旅が好き。


旅が好きである。
おそらく私の今の生活に出張という“仕事の名を借りた旅”がなければ、どうかなってしまうんじゃないかと思うほどに、私の性格と今のライフスタイルはぴったり合致している。


そもそも、私の実家はかつて運送業を営んでおり、幼い頃から大きなトラックがあちこちに出かけていくのを事務所の窓からいつも見ていた。
時には助手席に乗せてもらって荷物の集配に付き合ったり、時には父親のお供をして遠方まで泊まりで出かけたり(もちろん寝るのはトラックの中!)、そんな幼児体験が影響して今の旅人気質が出来上がったのかもしれない。
このトラックはどこに行くんだろう?この運転手さんはどんな世界を見てるんだろう?という思いは幼な心にさまざまな想像力を掻き立ててくれた。
だから常に私は遠い空を眺める少年で、まだ見ぬ世界、大都会や海辺に憧れて空想の世界に遊んでいた。

さらに言えば、父親そのものがどうも旅人ぽい性格をしていた。東北の福島で生まれ育ち、東京の大学に行っていたというのに、なぜか、浜松に居を構えているし、私が生まれる前にはどこで何をしていたのかも良く分からない不思議な面を持つ人であった。

そんな血を受けているからか、私も実家から遠く離れた大阪に家を買い、トラックではなく飛行機や新幹線で月の3分の1程度を自宅とは違う場所で過ごしている。

そして、家族に縁の薄かった父の人生を補うかのように、私のプライベートな旅は常に家族単位である。時には妻や私の母を誘うことはあっても、一人でふらっとどこかへ出かけよう・・・という発想はない。

生来が非常な寂しがりやで、過保護なほどの濃い愛情を母親から受けたせいかもしれないし、また、一人旅など仕事がらみの主張で嫌というほど味わっているのでプライベートまでその孤独を持ち込みたくない、と思っているのかもしれない。
あるいは、あまり考えたくはないのだが、未だに親離れが出来ておらず、だれか面倒を見てくれる人がそばに居るほうが安心、というお坊ちゃま根性によるものかもしれないが・・・。

とはいえ、私は空き時間ができれば、どこかに出かけられないか?を模索し、時間とお金に余裕ができれば、身近なところでは京都や神戸、遠いところは石垣や北海道まで、スケジュールを旅で埋め尽くしてしまう。
幸いなことに妻も旅好きかつ英語堪能、娘も生後2ヶ月からの“旅教育”により飛行機好きとなれば、私が元気で健康体である限り、この習慣は続けられそうである。

今はかつてのように馬車馬のごとく働いているわけではなく、週休2日は確保し、平均すれば週に2.5日は休みを取れるように調整した。
願わくば、更に自由な時間を作り、もっと気軽に旅立てる体制を整えたいものである。

夢は月の半分が好きな仕事。4分の1が自宅でのんびり。さらに残りが家族での旅生活である。
そして、さらにわがままを言えば、子どもが夏休みを迎える8月は、やはりバカンスと行きたい。

さて、そんな人生を自分にどう許すか?これが今の私に課せられたテーマである。
カウンセラーとしての経験から、このレベルになると「頑張ってやる」とか「自分でやる」という問題ではなく、許しと信頼と、絶え間なく繋がっていることが大切であろうと思っている。
やり方ではなく、委ね方の問題なのである。

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