(ご感想)ずっと分からなかった我慢と犠牲の上に成り立つ旦那の在り方が少し理解できました。


過去の記事をちゃんと読んで下さってるんだなあ・・・という思いを感じました。

「干渉的な親からの精神的自立と相互依存関係の確立について。」

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根本さん、こんにちは。

離婚後、新生活を前にして、モヤモヤという苦しみの渦中にいる最中。

色んな本や、色んなblog、そして根本さんの過去メルマガなどを読んで、びっくらする事があったので送らせて頂いてます。

メルマガにあったワーク

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「大人の私」と「子どもの私」の融合を勇気を持って踏み出してみませんか。
そのための具体的なアプローチとしては、
1.親に何を期待しているのか?何を求めているのかをメモするなどして明確化します。

2.それは彼らにとって実現可能かを吟味します。

3.もし、Noであれば手放します。これは自分自身が受け入れるものだ、と。もし、Yesであれば「お願い」します。

4.同時に自らが子ども時代からどれほど愛を贈ってきたのかを再確認します。そして、親やパートナーや周りの人たちのためにしてきたことをちゃんと認め、褒めて、承認してあげます。そこでは自らの偉大さを受け入れることができます。

5.この時点でお母さんからの干渉はあまり苦にならなくなります。はいはい、って受け流せます。そして、両親に「与える」ことが可能になります。つまり、両親を喜ばせてあげることができるようになります。

こうして相互依存のプロセスに進むことができます。

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これを、書きながら実際やって驚きました・・というかびっくらし過ぎて吐くかもしれないので、進むのをやめて感想書いています(笑)

まず、親に求めている事、ほとんどがキャパ超えだと判断したので、諦めて次のステップへ。

『私が与えてきたこと』なんて、思いもつかないな~・・って思ってたら。。。

私、【我慢して、わがまま言わず、ただ居た】んですよ。親のそばに。

居てあげた、とも言えるかも。

犠牲。それをしていたかも。と。

『何かしてきた』ことがあるとすれば、それくらいかなぁ?と、確信も持てずでしたが(親に、『あなたには迷惑かけた』とか、『辛い思いさせた』と言われても、そう言う母親の心境はさっぱりわからないので。)

そこまで考えて、はたと夫の姿が浮かびました。
まさかのオエゲロです。

私にはずっと意味がわからなかった。

我慢と犠牲の上に成り立つ旦那の在り方が。

我慢と犠牲でも、家族から離れるでもなく、家事能力もなく自分(夫)を大事にしない嫁を離縁するでもなく。

ただ、そこにいる。

もう随分と続くコミュニケーション不全に加え、安定して養って貰えなくて、精神的な支えはもとより、経済的にキツイので福祉に頼るべくの離婚ですが。

それでも、現実的に離れる算段を取っていると、『居てくれる』安心感や、有り難みを感じたりするもので。

再実感というのですかね。

そう思ったら、私の過去も。受け取らずにはおられれんことに気付いて。
衝撃でちょい待ち!が入りました。笑

夫に感じる恩恵=過去の自分

ですからね。

バカみたいに耐えて

自分の楽しみなんて見出ださず

ひたすら我慢して犠牲して

役割を果たそうと必死で

無視はしても家族から離れずにそばにいる旦那。

バカですよね~。挙げ句離婚されるし(笑)

心が痛いです。

ここに来るまでも、『そんなやり方しかできない旦那』を何度も心の中でも責めましたし、悲しみましたけど。

私にも、その気持ちを向けてあげる事ができるんですね。

この、今私が感じてる事や、至るまでの過程に、心理学的なからくりも色々あるのだろうなと思い、根本さんの解釈でそれを知りたい欲求もありますが、今はキャパオーバーなので感じるに徹したいと思います(笑)

読んで下さりありがとうございました。
(Kさん)
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