余裕のある生活。


止まると死ぬ、というサメ属の私にとって、もっぱらのテーマは「丁寧に生きる」である。
一つ一つ丁寧に、心を込めて接しよう、という、私にとっては血を全部入れ替えなきゃいけないんじゃない?という心がけをしている。
しかし、そのテーマを掲げた瞬間からばたばたした生活を送っている。

ま、急ぐわけでもなし、と、様々な先人の知恵を受け、気長にやっていこうと思う次第である。

実際そんな意識で料理をしてみると、青菜に包丁を入れるとき、玄米を洗うとき、鍋に味噌を投入するときなど、ちょっと一息呼吸を入れて気持ちを込めることができて、それだけで気分も変わり、切れ味も変わり、味付けも変わるような気がするのである。

そんな気分で立てたコーヒーはやはり一味違うし、幾分世界の色も明るくなるような気がする。


さて、先日、名古屋に日帰り出張に出かけた際の出来事である。
娘と仲良く家を出て、娘が友達と待ち合わせする場所でしばらくおしゃべりし、その後、娘たちと別れて新大阪へ向かった。
8時過ぎの新幹線に乗れば余裕でカウンセリングルームに到着するわけで、お土産を買う時間すら計算していたのである。

しかし、新大阪の改札を通って違和感を感じた。
とうに8時を過ぎているのに、電光掲示板には7時台に出発する新幹線が堂々と掲載されているのである。

何かトラブルがあったに違いない。

少々焦る気持ちも持ちつつ、いかんせん「なんとかなるだろう」と楽観的な私は掲示板をよく眺めることとした。
もちろん、売店でお土産を買い求めた後である。

「新大阪発の電車はそのまま掲示され、西から来る列車に遅れが出ている」

そのことに気付いた私は、27番線に止まっていた“現時点で最も早く大阪を出発するであろう電車”に飛び乗った。
それは新大阪発の列車で、私が予約していた便の10分前に出発する予定であった。
そして、即座に8号車の車掌室の行列に並び、無事、名古屋まで座れる席へ変更してもらったのであった。
時間に追われるビジネスマンを多く運ぶ新幹線は何らかの事情で遅れた場合、驚くほど融通を利かせてくれる。
幾度となくその恩恵に浸ってきた。
この辺、きちんと乗客の氏名を把握しなければならない飛行機は不利である。

こうした機転も出張族で旅慣れている恩恵だろうと思う。

しかし、その車中で気付いたのである。
こうした私の行動が可能なのも、定時運行が当たり前の日本の電車システムのお陰であり、臨機応変に指定席を変更してくれる融通のお陰である。

ちなみに飛行機でも、日本のJALとANAは定時運行において世界の1位、2位である。

しかし、これがインドだったらどうだろう?ヨーロッパだったらどうだろう?

もしかしたら、日帰り出張という無謀なチャレンジは企てないのかもしれない。

前日から名古屋入りし、翌日の仕事に備えるであろう。
ということは、前日は大阪で仕事など入れられないことになる。
必然、移動日と称して1日オフになるのである。
もちろん、その大半はいつ来るか分からない電車をホームで待ち、いつ到着するか分からない電車に揺られている時間なのかもしれない。
あるいは、早めにホテルに着いて異国の街の情景に目の保養をしているかもしれない。

その分、仕事量は減らさざるを得ないであろう。
しかし、それが果たしてネガティブなことだとは限らない。

正確に動く列車をあてにスケジュール計画を立てている時点で既に時間の奴隷になってしまってるのかもしれない。

丁寧に生きよう、と思ったら、このサイクルを手放す必要があるのだろう。

そういえば、前回東京に出張したとき、何も予定を入れない東京での1日を作る必要を痛感した。
編集者の方は気軽に編集部に遊びに来てください、とおっしゃっている。
雑誌やラジオの取材はいつも電話だったり、メールだったりで、直接お会いして、という当初の希望を叶えてあげられないでいる。
魅力的なセミナーがあちこちで開かれている。
いつでも遊びに付き合いますよ!と笑う友人がいる。

そんな1日を作ることは何も贅沢ではあるまい、と思った。
いや、そんな贅沢はした方がいいだろうとも思うのである。

とはいえ、寂しがり屋の私は何も予定の無い日に耐えられず、結局は仕事や遊びで予定を埋めてしまうのだろうか・・・。

日々のミニコラム

 

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