「つまんない」のは「あたし、本気出したら、ほんと地球破壊してしまうから」(!?)

自分の情熱に冷や水を浴びせかける「つまんない」と言う言葉。
逆に見れば、情熱を開花させたらヤバいからつまんないのかもしれません。

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根本さん、こんばんは。いつもブログ拝見しております。今日は無価値感について質問があります。
私は物心付いた頃から、口癖が「つまんない」でした。母親に「お母さん、つまんないつまんない」とよく言って母を困らせていました。そして36歳になった今、やっぱり毎日がつまらないのです。
無気力感もあります。冷めていて惰性的なところもあります。
東京オリンピックまでは、頑張って生きて、40歳くらいでポックリ死んでもいいのかな、なんて思ったりもします。
この心理は何なのでしょうか。
ちなみにいつも空しくて、いつもこんなはずじゃないと思っています。いつの日か、蛯ちゃんか中村アンに生まれ変わりたいと秘かに夢見る武闘派女子です。ちなみに短剣は持っていません。
無価値感からくる、現実逃避癖でしょうか。
職場では、優秀で真面目で評価を頂くのですが、飽きてしまい辞めたくなり、1年のサイクルで転職を繰り返しております。
居心地が悪いと離れたくなる、というか、ひょっとしたら「そこに居ても良い」の安心感がないのが原因でしょうか……
いい加減いい歳なので腰を据えて働きたいのですが、上手くいかないのです。
ムクムクと辞めたい気持ちが沸き上がってきます。
(Sさん)
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自立系武闘派女子のみなさん、一緒に聖なる夜に自分にかけた呪いを解きましょう。

今日のネタ元Mさんより、素敵なメッセージが自立系武闘派女子の皆様に届いております。
もちろん、男子の皆様も、ぜひ、一緒に呪いを解くことにしましょう。
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クリスマスイブに自分にかけた呪いを解く‥‥。
これを書いた根本さんがロマンチストなのでしょうか、それとも根本さんに書かせた私がロマンチストなのでしょうか。
ひとり笑ってしまいました。
そろそろ受け入れるときですね。
自分が実はロマンチストなのだということを笑😄
自立系武闘派女子のみなさん、一緒に聖なる夜に自分にかけた呪いを解きましょう。
(Mさん)
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こんな素敵な提案を頂きました。

ああ、もっと早く気付いていれば、このタイトルでセミナーをしたのに。
集合時間は夜8時で(^^)

聖なる夜に呪いを解くなんて、素敵すぎますね。
では、参りましょう。

あなたの呪いを解くアファメーション、言葉を並べたいと思います。
もし、可能であれば声に出して読んでみてください。
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気遣い、よりも、配慮を。

気を遣う、は自己犠牲で自分自身が消えます。
配慮する、は与える姿勢で、自分自身がちゃんとそこにいます。

似てる言葉ですが、私はちょっと違う使い方をしています。
「気を遣う」と「気を配る」という意味で。

今日はそのニュアンスの違いを感じ取っていただければ幸いです。

気を遣う、というのは、感情としては「怖れ」があります。
・嫌われないように
・怒られないように
・誤解されないように
・孤立しないように
・バカにされないように
・○○だと思われないように、気を遣うわけです。

だから、神経をとても使いますので疲れてしまいます。

怖れから来る行動は、すべて自己防衛的な態度となり、自意識過剰になっていきます。
例えば、「部長は機嫌が悪いから怒らせないように気を遣って丁寧に説明をした」なんて場合を見てみましょう。

丁寧に説明をするのは本来相手に分かりやすくするためであり、理解してもらうため、なんですけど、それが「気を遣う」という形になると「怒らせない」というがその動機になります。

そこでは意識は「自分」を向いていて、自己防衛的(保守的)な態度になるんです。

こうした意味での「気遣い」をあちこちでしていると、人のことを考えているようで、実は自己中心的な意識になってしまいます。
先の例では、実際部長が怒り出さなかったとしたら正解であって、分かりやすく部長に説明して企画を通す、といった本来の目的は一切重要視されていないのです。
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自分の思いを善悪正誤で判断すると幸せはどんどん遠のくシステムになっている。

自分がそう思うんだから、そうなんだよね。
それをどう受け入れ、認め、実現させてあげるか?ってのが大事だよね。
それをダメ出ししちゃったらなんでも同じですからね~

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根本さん
いつも楽しくてタメになるブログ、ありがとうございます。

私も(武闘派かはわかりませんが)自立系女子です。
最近、武闘派自立系女子の内容を濃く書いた記事が多かったので、これに関連する内容をリクエストします。

私は超自立です。なんでも一人でやっちゃう自己完結型です。

でも、最近は、超依存な母親の元でそうならざるを得なかったけど、本当は誰かに寄りかかりたい事を自分で認められたり、ちょっとしたことから誰か(特に男性)にお願いしちゃう!ってことが出来るようになってきました。

そんな自分の進歩を嬉しく感じ、完全に一人で生きていた世界→パートナーと共に生きる人生へ、と思い始めていた中で、気付いてしまったことがあるのです。

それは・・・、私は一人でいる事が大好き!だということです。

自分の時間・空間がとても大事なのです。

私の母が境界線のない人で、思春期になってもノックもせずに部屋にドカドカと入ってきたり、引き出しも勝手に開ける、
嫌がると、「やましいことがあるからだ」と言う、そんな人だったので、余計にプライベートを死守しなければ!という思いが強いのだと思います。

パートナーと共に生きる人生を望みつつも、一人の時間や空間を守りたい、とても矛盾しているなと思い、
やっぱりまだまだ一人で生きることを望んでいるのだろうか?、でも、このままの過ごし方を続けていても、これまでと同じだけだ・・・。

そんな終わりのない思いがグルグルしています。
こんな私でも、パートナーを見つけて幸せな結婚生活を送ることは可能なのでしょうか?
(Rさん)
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心の世界には姫も奴隷も女王も娼婦も女神も悪魔も混在している。

自己判断って危険ですよ、というお話をよくしています。
心の世界はとても広くて深いので、「そう思いたいからそう思っている」ということが多いからです。
「自信がない」というのもそう思い込みたい私が作る“幻想”であることも少なくないんです。

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こんにちは。毎日メルマガ楽しみにしています!
根本さんのブログに出会い、自分は自立系武闘派女子なんだと自覚しました。そして先日「助けたい症候群、娼婦 奴隷マインド」のセミナーに参加したのですが、んん??……
これは私ではない。聴けば聴くほど、私には当てはまらないなと思ったのです。
そんなことってあるでしょうか?
頼まれたら断れない。仲間のこととなれば、どんな敵にも立ち向かう。
人に頼るのが苦手。迷惑かけるくらいなら死んだ方がいい。
いろんな意味で落ち着いていて条件の良い人ではなく、問題のある人に惹かれる。
そして疲れて、最近生きにくいと感じている。…
などなど、間違いなく私は武闘派なはずです。私の為のセミナーだと思った。なのに、私には当てはまらないと感じる。
そう感じた一番のポイントは、「私は好きで人を助けている。そうしないと認められない、愛されないという動機からではない」と思った点です。助けたかった自分というのも考えてみたのですが、いたようないなかったようなで。よくわかりません。
また、恋愛においてはどこかで、「なんだかんだ言って結局私のこと好きなんでしょ?」という思いがあることに気づきました。これはいわゆる姫マインド??
でも自分に自信は感じていません。私は一体??闇が深いのでしょうか(笑)

奥深い心理学の世界に迷い込み、悩めるアラサー子羊に救いの手を差し伸べて頂けたら幸いです。長々と拙い文章で失礼致しました。
(Iさん)
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