『「変わってない」という前提を、「変わった」という前提に変えると自分に自信が持てるようになる。』

私たちは長年の習慣から、できてるところよりもできていないところに目を向けるようになっています。
それを「変わった」という前提に変えることで、自分に自信が持て、自己肯定感もグッとアップするようになるのです。

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自立も過ぎると燃え尽きる~次のステージへの誘い~


私のカウンセリングやセミナーは「自立を手放す」ということが一つのテーマです。
たいていカウンセリングにいらっしゃるときは「依存」の状態になっています。けれど、その前はバリバリの自立系で、問題が起きて依存に突き落とされて、もがいてるときに私のブログに釣り上げられるのです(笑)
だから、扱う問題は依存ではなく、自立の問題がほとんどです。
(依存の問題を扱うときは、頑張んなさい、やるべきことやんなさい、人に頼るな、自分でやんなさい、という感じ)

自立って自分の足で立つわけで、とても大事なものですが、自立も過ぎるといろんな問題が起こります。

・自分のやり方を持つので相手とぶつかりやすい。
・正しさの争い
・競争の罠
・頑張りすぎる
・何でも一人で抱え込む
・他人を信頼できない
・感情を抑圧する
・感じられる感情は怒りと性欲、物欲、出世欲、支配欲などの欲のみ。
・思考的になって直感や感覚を無視してしまう
・燃え尽き症候群になりやすい
・孤立、孤独感を抱えやすい
・助けを求められない
・人に任せられない
・人と距離が縮まることを嫌がる
・他人と戦うことを好む
・相手を自分の思い通りにしようとコントロールする
・先々のヴィジョンが描きにくい
・正論を振りかざす
・人に指示する、命令する。頼めない。
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心当たりのない悪口を言われています。どうしたら気にせずにいられるでしょう?

気になる、ということは何かしら引っかかるものがそこにある、ということ。
逆に、気にならない、ということは、自分の次元をあげちゃうとできること。
そのためにはますます自己肯定感アップなのです。

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犠牲の記事と、痛みを越えて近づく記事が矛盾してるように思えるのですが?


根本さん

お久しぶりです!

いきなり質問しちゃうくらい、こちらの記事が先日の「痛みを超えて近づく」の記事と矛盾してるように感じて、絶賛混乱中です!

痛みを超えて近づくっていうのは、ある意味、痛みという犠牲を超えて、相手に愛を与えようよという話だったと思うのですが、、、

結局どっちなのー?!と混乱している白黒思考傾向の強い武闘派女子は他にもいるのでは、、、と思い、質問してみました!

解説お願いします╰(*´︶`*)╯

(Eさん)

ああ言えばこう言う根本です。おはようございます。今日も大阪は快晴です!気持ちがいい朝です!この後ランニングしてきます!笑

ま、この辺、難しいですね。

でも、実はこれらの記事は同じことを別角度から表現しているものなのです。
「親密感ってどうやって作るのか?~痛みを越えて与える、とは?~」の記事は、愛について書いています。愛があるから乗り越えられるんです!というお話。

一方、昨日の「犠牲とは?そして、犠牲と我慢を辞める合言葉とは!?」の記事は、怖れ、不安、罪悪感などのお話です。怖れを元に行動しても意味はないよ、というお話。
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犠牲とは?そして、犠牲と我慢を辞める合言葉とは!?


犠牲とは、「怖れや不安を元に人のためにしてあげること」を言います。
言い換えれば「ほんまは嫌やねんけどな。嫌やねんけど、せなヤバいからするねん」ということであり、「ほんまにしたいことちゃうんねんけど、やらんかったらまずいからしてるだけやねん」ということを言います。

なんで、せなヤバいのん?
なんで、まずいのん?

って聞いてみるとこんな答えが返ってくるものです。

「だって、やらな、飯、食われへんやろ?」(家賃払われへんやろ?」
「そうせな、嫌われるんちゃうかと思ってな」
「必要とされるにはそれくらいせなあかんかな、思うねん」(好かれためにはせなあかんと思うねん)
「だって、そういうもんやろ?」(もう諦めてるねん)
「義務みたいなもんやろ?」
「今の立場(居場所)を失いたくないやん」
「それくらいしか俺、できひんし」(無価値感、無力感)
「だって、それくらい迷惑かけてるんやから」(それくらいひどいことしたんやもん)(罪悪感)
「他にそれする人おらへんやん」
などなど。
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