自己嫌悪を脱出する「せやな」の法則。



自分を客観的に見る。自分を知る。そして、その自分を受け入れる(許す)。
何も変えようとしないこと、が自己嫌悪を抜け出す秘訣かもしれません。

まあ、やり方はシンプルっていうか。口で言うのはそんなに難しい話じゃないんだけどね。
それをやる覚悟っていうか、自覚って言うかがほんとに大事なんだよね。
頭では散々分かってると思うのよ。
ブログも読んでるし、セミナーも受けてるしね。
あとは実践、行動ってところなんだけど、本当の覚悟ってのが必要なんだよね。

ほんとにもう自分のこと好きになっちゃってもいいの?
そりゃあ、いつもAちゃんは「焼くなり煮るなり好きにしてくだせえ」と首を差し出してくるところはまさに自立系武闘派女子なんだけどさ・・・ずっとやってきた習慣だよ?
ほんまにええのん?

やり方は簡単なのよね。
口で言うたら「自分を客観的に見る」ということなんだな。
ブログとかだと僕はよく「自分を知る」って表現してるんだけどね。
覚えてるでしょ?

「ああ、私、こういうことすると自己嫌悪しちゃうんだよな~」ってことを知るってことなのね。

その自己嫌悪はやめないの。
うん。やめない。

やめようとしてやめられる?
無理でしょ?(笑)

元も子もないけど。

自己嫌悪やめようとするとね、自己嫌悪をやめられないってまた自己嫌悪するの。
まさにそれ、自己嫌悪くんの思うツボ。
まんまとその手に乗っちゃってるわけね。

だから、ああ、この展開で自己嫌悪してるなあ、あたしって外から眺めてる感じ。客観的に見てあげるってこと。

でも、その自分を責めないの。
ここが肝心ね。
自己嫌悪中の自分を外から責めたらもう二重に傷つけることになるから。

そうそう、ここで自己嫌悪しちゃうのよね、ということに気付いたら、あとはね、その自分に言うてあげるんです。

「せやな」って。

共感とか否定とか肯定とかそんなちゃんとした言葉じゃないねんな。

「せやな」って、それだけでいいのよ。

標準語だと何になるのかな。

「だよね」って感じ?

でも、バカにしてるとかじゃないよ。きれいな言葉を使えば「ありのままの自分の状態を承認する」ということなのね。

そこで「あなたは悪くない」とか「自己嫌悪するのはやめて」とかやると葛藤が生まれるわけ。
その自己嫌悪中の自分が「悪くないってどういうことよ」とか「どうしたらやめられるのよ!教えてよ!」って反発し始めるのね。

だからまずは「せやな」って感じで行くのがいいと思うのね。

意訳すれば「せやな、そこで自己嫌悪入るわな。せやな。あんた、そういうキャラやもんな」て感じね。

コンセプトはな、自分で自分を守る、ということやねん。
自己嫌悪していて自分をずたずたに切り裂いている自分がいるわけやん?
自己嫌悪ってそういうことやから。

で、そのずたずたに自分を傷つけている自分を「守る」わけやね。
そこに2人いるの分かる?
責めてる私と責められてる私。

その2人ともを守るわけやな。

「せやな」って客観的に見るのはな、その2人の間に入るってイメージやねんな。

何となく分かる?

自分を責めてる自分。責められて痛い自分。
そう、まさにここまでは僕がセミナーでよく言う「一人SM状態」やな。

そして、その2人の間に立ってその2人を取り持とうとしている私がいるわけや。

これが新しいキャラやねん。
この新キャラをデビューさせることができたら、だいぶ楽になるで。

そのためにもまずは「せやな」が大事なんよね。
で、二人の言い分を否定するとか、肯定するとかではなく、ふんふん、聞いてあげる。
せやな、せやなって。

ここでこの二人の味方で居続けるってのがなかなか難しい。
ついついどっちかの味方(特にS側の味方)をしてしまいやすいんだな。

ただ、どっちも自分、どれも自分やからな。

自分という生き物を客観的に見れるようになって、自分のことをよく知って、自分はこういう風に自己嫌悪するパターンがあるよな、って気付いて、それを変えようとせずに、「せやな」って受け止めてあげる。

それだけでええねん。ほんま。

その間に立ってる自分がどっちのことも責めずに2人を見つめることができたら。
そういう自分を客観的に見て自分を責めずに「せやな」って受け止めてあげることできたら。
そこで思い出して。

それが神様の目線やねん。
神様はそういう風に自分のこと見てくれてるねん。

だから、そういう目で見られてるって思えるようになったら、ちゃんと自分は1人じゃないし、見守られているし、大丈夫って感じられるようになるねんな。

そしたら、自分を責める気力はだんだんなくなっていくんだわ。
そうして自己嫌悪って消えていくのよ。

そら、消し方は他にもいっぱいあると思うよ。
その一つね。

自分を知る、自分を客観的な立場で見る、それが勇気なんよなあ。
自覚、というか、覚悟、というか。

しかも、これは女子はちょっと苦手なやり方なんやけどな。
でも、自立系女子にはできないことじゃないのよな。
自立、だからさ。

自分を知る、ってところからまずは始めようか。
自分を客観的に見る、という心がけな。
責めずに、ああ、自分はこういう風にしちゃうんだな、ってことを受け止めていくわけだな。

***

「ああ、やっぱりついつい食べ過ぎちゃうね。」
「最後にもう一度確認しとけばミスはなくなるんだけどなあ」
「もう少しは早く言っておけば怒られずに済んだんだけど」
「ついつい飲みたくなっちゃうんだよな」
「ここでゴメンって言えたらいいんだろうけど」
「ついプライドが邪魔して甘えられないな」
「うっ、何も言えないや。悔しいし、悲しい。」
「なんでそんなひどいことを言うかな。どうして分かってもらえないんかな。」
「あ、寝過ごしちゃったー。ちゃんと目覚ましかけたつもりなのに」
「感情的にならないってあれだけ決めてたのにな!」
「愚痴を言わない約束をしてたんだけどついつい口から出ちゃった」
「今日中に振込しなきゃいけなかったのに忘れてたー」
「あんなこと言うつもりはなかったんだけど傷つけちゃったかな」
「誘われると断れない私って・・・バカだよなあ」
「こんな自分を傷つけてることしちゃって・・もうやめようと思うのに」

せやな。
せやな。
それがあんたやもんな。
それが私やもんな。

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