傷と向き合う=不良少年と対話する、という感じになるのでなかなか難しいわけですね。

でも、その奥には素直な心が隠れているんです。
だから、その子をただ抱きしめてあげる、インナーチャイルドを癒してあげるアプローチで心を解放してあげることができます。

気長に心と向き合っていく、その声、心の声に耳を傾けていくのが有効だと思いますよ~

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